3年間付き合ってきた彼女と別れたのはついさっきの出来事だ。お互いに忙しくなって、お互いに自分のことばかり考える時間が増えた。相手の気持ちを考える余裕がなくなって、淋しくて虚しいから別れた。お互いに傷付け合うくらいならという納得のもと別れたのに、別れる前に傷付け合っていた時よりも辛いのはどうしてだろう。
彼女と付き合うまでに2年間片想いをした。合計で5年間彼女を見続けて来たんだなあ。長いのか短いのかよくわからない。
電車を待つ駅のホームではいろいろな人が目の前を行き交う。親子、友達、恋人、会社の同僚や先輩、いろいろな関係の人が笑っている。つまらなそうに一人で携帯をいじる人、本を読む人、音楽を聴く人、それぞれ自分の時間を過ごしている。
彼女とのデートの帰りはいつも楽しくて、帰り道の途中でメールをしたり、デート中の会話を思い出してみたりしていた。次はいつ何をして過ごそうかとか、付き合い始めた当初は一回一回が夢みたいで大切だったのに、回数と月日を重ねる度に新鮮味も薄れていった。それでもそれが当たり前になっていくんだと思うと嬉しかったし誇らしかった。それは今も変わらない。
僕の家の最寄り駅は普通電車しか止まらない。もうすぐで23時になる夜の駅のホームは独特な雰囲気を毎夜はらんでいる。そこで人目を気にせずしゃがみこむ金髪のギャルに目が止まった。
彼氏にであろう、スマホを左手に電話をしている。その右手にはおよそギャルには似つかわしくないお祭りの金魚がぶら下がっている。腕を伸ばして金魚を眺めるギャルの指は毒々しいピンクで猫のように長い。高いピンヒール、サングラス、風にのって届く甘いきつい香水の匂いに目が離れない。
彼女もかつてはお祭りの金魚が似合う小さく幼い子供だったのだと思う。彼女とは不釣り合いな赤い金魚が尾ひれを揺らしながら僕を見た気がした。
アナウンスと共に駅のホームに滑るように入ってきた快速の電車に乗り込むギャルを見送る。このギャルは金魚と一緒にどこに帰るのだろう。夜の暗さとギャルは似合うのに、似合わない金魚とのミスマッチさをずっと見ていたいと思いながら、閉じた扉の中のギャルと金魚を見続けた。
そういえば彼女も、名前も金魚が好きだった。僕が金魚すくいをすると水に入れた途端にポイが破れたりするが名前は金魚すくいが得意だった。今年もお祭りに行こうと話をしていた。まだその約束は果たせていない。お祭りだけじゃなくて、最近できたばかりのお店に行ってみようとか、手作りのお弁当でどっか行こうとか。借りていた小説もまだ読んでいない。名前の左足の怪我も治っていない。
次から次へと思い出される小さな約束を必死に辿る。そうすると見えてくるのは別れた事への後悔と未練ばかり。そうだ、まだ僕は名前が好きだし、昨日だって軽い口約束をしたばかりだ。
結局僕らはお互いが大切だから傷付けて、これ以上傷付かないように別れたんだ。だってその証拠に名前は泣いていた。
ズボンのポケットから携帯を出して通話履歴の一番上にある名前に電話を掛ける。
きっと名前にもう一度やり直そうと言うんだ。あのギャルが持っていたような金魚を二人で育てよう。今度傷付け合う結果になっても、二人で癒せるように強くなろう。ずっと君を見てきた僕が言うよ。君には僕が、僕には君が、必要なんだって。
普通電車
(これからもゆっくり二人で進んでいこう。傷付け合っても、終点までは今だ遠い。)
end
[ 55/73 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]