豪華じゃないけど2本立ての鉢屋のお話。はちやの日おめでとう


好きなもの


「ああ、ねえ、鉢屋ってさ、なにが好き?」

突然そんなことを聞いてくるくのたまの同い年のこいつは私が思うにくのたまの中でも一番可愛い顔をしていると思う。

「なにって、急になんだよ」
「いや、なんとなく」
「また何か企んでるわけ?」
「またってなによ、失礼ね。ただなんとなく、鉢屋の好きなものが知りたかっただけ」
「ふーん、お前の好きなもの教えてくれたら教えてやるよ」

意地悪く言ってやれば少し眉をしかめて見せる。ああ、ついからかいたくなってしまう。こいつの反応は面白いから

「私の好きなものはね」
「ああ、なんだ」
「鉢屋だよ」
「え?」
「だから、鉢屋好きだよ」

顔を少し赤らめながら言ったこいつの可愛さとか不意打ちとかこれはどういった類いの好きなのかとか一瞬で考えて顔が熱くなる。仮面の下は真っ赤でも雷蔵の顔を借りてる今の私ではばれることないだろう。

「ふーん、私の好きなものはな、お前だよ名前」

平然を装おって言ってやれば遠慮がちに笑いながらありがとうと言ったこいつに、なんで笑ってるんだよって聞いたら

「だって顔は赤くないけど耳は赤いのだもの」
「あ、」

しまった、頭巾をしていない。けれどもう遅いしさっき私に好きなものだと告げたときよりさらにあかくなってるこいつを見ればまあ、おあいこさまにしておこう。


不機嫌で勘違い

明日は晴れますように。そっと吊るしたてるてる坊主にお願いをして眠りにつく。朝目がさめて外の暗さに肩を落とす。今日も雨だ。
鉢屋君は雨の日は機嫌が悪い。理由は解らないけどどこかぶすったれていて話しかけにくい。教室でも廊下でも目が合えば手をふってくれるのに、目さえあわない。下ばかり向いてる。

「ねえ久々知君は鉢屋君が雨の日に機嫌が悪い理由を知っている?」

同じクラスの久々知君に聞いてみれば少しだけ頭をかしげて豆腐ケーキパンという名前のケーキだかパンだかを口から離した。

「さあ、知らないけどどうして?」
「淋しいから」
「ふーん、雷蔵に聞いてみれば?」
「探してるけどいないの」
「ならそこにいる八に聞いてたら?」
「そうしてみるね、ありがとう」

久々知君は大きな目を細めてどういたしましてと言ってから豆腐ケーキパンに口をつけた。

「ねえ竹谷君、鉢屋君が雨の日に機嫌が悪い理由を知っている?」

机の上のカブトムシを観察している竹谷君に話しかけてみれば、カブトムシをかごにしまって私と目を合わせてくれる。

「いや、知らないな」
「そう」
「でもなんで?」
「淋しいから」
「そうか、雷蔵には聞いたか?」
「探してるけどいないの」
「ならそこにいる勘ちゃんに聞いてみろよ。何か知ってるかも」
「ありがとう」

私がお礼を言うとカブトムシをまた観察しはじめる直前ににかっと笑ってくれた。

「ねえ尾浜君、鉢屋君が雨の日に機嫌が悪い理由を知っている?」

まだ2限が始まる前なのにガッツリと牛丼を食べている尾浜君に聞いてみれば、口にものが入ったままにこりと笑ってから手でちょっとまってね、とジェスチャーをしてからごくんと飲み込みお茶を一口飲んだ。

「三郎が機嫌が悪い理由?ごめんねー、わかんないや」
「そう、ありがとう」
「でもどうしてだい?」
「淋しいから」
「ふーん、あ、調度雷蔵が戻ってきたし雷蔵に聞いてみたら解るんじゃない?」
「そうするね」

2回目のありがとうを私が言う前に牛丼に手をつけ始める尾浜君を横目に教室に入ってきた不破君を呼び止める。

「ねえ不破君、鉢屋君が雨の日に機嫌が悪い理由を知っている?」

不破君は突然の質問にびっくりしながらもうーん、と少しだけ唸ってから苦笑いをこぼす。

「もしかして自覚ないの?」
「なにが?」

不破君の言葉を理解できずにまた問い質す。不破君はあたりをキョロキョロと見回して何事か確認すると、小さく私の耳に内緒話をしてくれた。それを聞いて私の顔は青ざめる。

「不破君、どこに鉢屋君がいるか知らない?」
「調度後ろからきたよ」

がらりと教室の扉があいてそこに鉢屋君が登場する。相変わらずに視線を下に向けていたが私の存在には気付いたらしい。

「こんなとこで突っ立って何してるんだよ」

鉢屋君の声音は少しだけ怖くて、気が引けるけどここはがつんと言ってやらねばらならない。

「鉢屋君、私は雨が降っていても機嫌悪くないよ」
「え?」
「鉢屋君が機嫌悪くて声をかけずらかったの」
「え?」
「雨の日の鉢屋君は私と視線すら合わせてくれないから淋しいよ」
「え、え?どういうこと?」
「だから、三郎、君が勘違いしてたんだよ。雨の日は名字が機嫌悪いんじゃなくて三郎が機嫌悪いというか落ち込んでるから話しかけずらかったってこと」

不破君がフォローしてくれてようやく合点のいったらしい鉢屋君は泣き笑いみたいに表情を崩した。

「名前!ごめんな、私の勘違いがさらに勘違いを呼んでめんどくさくして、大好きだよ名前、さあ、私の胸に飛び込んでおいで」

がばっと両腕を広げる鉢屋君に向かって一斉に野次が飛ぶ。

「三郎もっと謝れ土下座しろ土下座」
「三郎キモい」
「三郎ウザイ」
「三郎変態」
「え、なにそれ皆ひどい。さあ、名前、私の胸においで!」

野次なんかもろともせずにまだ腕を広げている鉢屋君はここがどこかわかってるのかな?

「鉢屋君、ここ教室だよ」
「私は気にしないぞ」
「鉢屋君、機嫌が悪い方がましだった」
「三郎は放っといていいよ。あとは僕らでなんとかしとくからね」

不破君の言葉に私は心からお礼を言って、席に戻る。鉢屋君は久々知君から豆腐ケーキパンを口につめられ、尾浜君から牛丼もつめられ、そこに竹谷君のカブトムシを頭の上にのせられていた。
ざまあみろ、心のなかで呟いて鉢屋君が元気になったのが嬉しくて私は安心して少し笑った。家に帰ったらてるてる坊主を外そうと思った。



8月8日、鉢屋の日。


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