鉢屋と不破と私が同じ城に使えて2年が経つ。学園にいた頃から割と仲もよかったよしみとして、気の良い城主と上司に囲まれ、割と平穏な毎日を過ごしていた。
土地柄なのか人々は皆穏やかで、良い意味でも悪い意味でもことなかれ主義の国だった。主に情報収集ばかりを生業にしており、たまに隣国から救援を求められたときだけ戦場に出向いていた。
しかし穏やかな暮らしがずっと続くには時代が悪かった。国もとうとう戦をしなくてはならない状況になってきたのだ。親方様は私達に、この世界の情報を集めさせた。これからどことどこが戦をするのか、戦になりそうなのか、また強い国はどこか、仲の良い国同士はどこか、ありとあらゆる情報を集めて、最善の道を選ぼうと慎重だった。

「私達は今回名前のお守りか」

連日連夜国という国を駆けずり回り情報を集めた。今回は双忍と私の3人で、一番今私達の国と戦になりそうな危うい国の情報集めになった。二人は足軽として、私は飯炊きとして城に潜入する。

「失礼だなあ」
「そうだよ三郎」

不破にいさめられ、軽く肩をあげてみせる鉢屋は楽しそうに笑った。
調べることはたくさんある。兵力や武器の数、近隣との状勢や財力、また、私達の国と戦をする腹積もりなのか、牽制なのか。

「とりあえず何かあったらすぐに私達のところに来いよ」

鉢屋はそう言って不破の顔から別人の顔に変える。不破も鉢屋に顔を変えてもらって私に笑いかける。

「無理はしないでね」

二人の優しさを感じながら私は強く頷く。私は二人と別れて城内の土間に向かう。もう既にたくさんのおばちゃんがひしめき合いながら夕げの準備を慌ただしくしている。

「ちょっとあんた、そこの釜の中見といてくれ」

おばちゃんに木べらを渡され釜の中をかき混ぜる。その間に今日の夜、誰に何を聞こうか考える。情報網で言えばここのおばちゃん達は噂好きそうだしいろいろ知っていそうだ。あまり色を使うことはしたくはないが仕方ない場合もあるだろうと考える。

「それができたらよそっといておくれよ」

おばちゃんに言われて味見をしたのち皿によそう。文句を言うわけではないが、情報収集をするならやっぱり飯炊きではなく女中くらいにはなっておくべきだった。パート募集がこれしかなかったのを恨みながら配膳をすませる。

「ちょっとあんた、遅いよ!」
「すみません」

おばちゃんにどやされながら出来た料理を運ぶ。女中に料理を渡して飯炊きはまた戻り後片付けをある程度してからご飯を食べる。その後に戻ってくる食器類の片付けをして、明日の朝げの仕込みをしてようやく一日は終わる。
そんな生活を送りながら、取り立てて目ぼしい情報がないまま三日が経った。しかしおばちゃんから得た、ここの城主は夜になると狂ったように酒を飲みあかし、あることないこと喋り尽くすらしいと聞いて、この機会を逃すものかと鉢屋と不破に報告に行く。

「そうか、城主か」

鉢屋はしばらく考え込み、よし、と顔をあげる。

「何か思い浮かんだかい?」

不破が訪ねると鉢屋は悪戯を考え付いた時の、笑顔を向ける。

「ああ。いつもよりも良い酒が手に入ったと飯炊きの名前が行くんだ。しかもうんと色を使えよ」
「え、色?!」
「声が大きい」

鉢屋に頭を軽くはたかれる。私は小さくごめんと謝り先を促す。

「で、私達は屋根裏で聞いてるから、頑張って聞き出せ」
「で?」
「で?じゃない。頑張れよ」
「え?それだけ?なんかいい方法が思い浮かんだとかじゃなくて?」
「はあ?酒を持ってくってアドバイスしただろう」
「え、まさかたったそれだけでそんな表情をしたわけじゃないわよね?」
「そんな表情?」
「さっき悪戯を思い付いた時の顔してたから」
「ああ、名前の色気に引っ掛かるやつがいるか見ものだなあと」

楽しそうに笑う鉢屋に私がぶん殴ってやろうと拳を握りしめた瞬間鉢屋のいってえ!という声が聞こえる。

「三郎、怒るぞ」
「もう怒ってるじゃないか」
「三郎が悪いんだろう。名前、悪いけど頑張ってくれる?」

不破の困ったような笑顔に私は頷く。

「頑張る。時間はどうしよう?」
「私が呼びにいこう。どこにいる?」
「じゃあ土間で肴でも作ってるわ」
「わかった。また後でな」

鉢屋と不破は姿を消してその場に私だけとなる。飯炊きとしての仕事をこなすために持ち場に戻る。
おばちゃんに城主の女の好みをそれとなく聞いてみたりしながら今日の夜どうするか考える。
この城の主はもともと楽天的な考えの人物らしく、来るもの拒まずの性格らしい。女好きで色狂いだと専らの噂だそうだ。
おばちゃんの話に相槌を打ちながら着物や帯をどうしようと巡らせる。色気なんてほぼ皆無な飯炊きの格好では駄目だろう。しかしあんまり着飾っては怪しまれるかもしれない。ぐるぐると頭の中で着せ替え人形よろしく着物をカチカチとはめていく。落ち着いた色がいいだろう。その代わり帯は上等なものを。想像図としては田舎娘の精一杯あたりがかわいく見えるだろうか。化粧には映えるような赤い紅を。かんざしも落ち着いたものにしよう。玉飾りが一つついたものがいい。ただの飯炊きだが、はしたない格好ではお会いできないと思い頑張ったことにすればどうだろう。
目まぐるしく忙しい時間は過ぎていき、夜も深くなる時分でようやく人も出払い肴をつくり終える。着物を整えて小さな鏡で見やればなかなか想像通りにいった事に満足する。周りの気配に神経を配れば、かたりと音がなった気がして振り向けば、たらいがずれただけの音だった。そっと息をつくと、天井から名前を呼ぶ声が聞こえる。

「待たせたな。いい頃合いになってきたぞ」

天井の一部があき、鉢屋がにやりと笑ってやってくる。

「うん、待ってた」
「ああ。これ、酒用意しといたからな。中は濁り酒だだ。有名な蔵元から買ってきたものだ。口当たりもよくて飲みやすいようになっている。しかし強い酒だからな」
「うん、わかったよ。ありがとう」
「それにしても馬子にも衣装だな」
「五月蝿い!」
「はは、私達はもう配置しているからな」
「うん」
「無茶だけはしてくれるなよ」
「大丈夫」

私が笑って見せれば、天井はそっと元通りになる。酒と肴を持って宴会会場に運ぶ。一つ深呼吸をして襖の前で膝をおり失礼しますと声をかける。

「何用だ」

中からは女性の高い笑い声や話し声が聞こえる。無類の女好きだという噂を思い出す。

「はい、蔵元から良いお酒を仕入れまして、是非にと思い」
「ふむ、そうか。入れ」

陽気な声に私はもう一度失礼しますと言って中に入る。5、6人の同い年から上は23、4、5の女を侍らせて真ん中に陣取る城主を見る。

「こちらでございます。中は濁り酒となっておりまして、口当たりもよく飲みやすいと評判のものです。こちらの蔵元をお気に召していると聞いたことがありましたので」
「ほお、なかなかだな。どれ、注いでもらおうか」

上機嫌な彼の盃にとくとくと注ぐ。

「おお、良い香りだな」
「はい。特上の米を使っております」

酒に口をつける様を眺める。飲み干した顔には満足そうな笑顔がある。

「これはなかなか!そちが買って参ったのか?」
「はい」
「儂のためにか」
「…はい」

くのたまで鍛えた秘技、うるうるの瞳で躊躇いがちに頷くを発動する。

「よい。して、こっちのつまみは?」
「このお酒に合うようにと作りました。お口に合えば幸いです」

緊張したように笑って見せれば、箸をつける。お酒を注げば一口飲み、頷いて私を見据える。

「なかなか旨いぞ。気に入った。名を申せ」

よし、これで掴みは大丈夫だろう。

「名前と申します」
「名前だな。どうだ、今日はここで宴に参加していかぬか」
「え、ですが、私のようなものがよろしいのでしょうか?」
「どこで働いておる」
「飯炊きをしております」
「ほう、しかしその帯はなかなかに上等なもののように見えるが」
「あ、これは、一張羅なんです」
「そうか。構わん酌をしろ」
「はい」

そのまま城主の隣に座り酌をする。誰かが親方様の元について幸せだと、べろべろに酔ったろれつの回らない舌で言った。城主はその言葉に反応する。

「何故だ?」
「親方様は戦がめっぽううまいですし、次に戦すると噂の国にも楽勝だとうかがったので」

真っ赤に染まった顔を大きく崩して笑う男に城主は笑う。

「次に戦する国はずっと戦をせずにのんびり過ごしてきたらしいからの、敵とすら思ってはおらん」
「さすが親方様だ!」

起きているのは城主と私とその男だけだ。皆酔い潰れて眠ってしまっている。私はこれを機会に口を開く。

「その国とはいつ戦するのですか?」
「ああ、いや、しないかもしれないなあ」
「まだ決めかねているのですか?」
「いや、同盟を組まないかとその国に言われておる」
「同盟ですか」
「ああ」

城主の空になった杯に酒を満たす。嫌な予感が胸中をよぎる。話すきっかけをくれた男はいつの間にか酒瓶を抱いて眠りこけている。

「親方様なれば、同盟など組まずとも良いのでは?」
「向こうの城主殿がこちらの条件を飲めばということになっておる」
「どのような条件ですか?」
「戦をしてこなかった国なんだが、そのせいか女や子供がなかなか上物でな」
「ではその女達をこの国に迎え入れるということですか?」
「いや、その国の忍がまた優秀でなあ」
「え、」

城主はにたりと笑って私を見た。

「その国の唯一のくの一がなかなかよくできていると聞いてな。そのくの一の命ひとつで同盟を組んでやると言ったんだ」

全身の肌が一気に粟立つのがわかる。城主が手を伸ばして私の頬に触れた。動けない私の体はまるで蛇に睨まれた蛙のようだ。その国の唯一のくの一とは、私のことだ。

「そのくの一は儂の一目惚れでのう、なあに、殺しはせん。羽を追って籠に入れて毎日愛でてやろうと思ってな」

女好きの色狂いの人間だとおばちゃんが言っていたのを思い出す。私はようやく動くようになった体を部屋の隅まで運ぶ。早鐘のように鳴る心臓を押さえつけて震える喉から声を絞り出す。

「そのくの一に一目惚れってどういうことですか?」
「そのままの意味だ。お前を気に入ったと言ったんだ」

城主はにやりと笑って私を見据えた。まるで玩具を手に入れた子供のような物言いと、艶めいた瞳に不快感が襲った。



To Be Continued



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