いつもいつだって輝いていたいと願うけれど、そんなのは無理だって知っている。影のない夕暮れのように一番星が光る空を見たって、童がはしゃぐ野原を見たって、一番星と反対側の薄橙の空を見たって、もう特別に感動することはない。
枯れた草を踏みしめたって、白い息の出る寒さの中でだって、赤く冷たい指先を擦りあわせたって、もう特別に思いを寄せたりしない。
人々の声で溢れる寺の石段に一人で座るのも、怖くないし寂しくない。
見るもの聞くもの全てに新鮮味がなくてつまらなく見える。汚れてつまらない人間になってしまった。
私は輝いていたいし綺麗でいたい。綺麗事を信じられるような純粋さもとうに消え失せてしまった。私にはなにもないようで時々怖くなる。
幼い頃の大切なものがわからなくなってしまった私には、うまく笑えているかさえ確認したくなってしまう。いつかは道端に落ちている石ころさえ宝石に見えたというのに。
ひりつくような痛みも、やけつくような苦しみさえ感じない。ぬるま湯のような日々がただ通過してくだけだ。望んでいたはずの日々は思った以上に退屈で色褪せている。硬化した肌では涙さえ出ない。
毎日が楽しいのか悲しいのか嬉しいのか辛いのかわかりもしない。だから時々ふとどうやって生きてきたかわからなくなる。
誰かに大切にされた記憶を反芻しては泣きたいのか自分に聞いてみるけど答えは出ないままやっぱり過ぎていくだけだ。

私は綺麗でいたかった。綺麗事を信じられるくらい無知でいたかったし他人の痛みに敏感で疑わないくらい純粋でいたかった。夢を抱いて 歩いていけるくらい強くいたかったし赤い椿を見て一篇の詩がよめるような感性のままでいたかった。泣くのを恥じないままでいたかったし間違えていても自分の道を貫きたかった。私は綺麗なままでいたかった。綺麗なものは綺麗だと言いたかったし、子供のままで在り続けたかった。
ずっと前まで当たり前だったことが変わっていく。その変化すら恐れていたのにもうなんにもなくて空っぽだ。
濃い藍色が空の大半を埋め尽くして濃い橙とその間で混ざりあおうとする夜の手前。風が吹きはじめて髪の毛をさらっていく。昼とは違い冷たさだけが支配する夜の一歩手前、寺の鐘が鳴る。重々しく清々しい音が山に響く。肩を縮こまらせて手に息を吹き掛ける。

「ごめん、待たせたね」

勘右が寺の階段を降りてきて私の傍らに立つ。勘右の暖かい体温が少しだけ衣を通して感じられた。

「大丈夫。お帰り」
「ああ、ただいま。今夜はよく冷えるね。うどんでも食べに行こうか」
「勘右はそればっかりね」

もう大分大人になってしまった。学園を卒業してもう五年も経つのだ。勘右と同じ城に使えてこうしたお使いの帰りはいつもうどんだ。
大好きだったもの、輝いて見えたもの、私にはもう触れることさえ叶わないのかもしれない。だからこそ願うのだ。
いつも綺麗に耀いていたい。生きるのに必要なお金ばかりに頭を使って、生きるのに必死になって他人を蹴落とすような私が思うことすらおこがましいけど、勘右が好きだと言ってくれた5年前と同じ私でいたいのだ。

「じゃあ行こっか」

勘右に差し出された手を握る。うわ、冷たっと叫ぶ勘右に私は笑った。
ねえ、私の笑顔は5年前と変わらずそのままかな?



end

→急に書きたくなった。こういうの書くの好きです。


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