リリィはオレに向かって馬鹿と叫んだ。オレも負けずにしょうがないだろと叫びはしたが、そんな言葉がリリィに届いていないと知っている。
リリィとは本名ではない。本名は知らない。オレもリリィに本名を教えていない。それは暗黙のルールだった。オレはロミリアと名乗っている。正直オレの趣味ではないので勘弁して欲しいところだが、それがリリィと付き合う条件のようなものだ。オレはロミリアで向こうはリリィ。オレ達はブログで知り合った。
兵太夫にのブログから暇潰しに色々なところに飛んでいったら見付けたのだ。書いてある内容は愚痴とか悩みとか8割りを占めていた。大抵はバイトの事だ。残りの2割りはロミリアの事についてだった。
ファーストコンタクトはオレがブログの記事にコメントした事からだった。バイト先の人間関係を円滑にそつなくこなすにはどうしたらいいのかという内容に、オレなりのやり方をアドバイスしたのだ。リリィの金銭感覚とオレの金銭感覚は似ていた。バイトもよく入っていたし、勝手にそこに仲間意識を抱いていたからそのブログにコメントをした。くだらない人間関係でバイトを辞めると、また次を探して、という事から大変だというのをよく分かるし、勿体ないと思うからアドバイスをした。そのコメントの返事に、貴方はまるでロミリアの様ですね。と返ってきた。
らしくもないそんな事を続けて、携帯のメアドを交換し、毎日のようにメールをするようになり、何度か電話をして、地元が近いから一度会おうかという事になるまで一年以上経っていた。
リリィはロミリアを探していた。ロミリアとは、リリィの理想の王子様だ。きっといつも通りのオレならヘドが出るほどに甘ちゃんで夢見がちで、関わりたくない人間の部類だが、リリィのブログを見る限り結構しんどそうだし現実味もある。ロミリアという架空の王子様を自分の中に造り上げることによって、リリィはオレよりも厳しい状況にある現実を生きていた。簡単に言ってしまえばそのリリィのその弱さと嘘に惹かれたのだ。何となく、オレも疲れていたのかもしれない。
電話越しのリリィはオレに稚拙な暴言を吐き続ける。
「馬鹿、阿呆、間抜け、何でよ、もう、今日しか会えなかったのに」
リリィの言葉にぐ、と口から出そうな言葉を抑える。リリィは多分、泣きそうなのだろう。声が震えている。しかしリリィが泣けないのを知っているから、余計、何も言えなくなる。
「大晦日ってリリィ暇?」
なるべく穏やかな声で問い掛ける。リリィはしばし暴言を吐くのを止めて、無言になる。そのまま通話料金だけが嵩む。今日、12月23日は唯一重なったオレ達の休みだった。12月は高校生のテストでほとんどのシフトは大学生が出ることになる。冬休みも遊びたいのだろう、出れる日はあまりない。だから自然とシフトは回ってくる。クリスマスもお互いにバイトだし、せめて今日だけは、ときめていたの、バイトを一人ドタキャンしてオレに回ってきたのだ。最初は断ったが店長の懇願にオレが負けた。多分店長のキレ具合から、ドタキャンしたやつはクビになるだろう。
「大晦日、1時からなら暇だけど?」
「バイトのあと?」
「うん」
「オレも1時であがりだから初詣行こう」
「いいけど、でも、今日はどうするの?!」
リリィは今日という日を一体どれだけ楽しみにしていたんだろう。オレだって楽しみにしていたが、リリィは電話越しにまだ収まらないのだろう、怒りをぶつけてくる。もうすぐバイトの時間だ。あがりは深夜の0時調度。明日も朝からバイトだし、リリィは普段早く寝たい奴だし、やっぱり会うのは無理だろうな。
「悪い。悪い。穴埋めはちゃんとすっから」
「ロミリアはそうやっていつもはぐらかす」
「うん」
「私なんてどうでもいいの?」
「んなこと言ってねーだろ」
「じゃあ、なんで!」
「店長にどうしてもって言われたから」
「狡い。ロミリアは狡い。そんなの私が許さないわけないって、分かってるくせに」
「ああ」
リリィはブログだけ見てると病んでて、不思議な印象だ。でも実際に関わるとやけにリアリティーで数字にこだわり、明るく嘘がうまい。我が儘かと思いきや、全部自分で溜め込むタイプらしい。
"ロミリア"はリリィの理想の王子様のはずだ。けどオレはとっくにそのリリィの理想の王子様になることを止めているし、リリィも気付いてるのかいないのか、最初ほど、ロミリアはあーでこーでそーでという事を言わなくなった。オレリリィもお互いに毒されてしまったらしい。オレはリリィの甘ったるい嘘を享受してるし、リリィも"ロミリア"を求めていない。呼び方なんて最早些末な問題で、出会い方も関係ない。リリィもオレを享受してる。
「今日、バイトが終わったら何時になってもいいから会いに来て。絶対よ」
リリィは語気を荒気ながら言った。泣かないし、弱音はブログの中にだけ。そんなリリィのロミリアになれるなん光栄じゃないか。
「了解。もうバイトの時間だから切るな」
「ん、頑張ってね」
リリィの言葉を飲み込んで、オレはああと言って電話を切った。リリィがオレに頑張ってと言ったのだからロミリアである以上はリリィね言った全てに全力で応えなくては。勿論今日みたいに無理な事があっても、それはまあ、それとして。オレはこれで結構、ロミリアでいるのを気に入っている。
今日リリィにあげる予定だったプレゼントをそっとポケットにしまって、はよーざいまーす。と言って店に入った。
リリィとロミリア
(僕らにサンタはいないけど、甘ったるい嘘だけで十分幸せになれるほど、何にも持ってないんだね)
end
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