例えば優しい人。自分と他人を天秤にかけて、他人の方が重たくなってしまう人。例えば少し意地悪な人。優しいだけじゃなくて、人を傷付ける事はしないで、笑わせてくれるような軽い冗談が言える人。例えば友達をちゃんと大切にできる人。彼女ができたら彼女にしか目がいかないような人ではなくて、当たり前だけど同時に友達関係もしっかりできる人。例えば穏やかに笑える人。他人の失敗を見ても笑って許せるようなおおらかさを持っている人。例えば自分の意見と意思をはっきりと持っている人。誰かにあわせすぎたりしないで自分の意見が言える人。例えば人の気持ちに敏感な人。傷付いたりしていれば直ぐに気付いてくれて、何も言わなくてもただ側にいてくれる人。例えば完璧すぎない人。良いところばかりあって、優れていても、何処かで欠点がある可愛らしい人。でもそれを卑下しない人。例えばそんな理想的な人が目の前にいて、容姿も派手すぎず地味すぎない好感が持てる人で、服の好みも悪くない人がいたら、それはもう好きになってしまうだろう。というか好きになるしかない。と思う。
誰にも内緒だけれど、私には好きな人がいる。それはもう、くのたまから言わせたら「ぱっとしないけどいいんじゃない?」という評価だ。どちらかと言えば本来なら目立たないであろう人物。そんな彼の良さに気付くのは私だけでいいとおもっている。5年生は、4年生のように特別目立つこともなければ、6年生のように良い意味でも悪い意味でアクが強いわけでもない、至って善良な学年だと思われる。鉢屋君はずば抜けて目立つけれど、それを除けば接しやすい学年だ。実力はかなりあるけれど、それを自慢することもなく、下級生と接している良い先輩と言える。
図書委員会の受け付けには当番なのだろう、不破くんが座っていた。朝はご飯を食べる席が近かった。実習帰りであろう5年生を見れた。些細な日常の中にまるで雪のように輝く宝石みたいな思いだと勝手に思う。恋なんて言えるほどのものじゃなくて、憧れという言葉が一番似合うこの思いに気付いたのは、くのたまの子達で話をしているときだ。理想はどんな人?というありきたりな質問に、私はいろいろと考えを巡らせた。たくさんの例えばを集めて、そういえば一人いるなあと思ってから不破くんを見たら意識するようになった。よくある話だ。けれど不破くんに憧れている。不破くんと仲良く出来ているのは私にとってはこれ以上ない奇跡に違いないのだ。
「今日は良い不破の日って知ってた?」
悪戯に笑うのは鉢屋くんだ。後ろから声をかけられて私は頭を横にふる。
「なにそれ、何かの記念日?」
「ああ、11月28日はな、いいふわって読めるからな」
「ああ!そういうことか!」
「そういうことだ。なあ雷蔵」
「あのさ、お前そうやっていろいろ言いふらして何が楽しいんだよ」
「ん?雷蔵が嫌そうな顔するだろ」
「名前はこんなの聞かなくていいからね」
不破くんは呆れた顔をしながら私に笑いかけた。私も笑っておく。
「不破くんはでも、とっても良いと思うよ」
何の気なしに口から零れた言葉は、本心以外の何物でもない。
「名前まで何言うのさ」
「うん?あんまり深い意味はないよ」
動揺がばれないように、あくまで平静を保ちながら言えば、笑いながらありがとうと不破くんは言った。ほら、こういう言葉に過剰に反応したりしない、不破くんの魅力。
「そういうば名前、この前図書室に来ていたよね?」
「ああ、うん」
「何か本を探してた?何も借りずに出ていったろ」
「借りたかった本が貸し出し中だったみたいで、諦めたの」
「その本返ってきたらとっておこうか?」
「本当に?ありがとう!」
「うん。じゃあ放課後図書室に来てもらって良い?」
「うん、わかったよ」
私が図書室に来ていたことを不破くんは知っていたんだ。なんだか嬉しくなって自然と頬が緩む。
「名前が話しかけてくれるの、実はちょっと待ってたんだよ」
「え、そうなの?」
「うん。最近よく話すでしょ?だから話せない日はちょっと寂しいかな」
不破くんの言葉と笑顔にどきりとする。それは多分反則な言葉だ。
例えば優しくて、ちょっと意地悪で、友達を大切にできる人で、だけど欠点もある、私の理想な人が目の前でそんな嬉しいことを言ってくれた日には、私にとって一生分の奇跡を使い果たしたみたいな特別な事になる。
「私も、不破くんと話せない日は寂しいよ」
なるべく、それもさっきよりも頑張って平静を保ちながら言えば、不破くんは笑ってだよね、と言ってくれる。良い不破の日、万々歳じゃないか。
「私の事を無視して二人で仲を深めないでくれよ」
っていう外野の声は、私には聞こえない。
例えばを繰り返し重ねた奇跡
(例えば私が今死んだとしても幸せだと言い張れる)
end
良い不破の日おめでとう!
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