日常に二人がいる風景。我が儘かもしれないけどそれが私の願い。
クラスの中心の三郎は雷蔵と仲が良い。物好きな女の子は二人の関係を白黒つけたがるけれどそれは無理だと知っている。雷蔵はよく笑っており穏やかで、物静かな女の子に人気だったりする。実はそれをよく思ってないっていうのは内緒。
朝から友チョコに騒がしい女の子と、バレンタインなんて気にしてる素振りを欠片も見せない男の子。私の鞄にもしっかり友チョコと男の子へのチョコが入っている。実は一番このバレンタインという日を気にしていたのは私。我が儘で狡い私はある一つの事しか頭にない。朝から放課後まで気にしないようにすればするほど、女の子とか男の子の会話が耳に入る。
「本命あげたんだって」
「え、誰に誰が?」
「一つ上の先輩に、私の部活の先輩が」
「まじで、凄くない?」
「なんかクラスの女の子達が協力してくれたらしいよ」
「なあなあ、チョコ何個もらった?」
「俺彼女から」
「リア充は引っ込んでろ」
「隣のクラスの子が鉢屋君にチョコ渡したんだって」
「え、不破君にじゃなくて?」
「どっちももらったらしいよ」
「名前に聞く?」
「あ、だめだめ、荒れてるから」
「いいのよ、全部聞こえてるから」
「うーわ、本当だ」
「何よ何よもう!」
「そんなに気になるなら聞きなよ本人に」
「絶対に嫌!」
「名前って本当に意地っ張り」
「そんなことない」
「いや、そんな言われ方されても説得力皆無よ」
ああ、腹立たしい。そもそも私と二人はただの幼なじみってだけでそれ以上でも以下でもないし二人が誰にチョコをもらおうが告られようが全く関係ない。けれど、このモヤモヤした感情がずうっとまとわりついて離れない。友達にまで八つ当たりする始末だ。
「もうさ、何このモヤモヤ!」
「嫉妬じゃない?」
「嫉妬でしょ」
友達二人に同時に言われて私は噛み付くように叫ぶ。
「知ってる!!」
私はとても我が儘で、例えば私に彼氏が出来たとしても二人とは遊んでいたい。例えば二人に彼女は出来ないでほしい。私に彼氏が出来たとしても。そんな理不尽さを抱えている。内緒だけれど。
「なら早いとこ聞いてきなよ」
「嫌。絶対からかってくる」
「仲良しか」
「違うよ」
「ほら戻ってきたよ二人」
「いい」
「折角作ったんでしょ、ガトーショコラ」
「帰りに渡す」
「素直に渡せるの?」
「…多分」
「その間はなんだよ」
「もー、ほら行きなって」
「嫌、あとでいく、本当に」
「絶対よ」
友達はあきれながらも私に無理強いすることはない。結局毎年頑張って作るチョコを渡すのだって上手く私から渡せたためしはない。ガトーショコラ一つ作るのだって大変だった。普段はお母さんの手伝いをする事もない私だから。
チョコレートとバターを刻んで同じボールに入れて湯煎をかける。グラニュー糖を入れて、全卵をかき混ぜながら入れて、艶と粘りが出るまで混ぜ合わせたら型に流し込んで180度に熱したオーブンで焼く。たったこれだけの作業に何度怪我しかけたか。
「ほらちゃんと渡すのよ」
友達に背中を押されて二人に近づく。
「帰るぞ名前」
三郎の言葉に私は頷く。
「今日コンビニ寄ってもいい?」
雷蔵の言葉にも頷く。上手く話すこともできない。
「じゃあまたね名前」
「また明日ねー」
後ろから友達二人がガッツポーズをしてくれる。私はそれにすがるように頷いて手を振った。
帰り道、三郎と雷蔵の少し後ろをついていくように歩く。どうやって切り出そうか。作りすぎたからって言うのはどこのツンデレだよって感じだし、ガトーショコラ食べれる?ってそのまま聞くのはどうだろう。てかもう、素直ってなんだよ。頭の中はぐるぐるしている。ああもう、渡すのは諦めよう。二人がもら本命バレンタインについても聞けそうにない。
「ねえ名前、どこまで僕らについてくる気?」
「なにが?」
「ここ、君んちだよ」
「あれ、雷蔵コンビニは?」
「名前がなんか面白かったからやめたよ」
「は?」
「俺らの会話も全く聞いてないしな」
「ごめん」
「名前は分かりやすいよね」
「意味わかんない」
「俺らにバレンタインあるんだろ?」
「はあ?あるわけないじゃん」
「嘘つくなよ」
「うっ」
「ほら、大人しく出しなよ」
三郎と雷蔵の意地悪な笑顔がしゃくにさわるが、言われた通りガトーショコラを鞄から出す。
「お、美味しくないかも」
「大丈夫」
「お腹壊すかも」
「往生際が悪いぞ。早く渡してしまえ」
二人の手に、綺麗にラッピングまでしてあるガトーショコラを乗せる。私の手に少しあまるくらいの大きさのガトーショコラは二人の手にはすっぽり収まる。
「ようやくくれたね」
「毎年毎年名前も素直じゃないよなあ」
「どういう事よ!」
「毎年出し渋るんだもの」
「いい加減慣れたけど」
「それに今年は可愛い名前を見れたしね」
「そうそう」
「僕らに嫉妬してくれたものね」
「はあ!?」
「隣のクラスの女子からチョコもらったってやつ」
「別に嫉妬なんかするわけないじゃん」
「ほらまた素直じゃない」
雷蔵の言葉にぐっと言葉を飲み込む。
「安心しろ。俺も雷蔵もそのチョコは断った」
「え?なんで?」
「だって名前がくれるからね」
二人はそう言って笑った。そこに意地悪さは何処にもない。
「ばっかじゃないの?!女の子可哀想」
「だって期待させてもね」
「悪いしな」
「へえ」
「それにお互い様だからね」
「何が?」
「「内緒」」
二人で綺麗にハモった内緒の訳を、私は何となくわかった気がしたけど、何も言わずに二人の腕にパンチした。我が儘で狡い私だけど、お菓子を作ってあげるのはきっと何があっても二人にだけだ。だから、まあ、お互い様ってことで。
「家に来るだろう?今年は逆チョコを用意してみた」
「三郎が?」
「ああ。雷蔵も来るだろう?」
「勿論。お前と名前二人だけなんて、除け者、淋しいだろう」
いつの間にかモヤモヤしていたものは何処かに消えて無くなっていたし、二人の手には私のあげたガトーショコラが、もう一方の手には私の手が収まってる。まだ素直になんてなれやしないけど、まだ当分、我が儘を二人はきいてくれそうだと確信しながら、私の家の隣の隣まで歩いていく。
私の気持ちをガトーショコラに(好きも離れたくないも全部つまってるから重たくて胸焼けはしちゃうかもね)
end
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