「もしも、もしもだよ?」

俺はそう前置きして彼女に話す。

「もし俺が女だったらどうする?」
「はあ?」
「だから、もしも俺が女だったら別れる?」

彼女は変なものでも見るような目付きで俺を見る。

「なにそれ急に」
「もしも話しだよ。さっき乱太郎達が話していたんだ」
「ふうん」
「で、答えは?」
「えー、タカ丸が女だったら?」
「そう」
「うーん、たまたま好きになった人が女だったんだなって思う」
「別れる?」
「別れない。でもタカ丸が別れたいなら別れる」
「そっか、よかった。俺が突然女になっても大丈夫だね」

少し安心して言うと彼女はニヤリと笑った。

「じゃあ私が男だったらどうすんのよ」

彼女は意地悪く笑うけど答えは彼女とおんなじだ。

「俺も別れたくないよ」
「ふうん」
「じゃあ次ね」
「え、まだやるの?」
「やるよ。もしも俺が話せなくなったらどうする?」
「筆談してもらう」
「もしも俺の耳が聞こえなくなったら?」
「筆談してあげる」
「もしも俺の目が見えなくなったら?」
「あんたの目になってあげる」
「俺が髪結いできなくなったら?」
「一緒にタカ丸のしたいように頑張る」

もうすこし陽が傾くと夜になる空を見ながらもしも話しを続けた。彼女は真っ直ぐに答えてくれる。それが俺の不安でもある。

「もしも俺が学園を卒業できなかったらどうする?」
「なにそれ、留年なんてあるの?」

彼女は笑う。

「もしもだよー」

「うーん、留年かー。タカ丸の事を知ってる人全員に言いふらす」
「わ、それは勘弁」
「頑張りなさいよ」
「うん。じゃあ次ね、もしも俺が死んだらどうする?」
「タカ丸あんたさ」
「だからもしもだよ」

もうすぐ卒業を控えた彼女は城勤めが決まっている。俺と同じ年で、二つ学年が先輩の名前。俺はそれが不安で仕方ない。

「タカ丸がもしも死んじゃったら、許さないから」
「え」
「許さない。勝手に死ぬなんて許さない。死んだら殺してやるから!」
「言ってることめちゃくちゃだよ」
「いいの!もしも話しだろうが冗談だろうがそんなこと言わないでよ!」

彼女は本気で怒りながら言う。一番星が輝く空を風が過ぎていく。
俺が卒業して名前を迎えにいくまでに二年もかかる。その間に俺が死んじゃうかもしれない。それならばまだいいんだ。

「じゃあこれが最後のもしも話し」

まだ怒っている彼女に俺は精一杯笑いかける。そんなことはないといいと願いながら一番聞きたかったもしも話しを口にする。

「もしも俺が卒業するのを待たずに名前が死んじゃったとき、俺はどうすればいい?」

俺よりも死に近い名前を守る手だてを俺はまだ得ていない。こんな時代に二年も離れているなんてあんまり長い。

「タカ丸」

怒っていた名前は今度は泣きそうに眉尻を下げる。どうやら言いたいことは伝わってしまったらしい。きっと今、情けない顔をしているのは俺の方。傷ついてほしくない。できれば忍者になんてならないで二年間実家に帰って俺の迎えを待っていてほしい。けれど忍者になるという、彼女を止める手だては持たない。

「だから、もしもだって」

なるべく柔らかい口調になるように、きちんと笑って言う。彼女は俺に手を伸ばす。ゆっくりと頬に触れて、滑らせるように髪の毛に手を持っていく。そうしてゆっくり引き寄せられて、もうすぐで唇とが触れ合う距離で頭を思いきりぐいと彼女の胸元に引き寄せられる。一瞬何が起きたかわからなくて俺は小さく名前を呼ぶ。

「名前?」
「馬鹿」
「うん」

名前の声は震えている。

「もしも私があんたより先に死んだら、幸せになりなさいよ!私よりもずっと長く生きて結婚して子供つくって、私のことなんか忘れて幸せに生きるの!」

彼女の心音はいつもよりも早く聞こえる。ざわざわと血が巡り暖かい身体を、ぎゅうと抱き締め返す。名前の頭を押さえつける手の力がなくなっていく。頭をあげるとやっぱり彼女は泣いていて、唇を噛み締める姿はいじらしい。

「それはちょっと出来そうにないんだけど」
「だったら聞くな」
「うん、ごめんね」
「うるさい謝るな」
「うん」

今度は彼女の頭を俺の胸元に押し付ける。彼女は小さく震えている。もうすぐやってくる未来が怖くて不安で君を泣かせてごめんね。絶対大丈夫だなんて言い切れないからこそ、この腕に収まる君を離したくなくて、もうすっかり夜になった空の下で抱き締め続けた。






もしも今ここで二人一緒に死ねたなら、君か俺が先に死んでしまって悲しむよりは幸せだって思える気がした。



end



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