目的地はまだまだ遠い。足がどれだけ壊れてしまったとしても、こへと生きるために私は走る。
追手はどこまで近付いているだろうか。自分の荒い息遣いが五月蝿くて、周りの音が何にも聞こえない。

「大丈夫か」

私とは違い呼吸一つ乱れていないこへが心配そうに声をかける。

「大丈夫」

精一杯笑って見せればこへはそうか、と力強く頷いた。
こへと会ったのは3年ぶりだった。学園を卒業して、お互いに違う城に使えて、けれど私はそれが嫌になった。

「ねえ、何か話してよ。こへの3年間を聞かせて」

怖くて仕方がないからこへにお願いした。沈黙は耐えられない。最悪な状況ばかりが頭に浮かぶ。

「私の3年間か。なにもなかったな。楽しくもなく、つまらなくもく、それなりに成果をあげたし、それなりに失敗もした。ただ、お前がいなくて寂しかった。3年間、片時も忘れたことはなかった」

卒業する前と同じ笑顔で笑うこへは、確かに私の知っているそれで、嬉しくなった。
自分の国を大きくするためだけに、自分を生かすためだけに、たくさんの命をこの手で殺した。仕事であれば幼い子供すら手をかけた。随分と汚くなったものだと思う。

「お前の3年間はどうだったんだ」

こへに訪ねられて私は笑う。

「今、喋れないほど、疲れてる」

自嘲するように言えばこへは、私の背中に手を回し、反対の手で膝を掬う。そのまま横抱きにされてこへの顔が近くなる。

「これで喋れるな」

屈託なく笑うこへの額を軽く叩く。

「おろして」
「なんでだ。このまま行った方が早いだろう。追手に見つかれば私もお前も身の危険が及ぶだろう」
「そうなれば私を置いてこへは逃げて。私は自分で走りたいの」
「意地っ張りは直らないんだな」
「うるさいな」

私をおろして、その代わりにこへは手を差し伸べる。

「せめてこれくらいなら許してくれるだろ」
「うん」

こへの手をとって再び走り出す。
汚れきってしまったけれど、私はまだ間に合うだろうか。こへと一緒に海辺の町で生きていきたい。そこは私の故郷で、約束したのだ。いつか一緒に暮らそうと。叶わない約束を、したのだ。

「そろそろ日が暮れるな」

こへに言われて、逃げ始めた頃から幾分か傾いた太陽を見る。
私とこへはお互いに好きあっていた。けれどそれを言葉だったり形にしたりはしなかった。いつか離れることはわかっていたし、何よりも怖かった。手に入れたものを失うことが。だからお互いに好きだと気づいてはいたが友達以上になることはなかった。

「少し急ごう」
「私は大丈夫だがお前は大丈夫か」
「わかんないけど、急ぎたい」
「そうか。なら行こう」

目的地は海だ。この峠を越えれば辿り着く。
私には課せられた任務があった。それは忍術学園の旧友を殺すこと。
私より3つ歳上の先輩が、旧友と抜け忍になってからこの任務が与えられた。期限は無期限。見つけ次第殺せとのことだった。

「ああ、あとちょっとだ」

私が言うとこへは嬉しそうに笑いながら頷いた。

「楽しみだな」
「本当にね」

私はもう、卒業してから皆に会うことはないだろうと思っていた。だからその任務を果たすことはないと。けれど一番会いたくない人にあってしまった。
殺す覚悟なんか出来ていなかったし、任務を捨てて生きられるとも思っていなかった私は、こへを前になにもできなかった。体は動かなくて、いっそ殺してくれたのなら本望だとも思えた。
けれどこへの口から出たのは逃げようという言葉だった。

「この先を越えたら海が見えるはずだよ。海に沈む太陽が綺麗なんだ」
「見てみたいな」
「見よう、一緒に」
「ああ」

卒業前に言えなかった思いを、私は伝えたい。だからまだ、あとちょっと、太陽沈むな。こへに伝えるまでは。
心臓はとっくに軋んで悲鳴をあげている。肺はひしゃげて酸素はとっくに足りていない。足は鉛のように重たい。
あとちょっと。もう少し。この藪を抜けたら海だ。
追手の気配はとっくになくなっていたし、空はすでに橙色に染まる頃で、雲は薄い赤に色付いている。
がさりと藪を掻き分ければ、眼下に広がる海が見える。太陽はまだ海の上にぽかりと浮かんでいる。

「ついた、よかった」

思わず安堵の言葉が口から漏れる。
大人の男が二人分くらいの高さのこの崖を降りれば砂浜だ。

「すまんな!行くぞ」

こへは唐突に謝ると、さっきと同じように私を横抱きにして崖から飛び降りた。きつく抱き締められて私は思わずこへの襟元を握り締める。風が体を包む。こへは笑って私を見た。
風に包まれたのはほんの少しの時間だけで、直ぐに砂浜に辿り着いた。
眼前に広がる海はきらきらと太陽の光を反射して輝いている。

「ありがとう、こへ」
「細かいことは気にするな」
「久しぶりに聞いた」
「卒業以来だからな」

こへは私をゆっくりと地面におろす。その様は細かいことは気にするなと言った人と同一人物とは思えないほど丁寧だった。
もうすぐで太陽は海に沈む。

「ねえ、こへ」
「なんだ」

何から話そうかと声をかけてから考える。
こへはどうかわからないけれど、私はこのまま抜け忍になって無事で生きていけるとは思っていない。だからこれが最後になるような予感さえしている。

「私の3年間はね、ただずっと、辛かったよ。生きるためだけにいろんな人を殺してきた。汚いなあって何度も思った。こへとの思い出だけを頼りに生きていたの」
「そうか、でももう大丈夫だぞ!私がずっと傍にいるからな」

臆面もなく、力強く言い切ってくれるこへに私は頷く。学園にいるときに、決して聞きたくても聞けなかった言葉。

「私、こへのことが好き。大好き。こへと生きていきたい。これから、ずっと一緒に」

そして言いたくても言えなかった言葉を口にする。
太陽は水平線にかかって沈み始めている。
いつか決めていたのだ。告白するなら、太陽が沈む前に言おうと。きっとこへには、太陽が似合うと思っていたから。

「当たり前だ!もう二度とお前を手放したりなんかしない!いいか、私はな、お前と死ぬために逃げたんじゃない。生きるために逃げたんだ。だから笑ってくれ」

そうだった。こへはとても強い。私だって、こへと生きていきたい。

「ありがとう」

いつの間にか溢れていた涙を拭う。
私は何度だってこの日を思いだそう。あなたと生きていけると決まったこの日を。止まらないこへへの想いを、太陽が繰り返し昇り沈むように、繰り返し繰り返し。何度だって、太陽のもと繰り返し告白しよう。

「よーし!いけいけどんどんで行くぞ!」
「え、どこに?」
「これから私たちが暮らす家を探そう」
「え、もう?」
「行動あるのみ!行くぞ、いけどんどーん」
「ちょ、こへ、え?」
「私は今とても嬉しいんだ!じっとしてられん!」

こへに手をとられて、砂浜を駆けていく。沈んでいく太陽が私達を照らす。
これからの未来がこの太陽の様に綺麗でありますように。
柄にもなくそんなことを思いながら沈んでいく太陽を見つめ続けた。



end


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