あの豆腐野郎は見た目がいいからモテる。見た目だけでなく性格もいいから余計、女の子は黙っていない。ただ、その女の子達の力を私はなめていた。完璧になめくさっていた。豆腐野郎が手にしている数々は豆腐野郎にぴったりのものばかりである。豆腐クッキーしかり、豆腐ケーキしかり、豆腐ドーナツしかり、あげく強者になるとそのまま豆腐を作ってくる子もいたもんだ。しかもしっかりハート型である。これには脱帽せざるを得ない。もちろん中には普通のチョコレートやらクッキーやらをあげている子もいたけど、豆腐野郎はまず貰うときの態度から違った。豆腐なんとかには笑顔で、しかも満面な笑顔でありがとうと受け取り、普通のものには愛想笑いだけでありがとうと言って受け取っていた。腹がたつ。顔もよくて性格もよくて成績もいいだけでこいつはこんなにモテるし、寧ろ完璧に近いやつじゃねーか!欠陥的に豆腐が好きっていうのが完全ではなく不完全にさせているのがまた効果的に女の子をくすぐっているのだからもう神様は二物を与えすぎだろうとしか言いようがない。そして何に腹がたつってこいつをここまで観察できちゃうほど私はこいつが好きってことに腹がた
つ。なまじ仲がいいだけ義理だと言ってこいつにだけこっそり内緒であげようと思っていたけどこいつの態度を見ているとあげる気がなくなるというか、バレンタインだから豆腐とか別にいいだろうと思っていた私が悪いけれど普通のクッキー焼いちゃったもんね!もう遅いっつーの私の馬鹿!
クラスで多分一番モテている久々知を見ながら自分の浅はかさを呪う。クッキー焼くのだって失敗しながらだった。時間だって凄くかかった。なのにさ、私は普通のクッキーを作ってきちゃったし、クラスでも割と仲がいい分笑顔も見せないでありがとうももしかしたら言われないで寧ろなんで豆腐なんとかじゃないわけ?俺の事知ってると思ったのにとか言われたら凄い悔しい。久々知を一番知っている女の子は私であって欲しいとも思っていたから。こんなのってない。最悪だ。

「なにこの世の終わりみたいな顔してんだよ」
「げ、三郎」
「失礼だな。折角心配してやってるっていうのに」
「頼んでないよ」
「お前も可愛くないな」
「あんた達の幼なじみと一緒にしないでよね」
「あー、また今年も素直じゃないんだろうな」
「なに、なんの話?」
「うわ、雷蔵まで来たの?」
「なにこの態度」
「どーせ兵助の事だろ」
「うわわわ、言わないでよ!」
「成る程ねー」

双子のようにそっくりなこの二人は何かと嫌味ったらしくてだけど憎めないキャラだし何より久々知と仲がいいのでよく助けてもらっている。

「で、何を悩んでるの?」

雷蔵がにこやかに聞いてくる。

「普通のクッキー焼いちゃったの」
「クッキー?いいじゃない」
「だって、豆腐入ってない」
「それは別にいいんじゃない?」
「きっと喜んでくれないよ」
「わかんないよ」
「だって明らかに態度が違う」
「兵助はあれで精一杯だよ」
「なにが?」
「豆腐入ってないのもらってもあんまり喜んでないじゃない」
「嘘!?」
「あれで結構頑張ってるよ」
「意味わからん。超笑顔じゃん!」
「まあ、当社比だから分かりにくいけど、きっと喜んでくれるよ兵助」
「本当に?」
「本当に」

雷蔵の優しい笑顔に私は頑張れる気がしてくる。でもそれで喜んでくれなかったらどうしよう。凹む気しかしない。

「つか兵助のだけかよ」

三郎の意地の悪いニヤ気顔と声に、この二人も幼なじみの前では素直じゃないことを思い出す。

「あるわけないでしょ。本命から貰えるあんたたちにあげる余裕はありません」
「わかってんじゃん」
「あんたらも素直になってあげなよ」
「そしたら今度はあいつが劣等感感じたりもっと素直になれないだろ。お前はまだ素直な方なんだから渡せよ」
「本当にあんたたちって最高」
「知ってるよ」

羨ましくなるくらい優しい彼らに感謝しながら、久々知を見る。二人は他の女の子に呼び出されて行ってしまった。後は久々知に渡すタイミングだけだ。なるべくならあまり目立たずに、尚且つ傷付かない距離感で渡したい。放課が終わって授業に入って、また短い放課は女の子に囲まれる兵助を見ながら授業を終えて気が次げば一日は終わっている、渡せなかったな。寧ろ女の子に囲まれていたから今日は普通に話すこともなかった。淋しいけど、仕方ないな。三郎と雷蔵には悪いけど渡せそうにないらしい。席を立つ。久々知も席を立つ。その両手には女の子達から貰ったお菓子たちが入った袋が握られている。せめてバイバイだけ言おうと久々知の方に向かうと、久々知も真っ直ぐに私の方に向かってくる。

「一緒に駅まで帰らないか」

思いがけない台詞に私は言葉が出ず、首を縦にふるしかできない。これは久々知から誘ったんだもの。一緒に帰っても問題はないよね?

「それにしても、凄い量だね」

女の子達の視線を背中に感じながら学校を出る。駅までの道のりは歩いて10分程度だ。渡すなら今のうちしかない。普通のクッキーだけど、構うものか。渡すことに意味があるのよ。

「ああ。そうだな」

歯切れの悪い久々知を見ながら、鞄からクッキーをそっと出す。どうやって渡そう。もしかしてもう要らないのかな。

「えーとさ」
「あのさ」

思いがけず声が重なって慌てて久々知になあに?と聞き返す。

「いや、あの、今年は誰かにチョコあげた?」
「いや、まだあげてないよ」
「まだ?」
「えーと、うん」
「誰にあげるの?」

この状態で久々知にあげるんだよとは言いずらい。

「えー、と、家族、とか」
「あ、ああ、家族ね。家族だけ?」
「え?」
「もしかして帰りに他の男に渡すつもりだったとか?俺邪魔した?」
「あ、いや、それは大丈夫」
「そう、か」
「うん」

なんか凄く気まずい。空気も雰囲気も、気圧されてうまく受け答えできないうえに、なんか、久々知も機嫌悪そうだし。

「あ、そういえばなに作ったんだ?」
「え?普通のクッキー、だけど」
「ああ、いいな。名前が作ったのならきっと凄く美味しいんだろうな」
「えー?そうかな?」
「そうだよ。美味しいに決まってる」
「えーと、久々知に作ったんだけど、いる?」

クッキーを差し出す手がみっともなくふるえている。だけどこの流れで渡すのは変に思われないよね。

「いいのか?」
「うん。久々知に作ったんだけど、渡すタイミングが掴めなくて。それに普通のクッキーだから、喜んでくれないかなあとか」

恥ずかしくて早口で一気に捲し立てるように言う。まともに顔も見られない。

「まさか、豆腐もらうより嬉しいよ」
「え?!嘘っ!」
「全力で否定するなよ。そりゃあ名前から貰う豆腐が一番この世で嬉しいけれど、他の奴等にもらう豆腐よりは名前に貰う普通のクッキーの方がずっと嬉しい」

久々知を見れば、眉間にシワを寄せながら、頬を赤く染めている。その口許は緩んでいて、それだけで、確かに、女の子から豆腐を貰った時よりも本当に喜んでいるのがわかる。それに、もしかして、さっき凄く嬉しい事を久々知は言ってくれたんじゃないだろうか。今度は私の顔が赤くなっていくのがわかる。

「そのクッキー、美味しくないかもしれないからね!」
「大丈夫だ」
「豆腐だって入ってないし」
「うん」
「それに、」
「それに?」
「久々知のために、作ったんじゃないから」
「ああ」

久々知は楽しそうに嬉しそうに笑いながら私のあげたクッキーをずっと見ている。本当は久々知のためだけに作ったの。それに気付いて欲しいなんてねえ。

「ありがとうな名前」
「どういたしまして」

久々知の小さい子どもみたいな笑顔に、久々知はもしかして私からもらいたかったのかなあなんて、都合のいいことを考えちゃうくらい、久々知は喜んでくれた。




(モテる豆腐野郎に恋をしてしまっているのだもの)



end


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