する事もないから君を見てたら、暇なら手伝ってよと笑った君が目の前で消えて無くなった。ああ、まただ。これは夢だ。よく見る夢。いろんなシチュエーションに変えて君を何度も失い続ける。繰り返し繰り返し、君は僕の日常から姿を消す。
「いさっくん、いつまで寝てるの?」
ほら、まただ。君は僕の目の前に現れる。夢だと分かっていてもどうしても欲しいと願うんだ。もう一度って、手を伸ばす。
「今日の朝御飯は昨日いさっくんが食べれなかったって言ってた玉子焼きを作ったの」
綺麗に笑う君が愛しくてベッドから起きる。重たい頭を抱えながら用意してくれた朝御飯にありつく。
「うん。美味しい!」
「ふふ、昨日七松君に玉子焼きとられたんだっけ?」
「うん、そう。悪いないさっくんとか言ってたけどさ。最後にとっておくんじゃなかったよ」
「まあまあ」
「でもいいんだ。だって君の手作りが食べ…」
玉子焼きを飲み込んで顔をあげれば君の姿はもうなかった。いつになったら目が覚めるんだろう。
箸を置いてベッドに戻り、枕に顔を埋めて眠る。目を覚ましたとして、夢か現実か区別もつかない。今起きてるのかどうかも危うい。
「起きて、いさっくんいつまで寝てるの、早く起きて」
もう、何度こうして君に起こされたのだっけ?解らないことだらけで、重たい頭を振って君を見る。夢なら早く覚めてほしい。もう、君を失いたくはないんだよ。僕の不運を諸ともしない人。優しさがなんなのかわかってる人。この世の全て崩壊することを望む悲しい人。
ゆっくりと目を閉じて、ゆっくりと開ける。きっと君はいなくなってるはずだ。朝だか昼だかの直射日光が僕を照らしていた。眩しいったらありゃしない。
枕元に置いてある携帯に手を伸ばして時間を見る。12月25日、午前7時51分。昨日から10時間以上経っている。大分寝てしまってたらしい。欠伸を噛み殺してテレビをつける。流れてくるニュースはホワイトクリスマスになるという予報だ。これが平日ならなんの罪もない天気予報のキャスターを恨んでいたところだが、休日ならまあいいかと呑気に思いつつヒヤリと冷たい床に足を下ろした。さすような痛みに昨日何があったか思い出す。
些細な事で喧嘩して、君が部屋を飛び出したから慌てて追いかけたらタンスに足の小指をぶつけて、それにもかまってられず追いかけて走ったら指が腫れた。追い付いた君に謝って一緒に家に帰ってから腫れた足の指を簡単に治療して寝たのだ。隣に君はいないけど。
どこに行ったのだろう。随分と長い間夢を見ていた気がする。弱くて優しい女の子の夢。
窓の外を見れば重たい灰色の空が広がっていた。冷蔵庫の中身も空っぽだ。携帯に手を伸ばして電話をすれば、彼女の鞄から着信が聞こえた。早く帰ってこないかな。なんだかとても淋しい夢を見た。それだけは覚えてる。
する事もないからテレビを見てたら、玄関のドアが開いて君が帰ってきた。
「おはよう」
「…おはよう。どこ行ってたのさ」
「ちょっとコンビニまで。だっていさっくん家何もないんだもの」
ふふ、と笑った君を見て、思い出した。そうだ。君を失う夢を見ていた。他のやつが何と言おうと僕だけの可愛い彼女。世界の崩壊、それを望んだ君は悲しい。けれど美しい。
「声かけてくれればよかったのに。夢で君が消える夢を見てたんだ。怖かった」
「変ないさっくんね。早く起きないと待ってるわよ」
「何を言ってるの」
「早く起きてね、いさっくん」
目の前にいた君はまるで風化するようにサラサラと崩壊して消えていく。粒子が音もなく流れていく。ああ、これも夢なんだ。もう何度、君を失えばいいのだろう。
何も残っていない部屋をみつめて、絶望と一緒に諦めが沸き上がる。いつになったら君に会えるの、失わなくてすむの、この夢はいつ覚めるの。
目を閉じる。もう覚めなければ良い。夢の中で永遠に眠り続ければ、もう二度と君を失わずにすむだろう。
「いさっくん、起きて」
嫌だよ、君を失うためにもう、起きたくはないんだ。
「いさっくん早く起きなさーい!」
バチンっと音がしてから頬が熱くなる。
「痛っ!え、え?なになに」
飛び起きると少し不機嫌な君がいる。
「起きてって言ってるでしょ、今何時だと思ってるの、今日はデートの約束でしょ」
憮然とした態度の君を見るに、成る程頬を叩かれたのだと納得する。
「えーと、おはよう」
「おはよういさっくん」
もうすっかり準備の整った君を見て、ここはまだ夢なのか、それともそこから脱したのか区別がつかないでいる。
「今は何月何日の何時?」
「はあ?いさっくん大丈夫?12月25日の7時51分だけど」
携帯を開く君の瞳は夢とは違い生気に満ちている気がする。夢の中でも確か同じ時間だった。
「ありがとう。ねえ、ここってさ、夢かな」
「はあ?いさっくん今日大丈夫?」
「君を夢の中で失い続けるんだ。何度も何度も」
「ふーん、でも大丈夫じゃなあ?いさっくんが私を守ってくれるでしょ?」
だから失わないよ。君はそう言って笑った。あ、見て、雪!雪降り始めたよ。君の笑顔があんまり綺麗で、まだぼうっとする頭で考える。これは夢なのか現実なのか。
「こんなに綺麗なのに、世界が憎くてたまらない」
君は雪を見ながら言った。僕は君の腕を掴んで引き寄せた。ベッドに倒れこんだ君を抱き締める。例えこれが夢でも、君がいるだけマシかもしれないと思った。
ストレンジネス
(君はもう二度と、僕の前から消えないでほしい。崩壊する粒子が僕らの引き合う引力で、どうかと願う)
end
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