私がくの一だとばれていた。最初から?始めからこれは仕組まれていたというのだろうか。咄嗟に襖をあけ外に出ようと飛び出した瞬間、体ははじかれて、均衡がとれずに尻餅をつく。何事かと見上げれば、複数の男の人が私を見下ろしていた。

「そいつを捕らえろ」

城主のその一言で手が伸び私を捕らえようとする。その手を避けて立ち上がり男の人を掻き分けて出ようとするが、腕を掴まれてしまう。

「嫌っ!」

振りほどこうとした瞬間に、天井から二人、人影が降ってくる。私を掴んでいた手を鉢屋がひねりあげる。不破の行こうという声と同時に、目の前が開ける。男の人達は呻き声と共に崩れ落ちていて、不破に腕を掴まれ走り出す。

「早く捕らえろ!」
「そうはさせないさ」

鉢屋が追手を蹴散らしていく。そのすきに走ってこの城を出ていく。

「鉢屋が!」
「大丈夫。三郎ならすぐ追い付くさ」
「私なら大丈夫だぞ」
「鉢屋!」
「奴等本気で追いかけてくるつもりはないらしい。きっと一度城に戻ると踏んでいるんだろう」

城を出て森の中を走る。木の枝がぱきりぱきりと音をたてて折れていく。着物が重く走りにくい。

「不破、もう大丈夫だから、手放して」
「あ、ごめん」

ずっと握られたままだった手がようやく解放される。一度木の上に登り、忍び装束になる。

「お見事」

鉢屋の声が楽しそうに開いた。着物を投げ捨てて木から降りる。軽くなった体で、冷静に今の状況を考える。

「二人は、私が犠牲になることを知っていたの?」

この大変なときにこの程度の任務に人員をさける余裕はないはずだ。けれどもし二人が別の任務だとしたら。そしてその任務が私をあの城主に引き渡すものだとしたら。走り続ける呼吸がやけに大きく聞こえて泣きそうになる。二人は黙ったまま何も言わない。

「ねえ、もしそうだとして、二人はこれからどうするの?それともこれも任務のうち?」

二人の表情を読み取ることはできない。黙ったまま何も言わない二人はそれでも私を無理矢理どうこうするつもりはないらしく、何も言わないまま、方向は私たちの使える城へと向かっていく。

「黙ってないで、なんとか言ってよ」

出した声は震えていて、語尾を荒げたはずなのに涙混じりに終わる。所詮忍とはそうなのだ。裏切りに満ちている。自らが生きるために誰かを騙すなんてありふれた話だ。

「私、抜けるわ。殺すなら、殺しなさいよ、それとも、生きて連れていかなきゃ駄目かしら」

ぴたりと走っていた足を止める。仲がいいと思っていた。何より私がこんな目にあうなんて考えてもいなかった。二人は私の少し前で立ち止まり振り返る。足がすくんで動けない。さっきだって、助けてくれたと思っていた。それがとんだお笑い草だ。

「名前の言う通り、最初の私達の任務は向こうの城主にお前を引き渡すことだった。そして同盟を組むことだった」

さくりと草を踏む音がする。鉢屋は苦虫を噛み潰したような顔をしている。鉢屋もこんな表情をするのだと頭の隅で思う。

「だけどね、気付いたら君を連れて逃げていた。君を引き渡すなんて、僕らには出来やしないんだよ」

自嘲気味の不破の笑顔が痛々しくて、私はその言葉の意味を知る。

「任務を放棄したの」

私の声はやけに低く、その意味を理解してしまったからには、同じ忍として事の重大さを知らないわけがなかった。任務の放棄は、抜ける次に大罪だ。

「ああ、本当に、馬鹿だなあ、私たちは」

鉢屋の表情も不破とそっくりの自嘲気味の笑顔だ。

「本当に?」
「まだ疑ってるのか私たちを」
「そりゃあ、忍だもの。騙してそのまま私達の城に連れ帰って引き渡す事だって出来るでしょ」
「それもそうだね」

不破の変に納得した物言いに、彼は卒業してもあまり本質は変わらないでいたのだと嬉しくなる反面、怖いのだ。彼らにはそれ相応の罰が与えられるだろう。彼らのためを思えば、この身を差し出すこともできるだろう。だって学園にいた頃からずっと好きだった。二人をずっと大好きだった。

「もし、二人の任務放棄がばれたらひどい目にあわされる。私を使って二人はきちんと戻って」
「そしたらなんのために名前を助けたかわからないだろう」

鉢屋が踵を返して走り出す。不破は私の手を優しくとって走り出した。

「とりあえず走りながらにしよう。追手に気付かれれば確実に僕らが不利だ」

私に諭すように言った不破はいつも通りの笑顔になっている。

「とりあえず一度私たちの城に戻る。親方様に直談判するんだ」
「駄目だったら?」
「まあ、十中八九無理だろうな。その時は抜けようじゃないか。三人で」
「は?」
「忍を抜けるんだ。そして三人で新しい場所で暮らそう」
「僕らはねえ、名前がいないと駄目なんだ」
「さっき殺しなさいよって言ったろ?なら、一度捨て命だ。私たちと生きれるだろ?駄目なら心中だな」
「それ本気?」
「冗談ならたちが悪い」

二人は笑いあって私を見た。それが嘘でも本当でも、どちらにせよ同じことだ。

「わかった。二人についていく」

プロの忍になってから決めていた。二人と最期までいるのだと。私の最期に二人が関わるならそれだけで十分だ。

それから城までの道のりをほぼ無言で走り通した。追手にみつかることもなく城に辿り着く。城内は手薄で仲間の忍に見付かることもなく親方様のいる襖の奥までこれた。乱暴に襖を開けると、親方様は布団の上に座っていた。夜着にこそなっていたが刀を右手に携えて、傍らには弓矢も置いてある。その雰囲気はまるで今から戦に行くような激しいものではなく、もう全て諦めて自害を決断したものに近かった。

「名前かい」

親方様はとても心根のお優しい方で、忍に対しても決して道具として扱うことはなく、人として接してくれた。名前を弱々しく呼ぶ親方様の背中には今までの朗らかさはなく、一気に年老いてしまったようにも見えてどうにも寂しさを煽るばかりだ。

「はい。逃げてまいりました。私を犠牲に同盟を組むおつもりだったのですね」
「すまないなあ、本当に。今からでも、その条件をのんではくれんか」

優しい声は父のようである。事実私は父のように慕ってもいた。

「たかだか忍の命と、この村の人々の命を考えれば、正しい判断だと思われます。任務の結果を報告します。鉢屋」

鉢屋の名前を呼ぶと、今まで黙っていた鉢屋は、一歩前に出て敵の戦力や武器、兵力を報告していく。私自身、もっと取り乱して命乞いをすると思った。いっそ戦をしようと言うつもりでさえあった。けれど親方様の枯れ葉のような懇願を聞いて、いろいろな感情が消え失せるのがわかる。

「以上です。我が国の勝率は極めて低いですね」

鉢屋の声がゆっくりと事実を告げる。親方様は小さくそうかと告げて私をしっかりと見据える。

「名前、この国を救うと思って頼まれてはくれんか!先方はいたくお前を気に入ってる。悪いようにはせんだろう。な、この国は今やお前にかかっておる!お願いだ!」

右手の刀を床に乱暴に叩きつけて、私の肩をぐいと掴む。強く揺さぶってお願いだ!頼むと繰り返す。私は思わず縦に振りそうになる首をそのまま固定して、親方様の懇願をそのままやり過ごす他にすべを知らない。

「親方様、これは今回の任務の最中に手にいれたものです。お納めください」

不破が悲しそうに巻物を渡す。今まで見たことのない取り乱しようの親方様は生気のない瞳で私から手を離すとその巻物を受け取った。しゅるりと紐をほどき中を見る。少し見てから目は大きく見開かれてわなわなと震えて顔を真っ赤にさせる。

「あの、中にはなんて?」

二人に聞くと、不破が首を横に振って答えた。

「名前を譲り受けたあとのあの城の動きを計画したものが書かれてる」

同盟を組んだのだからと兵力をあげるために我が国から武士を駆り立て、捨て駒同様の配置につかせた後、その戦が終わり弱りきった我が国から女子供を支配しようとしている魂胆が書かれていると教えてもらう。読み終えた親方様はぶるぶると肩を震わせ私を見た。

「すまない。すまなかったなあ。儂はこんな、こんな国にお前を引き渡そうなど、本当に、すまない事をした」
「いえ、それは」

一国一城の主が決めたことに、たかだか忍風情がどうこう口出しをすることからおこがましいと言うものだ。親方様は正しい選択をした。ただ、この国の主は優しすぎる。それは甘さと言っても過言ではない。そして私は忍として致命的なほど、親方様の優しさにほだされて甘く弱い。親方様を裏切る忍だ。

「戦だ。これより我が国は戦の備えに入る」

先程までの生気のない目とは違い、強くぎらぎらと光る目を双忍に向ける。二人はこくりと頷いた。

「先程は伝えそびれましたが、我が国の兵力のみの勝率は極めて低いと申しましたが、親方様の智や団結力、それと我々忍を一人も欠くことなく使えば、勝率は我が国の方にあがりますよ」

親方様に対していつも通りの人を馬鹿にするような笑みを鉢屋は向ける。

「ああ。そうだな。名前、またこの国の忍として働いてはくれまいか」

親方様の疲れきった中にも光と安堵が見える目を細めて言った。私ははい、と言って頷く

「ではまず、お前たち三人は休みなさい。明日の昼から働いてもらうから」

親方様の父上のような暖かみに触れて、私の中の張り詰めていたものがゆるゆるとほどける。私ははいと言う。そしてもう一度はいと言って頷く。

「では失礼します。また後程伺いに参ります」

不破が丁寧に一礼をして、私の背中を押して歩き出す。親方様の部屋を後にして自室に戻る。その途中で泣きそうな喉をこらえて二人に口を開く。

「もしかして親方様の口から戦をしようって言わせるつもりだったの?最初から」

外は仄かに明るく白み始めている。風が通り過ぎる音が静けさを醸し出す。

「まあな。うまいこといけばいいとは思った」
「だけど無理だったなら本当に名前を連れて逃げるつもりだったさ」
「名前のいない国はきっと還る意味さえないのだろうしな」

そう言って二人は不適に笑う。自分の命を危険にさらしてまで私と抜けると言った意味が分からないほど子供でも無知でも鈍感でもない私は、もうひとつの疑問を口にする。

「この国の勝率は?」

私の言葉に不破がごめんねと言う。

「ごめんね。あがるとは言ったけど、やっぱり五分五分がいいところだ。親方様はお優しいから」
「うん。分かってたよ」

この国に、この国の城主に使えることができてよかった。忍を人として見てくれる方でよかった。
終わりを見据える私の瞳に、それでも世界は綺麗に優しく見える。

「名前だけは守るから」

二人の同時に発した言葉に、私は嬉しくてつい笑ってしまう。けれどゆるゆると首を横に振る。

「守らなくていいよ。一緒に生きて、一緒に死のう」

これが、私の二人への答え。私がいない国に還る意味さえないと言った二人がいない世界に私が生きてる意味は無いから。

「後悔するなよ」
「しないよ」
「逃がさないから」
「もちろん」

遠く木々の間から明るくなっていく空を見上げる。最期はもしかしたらこの戦かもしれない。けど、世界は始まりに染まる。二人は私の片頬ずつを撫でる。こんなに優しい国で、忍の私は人間のまま生きて死ねる喜びを噛み締めた。







end


思いがけず長くなってしまいました。
8月28日にあげたかったのがすごく伸びた。
タイトルっていつも思い浮かびません。



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