赤い赤いマニキュアを塗った。塗り損じたネイルが親指の腹について、それが真っ赤に熟れた石榴のように光沢を放ち、てらてらとしていて、まるで血のように見えた。それが綺麗で、仙蔵を思い出した。仙蔵の白い肌に赤はとても映えるだろう。塗り終わった爪に息を吹き掛ける。常人よりも白い仙蔵の肌は美しく、まるで陶器のようだと思う。本当は仙蔵にこの赤いネイルをして欲しい。きっと赤いルージュも似合うだろう。そして胸元には赤いキスマークなんてどうだろうか。きっとそこらへんの女よりも色っぽいだろう。そんな想像をしてから、そういえば仙蔵はそういう女が嫌いだったということを思い出す。長く綺麗に伸ばした爪に乗っかる赤が、血に見えたこと。

「もしもし仙蔵?」

携帯を取り出して仙蔵にかける。迷惑そうな、どうでもよさそうな、無機質に近い、業務的な声が耳に届く。

「なんだ」
「今、何してた?」
「風呂からあがったところだ」
「ふうん、会いたいって言ったら嫌だよね」
「そうだな」
「否定しないとこが好きよ」
「そうか」

仙蔵はきっとテレビを見ている。この時間ならニュースを見てるだろう。新聞を片手に、あの黒く光沢を放つローテーブルの上には品のあるワインか何かがあるに違いない。そんな光景がありありとうかがえる。

「明日はじゃあ、会社で会えるね」
「そうだな。営業は?」
「ないよ。だからマニキュア塗ったの。赤色」
「派手だな」
「赤いルージュを明日してく予定」
「へえ」
「胸元をはだけさせてネックレスつけたら、かっこよくない?」
「いつの時代だ」
「ふふ、本当ね」
「何かあったのか?」

仙蔵の声が優しくなる。私は少しだけ考える。何もないと言えば彼はきっとそうか。と言って終わらせてくれるだろう。

「何もないよ」
「嘘だな」
「え?」
「何故わざわざ私の嫌いな女になろうとした」
「なんで、だろうね」
「下手な嘘だな」
「昔からね」
「どういう事だ」
「赤が血の色に見えたの。それだけよ」

昔、本当に、昔の話。仙蔵は赤い紅をひいて、艶やかに女の着物を着ていた。私も、同様に。そんな夢を見たのだ。他になんの意味もない。だからなのか、私も、赤いネイルと、ルージュと、キスマークが、大嫌いよ。それを自分に施して見るのは、滑稽で哀れな自傷行為に近い。
仙蔵は一瞬だけ呼吸が止まったように、私に向かって無機質にそうか。と答えた。仙蔵もきっと、この夢を見たことがあるのだろうなと思いはしたけど、口にしてしまったら何もかも終わってしまう気がして怖かった。

「明日、仕事終わりにご飯でも食べにいこう」

仙蔵の声が耳に届く。無機質さにプラス、滲むのはなんの感情だろうか。赤いネイルを見ながら、そうしようと答えた。この手をおおったことがある生々しい、おびただしい量の赤を、今日、夢の続きとして見るのだろうか。

「じゃあ、また明日ね」
「ああ。おやすみ」
「おやすみなさい。ありがとう。仙蔵」

携帯を耳からはなして通話終了ボタンを押す。赤いマニキュアはてらてらと蛍光灯の光を受けて鈍く輝く。本当は寝るのが、夢の続きを見るのが、怖いと言いたかった。この手の赤がせめて、救いになるように。仙蔵にすがるように、着信履歴をひたすらに眺めていた。



熟れた石榴の記憶を辿る
(それは一体何色をしているのだろう)



end


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