「あれ?名前って目悪かったっけ?」
朝のSTの時間の前の、人がまだあまり来ていない時間、いつも早く来て携帯をいじる私に、伊作が声をかけてきた。
「うーん、伊達なんだよね」
私は曖昧に頷きながら返事をした。
「なんで?」
「なんとなく」
レンズ1枚隔てた世界は少しくすんで見えた。私にはそれくらいが調度良い。
「でもあれだね、眼鏡似合うね」
鞄を机に置き、私の前の席に座った伊作は私をじっと見る。
「なに?」
伊作の大きく綺麗な目に見られるのが苦手だ。だから眼鏡をかけたのに、なんの意味もない。
「僕にも眼鏡貸して」
「いいよ」
眼鏡を伊作に手渡す。すっとかける仕草が艶っぽくてクリアになった視界には毒だ。
「似合うー?」
私の伊達眼鏡は私にかけられているよりもよっぽと似合っていた。
「うん。似合ってるよ」
「本当?」
「はい、鏡」
鞄から鏡を取り出して渡すと、伊作は私の手ごと掴んで鏡を見る。
「あ、本当だ、案外似合うね」
そう言って笑う彼は眩しすぎて直視できない。伊作から眼鏡を返してもらって急いでかける。これで少しは伊作から遠ざかる。
「別に眼鏡かけなくて良いんじゃない」
「いいの。これかけてると落ち着くから」
私がそらした視線を元に戻すと、ふわりと伊作の腕が伸びて私の眼鏡をとる。
「僕が嫌なんだ。こんなレンズ越しに見ないで、ちゃんと僕を見て」
「伊作?」
みるみるうちに赤くなる伊作の頬を見て、私の頬も熱くなる。いつの間にか騒がしくなった教室もまるでレンズ一枚隔てた空間に私と伊作の二人きりみたいだ。
「あ、いや、その、眼鏡姿可愛いからさ、他の奴らには見せないでほしーなー、何て、はは」
照れ隠しに笑う伊作の全て愛しくて、それは私も同じだと、さっき眼鏡をかけた伊作を思い出して私はうなずいた。いつもよりも近づいた距離に、期待してしまいそうだ。
隔てた世界
(こうなるのが怖くて眼鏡をかけて境界線を作ったのに)
(なんの意味も)
end
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