指についたクリームを舐める。甘ったるいそれは身体中をべたべたに侵していく。唇から舌から胃の中から血液までが甘くなった錯覚におちいる。
「ねえ、美味しい?」
ぐちゃぐちゃになった生クリームのケーキを指で掬い取っては口に運ぶ行為を繰り返す。お互いに生クリームは好きじゃないはずなのに、この無駄な行為を続ける。
ローテーブルは食い散らかしたケーキの残骸があちこちに飛び散っている。爪の中にまでスポンジや生クリームが入り込んでいる。
「別に上手かねえかな」
きり丸は八重歯を覗かせて言った。そりゃそうだ。こんな甘ったるいケーキ、二人ともそんなに好きじゃない。でも食べ続ける。ぐちゃぐちゃに汚して、まるで子供みたいに、5号のホールケーキだけを貪るのだ。
ホールケーキの真ん中からほじくり出すように食べる。中にある薄っぺらな苺をつまんで口に運ぶ。酸味ばかりが強い苺と一緒に、スポンジと生クリームを口のなかに入れれば、混ざりあって一つになって喉の奥に消えていく。
きり丸の食べ方を見ていると、まるで本当に子供のようで汚い。手で掬い取るのにぽろぽろこぼすし、頬にまで生クリームがついている。大きく口を開けて、指ごとむしゃぶる。指を口から出して、残った生クリームを舐める。赤い舌を出して人差し指の第二関節の下から上に向かって舐めあげる。その様はまるで卑しい犬のようである。だが美しくコケティッシュだ。
「なに?」
あんまり私がじっと見ているからか、きり丸は私を見て目を細めた。その瞬間のきり丸は何か意地の悪いことを考えているに違いない。
「別に何も。ほっぺにクリームついてるよ」
「じゃあとってよ」
きり丸は大きな目を細めたまま、唇は面白そうに口角をあげる。
「自分で取りなよ」
「俺今両手クリームまみれだからさ」
ほら、と言って両手を見せてくれる。本当に汚い手だ。私は仕方なくきり丸の頬についてるクリームを取る。きり丸はニヤリと笑って私の前に手を差し出す。
「何よ」
「これもとってよ」
「はあ?」
「舐めてよ」
手をつき出されて私はきり丸を睨む。なんとなくこうなることがわかっていた。
お互いにショートケーキなんかあんまり好きじゃない。ただの気まぐれで買ってきた5号のホールケーキの真ん中からほじるように指で食べ始めたあたりで私はきり丸を注意しなくてはならなかった。それをせずに一緒になって食べていた。きり丸は私の唇にクリームまみれの指を押し付ける。唇をこじ開けられる。歯をなぞるように指がはっていく。
「ねえ名前」
きり丸の甘い声が耳を震わす。私はとうとう口を開いてきり丸の手についているクリームを舐める。執拗に、念入りに、しゃぶるように舐めればきり丸は満足気に笑って言う。
「犬みたいだな」
「きり丸も舐めてよ」
ぐちゃりと人差し指から薬指でケーキを掬って目の前に差し出す。
「俺そういう趣味ねーもん」
「私もないんだけど?」
きり丸はずっと笑ったまま私の指を掴んで噛み付いた。
「いった!」
「ああ、痛くしたからな」
きり丸は喉の奥でひどく楽しそうに笑う。
愛っていう名前のものがこのケーキのように甘ったるいのなら胸焼けばかりで気持ち悪くなる。私もきり丸も多少ひねくれている。きり丸は土井先生と暮らしたお陰か愛がどんなものかわかってる。私だけ、わからないままだ。このケーキを美味しいと思わないように、愛が美味しいかどうかもわからない。ただきり丸と一緒にいられる時間だけが私の中の唯一の安らぎなのだ。
「今度ケーキ買ってくんなら甘さ控えめのにしろよ」
「こんなに汚いもの。もう二度と買ってこないよ」
「それもそうだ」
もったいねえ、なんて言いながら笑っている。
「全部綺麗に食べてよ」
「ったりまえだろ。これで明日のカロリー分ご飯節約しよっかな」
「体壊しちゃえばいいんじゃない?」
「け、言ってろよ」
きり丸は私といるとずっと笑っている。たまに艶やかな表情をして、悲しそうなんて絶対なくて、じゃあ、私はきり丸といるときどんな顔をしてるだろう。
ほとんど原型をとどめていないケーキの苺を掴んできり丸の唇に押し当てる。私の指ごと苺を上顎で押し潰して吸い付くようにして食べる。指を伝って滴る苺の果汁が赤く鮮やかに手首から腕に行く。甘い、とても甘い。甘すぎて気持ち悪いくらいだ。この甘さを美味しいというのなら、きり丸が私に与えてくれる愛も素直に受け入れられるのだろうか。
きり丸は苺を口に含んだまま私にキスをする。口内に侵入する潰された苺はただ酸っぱい。酸味と一緒に甘いクリームの味もする。きり丸はやっぱり笑ってもう一度聞く。
「美味しい?」
きり丸と私の間に出来た滴をみながら私は頷いた。
「酸っぱい」
その愛は美味しいか
(きり丸は笑ってる)
(これが愛だというのなら)
(甘ったるいケーキだってちょっとは好きになれるんだろうか)
end
汚くてすみません
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