12月も半ばなのに風は柔らかく微かに春のような雰囲気の夜だった。空にはぽかりと三日月が寝そべり丸く仄かに輝いていた。
何かと言われれば疲れはてていた。泣きすぎた後のように頭はぼうっとしている。考えるのも億劫で、まるでがらんどうのようなのだ。
気を抜けば泣いてしまいそうだった。深い眠りに落ちるように重たい。自尊心が強くて同情が大嫌いだ。自分が可愛くて大好きで仕方ないから惨めな自分を見ていたくないのだ。そんな私を私は許せるはずもない。そしてそれを受け入れられるほど強かではない。耐え難い屈辱のようにも思えて死にたいと思った。卑屈になる私はけれど自棄になったわけではない。静かに、確かに、死のうと思ったのだ。
月はいつまでも私を見下ろしている。こんな自分に期待できるはずもない。もしかしたらそれだけが救いだったのかもしれない。期待はいつも私を裏切った。希望はすぐに絶望をつれてきた。
この世に未練がないわけではない。目を閉じればいつだって伊作先輩の顔が思い浮かぶ。決して届かない存在だ。憧れて見ているだけで十分だった。話したこともない。けれどたった一度だけこの手は伊作先輩に触れた。落とし穴に落ちた伊作先輩に差し出した手を、ありがとうと笑った顔を、彼は覚えてるはずもないけど、ただ一度、もう一度、伊作先輩に会いたいと思う。
もし、私が自殺したとして、遺書に伊作先輩に葬式に来てもらいたいと書いたらそれは叶うのだろうか。もし、私が死んだら、泣いてくれるだろうか。
誰が私のために泣いて花を手向けてくれるだろう。誰の顔も思い浮かばなくてよかった。
私が死んだら季節の花を手向けてください。春には桜の枝と菜の花を。夏には紫陽花と向日葵を、秋には金木犀の香りと彼岸花を、冬には椿と柊をください。一輪だけで構わないのです。最初の一年だけでいいのです。
私はきっと死にました。何食わぬ顔をして日々を生きます。どうにもならなくなる日まで私は生きます。すぐにでも死ねるようにお金を用意しましょう。遠く私を誰も知らない、言葉も通じない異国まで行き、逃げるのです。そうしてまだ死にたいのなら私は死ぬでしょう。遺書には疲れましたとだけ書いて逝きます。
そんな私の我が儘を、どうか誰かに覚えていてほしい。
これをしたため終えたら私はまた変わらずに毎日を過ごします。
どうかあなたが私を知ってくれますように。生きろと、一緒に生きようと、いってくれますように。この望みだけを胸に私はまた笑うから。
end
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