口からもれる息が夜の街頭とネオンの間で揺れて消えた。騒がしい街の中からはひっきりなしに鳴り続けるクリスマスソングが無遠慮に街を占拠していた。親に手を引かれて歩く子供達は幸せそうに笑っている。クラスの子供達も楽しそうに、嬉しそうに、クリスマスを待ち望んでいた。
二人だけ、授業でおこなったサンタクロースにプレゼントを頼むなら何にするか、というものに何も書かずに出した子らがいた。きり丸と名前だ。きり丸は私と似たような境遇だ。多分そういったことからプレゼントをたのまなかったのだろう。きり丸には私からプレゼントを贈るとして、一年中で多分、誕生日の次に子供の、子供と限定しなくても大人も楽しみの日ではないだろうか。昔からクリスマスやそういった行事が苦手だった。両親を早くに亡くした俺にとっては淋しさを煽るものでしかなかった。だからきり丸を見ているとやるせなくなる。
サンタクロースにプレゼントを頼まなかった名前は、成績は良くも悪くもなく、算数が苦手で国語が得意のよく笑いよく怒り、クラスでも特別に浮くことのない普通の子で、両親もきちんといる。
私の隣を走って行く子供の手には、大事そうに抱えれたケーキの箱がある。幸せとはそういったものだ。
以前おこなった道徳の授業は、死を題材にしたものだった。かずおくんの飼っていた犬が死にました。その物語を読んで、感想を提出させたことがある。大抵の生徒は可哀想、辛い、悲しい、などの類いが綴られていた。しかし名前は違う感想を抱いていた。"死んでしまうのはしょうがない。それがどんな死に方でも、最期は幸せだったならいいと思った。"というような内容だった。勿論そういった感想を持つ者が他にいないわけではないが、しょうがないと思ってしまったこの子の未来を少しだけ寂しく思ったのだ。何をそんなに諦めているのだろうかと。
マフラーに埋めた顔を少しだけあげると、イルミネーションが織り成す光の群れに少しだけ悲しくなった。帰り道を足早に進めると、見知った顔があることに気づく。

「よお、お前達どうしたんだ?こんなところで」

後ろ姿に声を掛ければ、乱太郎、きり丸、しんべエが振り返って私を見た。口を揃えて土井先生、と呼ぶこいつらに顔が綻ぶ。

「今からしんべエの家でクリスマスパーティーやるんすよ」

八重歯を覗かせてニカッと笑ったきり丸を見て安堵の息をつく。

「そうか、よかったなあ。迷惑をかけるんじゃないぞ」
「はーい」

乱太郎ときり丸が返事をして笑った。じゃあまた、ときり丸は手をふり、二人はさようならと言ってしんべエの家に駆けて行った。
サンタクロースにプレゼントを頼まなかった理由を名前に授業が終わった後に訪ねたのを思い出す。名前は何でもないことのようにこたえた。
「私はもうたくさんいろんな物をもらってきたから、そうじゃない子達に何かありますようにお願いしました。だから私は要らないんです」
小学生の台詞とは思えない解答に、または小学生しか言えない、何の臆面もなく言ってのけた名前を凄いと思った。
家が近付くにつれて、アパートのエントランスの前に小さな人影があることに気付く。目を凝らしてみればそれは見覚えがある。

「名前じゃないか」
「あ、土井先生」

名前は気まずそうにはにかんだ。

「どうしたんだこんなところで」

私が聞くと、見るからに冷たそうな指が鞄の中から一通の手紙を出した。

「これ、土井先生に渡そうと思ってきり丸に先生の家を教えてもらったんだけど、土井って二件あって、名前書いてないから分かんなくて、それで、どうしようかなって考えてたんです」
「え、いつから?」
「暗くなるちょっと前くらいから」

日暮れは今日も早かった。それから大分時間は経っている。

「もしかして、これを渡すためだけに?」
「はい。だって先生、クリスマスにサンタさんからプレゼント貰ったことない気がしたから」

はい、と手渡された手紙を受けとるときに触れた指は驚くほど冷たかった。

「ありがとう。ご両親はどうされてるんだ?心配しているだろう」
「二人とも今日と明日は出張で帰ってきません」
「じゃあ家に一人か」
「うん」
「そうか」

鼻の頭まで真っ赤な名前を見て、今胸の真ん中に募る感情に名前をつけるとしたら何になるだろうと考える。

「じゃあ帰ります。また来年学校で。先生さようなら」

手を振って歩き出そうとする名前の手をつかんだ。

「もう暗いし遅いんだから送っていこう」
「え、でも、」
「名前に何かあったんじゃ大変だろう」

名前は無邪気に笑って、掴んだ手を握り直して年相応に笑った。人と違う感性を持つこの子はきっと、人の寂しさや苦しさといったものがまるで自分のことのように感じるのだろう。道徳の感想の最後にはこうも書かれていた。"かずおくんが泣かなかったのは、きっと犬が可哀想じゃないって知っていたからだと思う。だから我慢したのだと思う。犬は幸せだったし、かずおくんも幸せだった。だからしょうがないけど幸せだと思った。"私はこの感想に花丸をあげた。きっと名前は優しすぎる。この子の未来はもしかしたら苦難に続くかもしれない。けれど味方がいるのだと覚えておいて欲しい。はじめてからクリスマスプレゼントをもらった私は、いつだって名前の味方であると知って欲しい。サンタクロースは誰の上にも訪れる。だって今、私の元にも舞い降りた。

「さあ、帰ろう」
「はーい」

こんなに幸せだと気付くクリスマスは無いかもしれない。しっかりと受け取った手紙をコートのポケットに入れて、冷たい名前の手をしっかり握り直して歩いていく。



るはずのなかった
(こんなに幸せなクリスマスは私の元に来ないと思ってた)



end

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