夕方17時36分の空は、雲が橙に染まっている。生温い空気に包まれているのに不思議と不快感はない。8月のように乱暴な熱気ではなく、幾分かとげが抜けた熱は嫌いではなかった。少しだけ夏の終わりの淋しさを孕んだ9月も半ばで、久々知は日焼けもせずに白い肌を出していた。私は薄いカーディガンを羽織っている。
私たちは何をするでもなく、ただ公園のベンチに座って子供達の笑い声を聞いている。迎えに来たお母さんに連れられて帰る子供、手をいつまでも振っている子供、忘れられたようにブランコは淋しげに揺れている。まだ砂場には3人の子供が残ってトンネルを開通させようとしている。
「楽しそうだね」
私が言うと久々知は小さくああと呟いた。どこを見るでもなく、砂場とブランコの間にある滑り台の階段の途中で視線を固定したまま長い睫毛を上下させる。
子供達の高い声が空気に広がり私の耳に届く頃には、私の子供の頃の記憶を思い出させるのに十分な時間で、懐かしく思う。
「久々知の小さい頃はどんなだった?」
「どんなだったかな」
「生意気だった?豆腐は好きだった?」
「生意気だったかどうかは分からないが豆腐は好きだった」
「さすが歪みないね」
「名前はどんなだった?」
「私は生意気だったよ。我が儘ばっかり言うしね、よく周りを困らせてたよ」
「じゃあ今と変わらないわけだ」
「失礼だな」
久々知は楽しそうに笑って焦点を滑り台から私にうつす。公園にある時計は17時42分をさしている。私の腕時計は17時45分をさして、携帯を開いてみれば17時43分をさしている。久々知の腕時計を見やれば、几帳面な彼らしく携帯と同じ時刻を刻んでいる。
「いいなあ、子供に戻りたい」
なんとなしに言えば、久々知の視線は砂場で遊んでいる子供に向けられる。どうやら彼らのトンネルは開通したらしい。達成感に満ちた笑顔で立ち上がり、トンネルの頂上を片足ずつで踏んで崩した。
「なんであいつら自分でせっかく作ったトンネル壊すの?」
「え?それはあれじゃないの、きっと明日には他の誰かに壊されてるし、掘った穴を埋めると思うよ。あ、ほら」
「詳しいんだな」
「昔よくやったもん。今も昔もあんまり変わらないね。久々知はトンネルとか富士山とか作らなかった?家でゲーム派?」
「いや、あの年は習い事ばっかで遊んでた記憶ないかな」
「ああ、ぽいね」
「だからか知らないけど大人びてみられたよ」
「だろうね」
あんな小さい年齢から久々知は勉強ばかりしていたのか。秀才はその頃からずっと秀才だったのかもしれない。
遠くから女の人が名前を呼ぶ声が聞こえて、砂場にいた一人が反応する。
「お母さん来た!」
「お、じゃあ俺らも帰ろうぜ」
「穴どうする?」
「明日でいいじゃん」
「じゃあ帰ろうぜ」
「おう」
そんな会話の後、子供達は走ってお母さんのもとに行く。お母さんは子供を軽く抱き締め笑顔で額から頭を撫でたりして笑う。泥だらけねえ、楽しかった?という優しい声が聞こえて、なんとも言えない懐かしさとも寂しさとも切なさともとれない感情がじんわりと胸中に広がる。
「なんかいいな、ああいうの」
「うん、私も思ったよ」
17時51分をさす公園の時計。そらは橙を増していく。もう暑くはない風を頬に受けながら、私は久々知を見る。公園には誰もいなくなり二人きりだ。久々知は私の視線に気付き私を見る。ようやく重なった視線をほどかないように、私はそっと細心の注意を払って微笑む。久々知も緊張をとくように静かに綺麗に笑う。艶やかな黒髪と長い睫毛と黒目の瞳はまるでもうすぐやってくる夜のようだ。
久々知の黒い瞳に吸い込まれそうな錯覚を引き起こしながら見つめあう。その時間が長いのか短いのかわからないけれど、無言のまま見つめあえばカチリと公園の時計が1分横にずれて、それを合図にくしゃりと久々知は笑った。私も思わず吹き出してしまう。
「あはは、可笑しいねえ」
良い雰囲気という言葉は私たちには存在しない。久々知も膝を叩いて爆笑している。
「俺ら何してるんだろうな」
目のはしに泪を溜めて笑う私と久々知は、見つめあっていた時間よりも長く笑いあった。
17時54分、私と久々知は見つめあう。絡まった視線の先にある未来はどんなものだろうと考えながら、子供に戻れなくても久々知がいるならいいかと思った。
17時58分、公園を後にして帰り道についた。
18時00分
(夕日を背に二人並んで歩いている)
end
久々知と見つめあうだけ。
後はなんにもありません。
9月なので久々知書きたかった。
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