雨の音は嫌いじゃない。雨にあたるのも特に何か用事がなければ嫌いじゃない。世界との対峙の仕方が解らない。それが甘えだというならそれまでの話だ。

「いさっくん、明日は晴れるといいねえ」

二人で一つの番傘を差す。お互いの肩は少し濡れてしまう。

「どうだろうねえ、無理なんじゃないかな」
「どうして?」
「僕が楽しみにしている日は、たいてい雨なんだ。不運だから」

暗い空を見上げる。世界はねずみ色をしていてつまらない。通り過ぎる誰かの声も遠く聞こえる。

「そう?」
「そう」

君の長い髪からは雨の雫がぽたりと垂れる。

「今日はこれからどうしようねえ」

君の声にそうだなと返事はしつつも何も頭の中には入ってこない。今日行く予定だった甘味屋は休みだった。君が楽しみにいていた小物やも休みだった。予定は崩れっぱなしだ。ざりざりと土を踏む感触が耳にやけに響いて聞こえる。

「そうだ、あそこの甘味屋さんに入ろうよ」
「あそこ?」
「うん。私聞いたのよ、くのたまの友達に、おいしいって」
「じゃあはいろうか」

はしゃぐ君の声に僕は少しだけ嬉しくなる。

「本当においしいね」
「ね、今日行く予定だった甘味屋さんが休みじゃなかったら食べれなかったね」
「そうだね」

屈託なく笑う君も少しだけ遠い。

「今度はあそこの小物屋さんに入ろうよ」
「欲しいもの、あるかな?」
「なくたっていいじゃない」

僕の腕を引っ張る君は指を差しながら歩く。君の腕は冷たい雨に濡れてしまっている。

「ほら見て、私の欲しかった簪があるわ」
「よかったじゃない」

どれがいいかな?と悩む君の横顔は真剣そのものだ。

「これなんてどう?」
「凄い可愛い!似合うかな?」
「つけてあげるよ」

赤い飴玉のような飾りがしゃらしゃらと揺れる簪を君の綺麗な髪の毛につける。軽やかにしゃらりと鳴ると、君は嬉しそうに笑った。

「似合うかしら」
「うん、凄い可愛いよ。似合ってる」
「嬉しい!ありがとういさっくん」
「どういたしまして」
「これ買ってくるね」
「うん」

簪をつけたまま店主にお金を渡す君を見て、たのしそうだなあと思ってしまう。

「お待たせしました」
「じゃあ行こうか」

小物屋から出て番傘を広げる。すると隣にいる君が僕の袖を引っ張り空を指差す。

「ねえ見て、いさっくん。晴れてるわ」

番傘を閉じて空を見上げれば、分厚い雲の隙間から覗く青空に思わず息を飲んだ。

「本当だ。なんで?」

もう進み出している君の後をゆっくりと歩いて着いていく。僕の楽しみにしていた日はたいてい雨が降る。勿論一日中のことがほとんどだ。

「ねえ、いさっくん。良いこと教えてあげる」

いつの間にか僕の隣にいた君が楽しそうに空を見ながら言った。僕は頷いて先を促す。

「あのね、私の楽しみにしている日はたいてい晴れるの」
「だってこの前も雨が降ったじゃないか」
「ちゃんと思い出して。また途中で晴れたでしょ?」
「うん、確かに」
「ね。いさっくんが悲しいと不運が増えるの。楽しいと少なくなるの」
「なんでそんなことわかるの?」
「いさっくんが悲しいと私も悲しいから。力がちょっと負けちゃうの」
「どういうこと?」
「いさっくん、最近悲しいでしょ」

君の拙い言葉の数々がじんわりと響く。隠していたわけではなかったけれどちゃんと気づいてくれていたんだ。世界はあんまり優しい。だから少し辛い。世界との対峙の仕方がわからないと薄々勘づいてはいたけれどそれは前から。不運な僕は何をしても駄目な気がした。

「ねえ笑って。いさっくんの笑顔大好き。皆もいさっくんの笑顔大好きよ。嫌なことがあったら教えて。私が全部やっつけちゃうから」
「ありがとう」
「うん、その笑顔だよいさっくん!私の力が強くなるよ」
「さっきから思ってたけどその力ってなに?」
「私の行きたいなあと思ったお店はたいてい美味しいの」
「そうだね」
「私の入りたいなあと思ったお店はたいてい私のお気に入りになるの」
「そうなんだ」
「そうなの。わかった?」
「いや、まったく」
「もー、あのね、私はすごーく運が良いの!いさっくんの不運なんかよりもずっとずっと。だからいさっくんは私といたら大丈夫なの」

とびきり眩しい笑顔を僕に向けて笑う君を見る。だから雨も上がる。拙い慰めだったとしても、十分じゃないか。僕にはこれで。君といたら世界とまだまだ付き合っていけそうだと思った。



ラッキーガール
(君がいるだけで世界は僕も受け入れてくれる気がするの)



end



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