記憶の中にあるあのみすぼらしい細い手は誰のものだったろうか。黒いミトンがよく映えて似合うあの手。どこで見たかも思い出せない。手首から先がまったく思い出せないのだ。青白い血管が透けて見えた、綺麗とは言えないが荒れているわけでもない。思わず情けで握りたくなるような手だ。

「ああ、白い手を思い出していた」

長次に訪ねられて答えればそうか、とだけ返ってきた。私はそれ以上特別答えることもないので長次にもたれかかったまままたあの手を思い出す。白い手は冷えている。薄暗く冷たい雨が降っている。
白い手は一週間ほど前から頭の中に浮かび始めた。朝、電車に乗る前急に出てきたのだ。最初こそ気にしていなかったがどうしても忘れられなかったので長次に話してみた。長次は夢か既視感の一種か前世の記憶かとか言っていた気がする。どれもぴんとこないままだ。確かにどこかでみたことがある気がするのだ。

本を読む長次の背中から離れてごろりと寝転がる。大学の寮は長次と同室だ。小学生からだから兄弟みたいなもんだ。自分の一部のような存在。目を閉じて白い手をもう一度思い出す。あれは絶対女の手だ、柔らかそうとまではいかないが細く強く掴んだら骨がぼきぼき折れそうだ。

「なあ長次」
「なんだ」
「私変かなあ、こんな風に白い手ばっかり考えるの」
「いいんじゃないか。変じゃない」
「だよな!ちょっと腹減ったからコンビニ行ってくるわ!」

立ち上がり財布と携帯をひっつかんで部屋からでる。あの白い手はこんな風に寒くて雨が降ってる日だった。
コンビニに入り適当にお菓子と飲み物とカップ麺をカゴに入れる。それをレジに持っていき財布を出す。手際よくバーコードを読み取るお姉さんの手を見る。細くて白い貧相な手だ。みすぼらしい、これは、頭の中に浮かびあがる白い手だ!
思わずお姉さんの手を掴み凝視する。間違いない。これだ。

「あの、」

困惑する声が聞こえて顔をあげる。あの手の持ち主はコンビニのアルバイトのお姉さんらしい。よく見知った顔だ。

「お、おお、すまんすまん!」

手をぱっと放す。お姉さんはふわりと笑っていいえと言った。

「お久しぶりですね」
「そうだったか?」

久しぶりと言われて考えてみる。確かに毎日のように通っていたがここ最近はスーパーで大量に買い占めた大安売りしていたジュースとお菓子があったからここに来るのは二週間ぶりくらいだ。

「ちょうど二週間くらいですか?」
「それくらいだな!だからお姉さんの手がずっと頭にあったんだな!」
「え?」
「一週間くらい前からみすぼらしい女の手が思い浮かんでたんだけど、そうだな、お姉さんは毎日私のレジをしていたしな」
「み!みす、ぼらしい、ですか」
「ああ!」

お姉さんは一瞬動きが止まり手を見たがすぐに動き出す。

「その、みすぼらしい手をどう思いましたか?あ、お会計1393円です」

お姉さんの表情は少し緊張している。私は何を緊張しているのかと思いながら財布から1400円を渡す。

「握り締めたいと思ったぞ!」
「本当ですか?1400円お預かりします」
「ああ!」
「こちら7円のお返しです。ありがとうございます」

お釣りを手に乗せてもらう。その手をぎゅうと握りしめるとやっぱり困惑しながらも赤い顔で私を見た。

「あ、あの」
「また来るな!」
「はい!」

後ろからお姉さんのありがとうございましたという声を聞きながらコンビニを出た。雨はいつの間にかあがっていた。



end

シリアスにならない!なるかなって思ったらならなかった。多分七松だからかな。七松可愛いよ、私の七松は敬語使えないなあ。


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