世界が終わりを迎える。今日はゆっくり失われていく。神様はいない。不完全な僕らを見捨てて、空は落ちる。


友達以上恋人未満の関係が調度よくて、しかもそれが長かったせいか甘い事もなかった代わりに悪いこともなかった関係に不満があるわけではなかった。けれど僕らは大人になる。それだけが気掛かりなのだ。忍たまであるところの僕と、くのたまであるところの君の行き着く先はプロの忍かそうでなければどうなるんだというんだろう。ちゃちなこの頭では想像もつかなかいけれど、いつか敵として出会う可能性や、もう二度と生きて出会う事が出来ない可能性があるという事はよく解る。最高学年になってから考えてる事はこの事ばかり。だいたいなんの疑いもなしに友達以上恋人未満だと思っていたけれど実はそんな事を思ってるのは僕だけで、君はただの友達としてしか見てなかったりして。

「いさっくん、最近ずっと何か考えてるねえ」

忍たま長屋の僕の部屋でごろりと寝転がる君の言葉にふいと切なくなる。こんなにも何気ない事にきちんと気付いてくれるのに、なんでこんなに、この関係に僕は甘え続けていたんだろう。

「なんでもないよ」

本当の事はまだ言えなくて嘘をつく。君はその僕の嘘に目ざとく気付く。

「いさっくんは嘘つくとすぐ解るから、私の前では嘘ついちゃだめ」
「はは、敵わないなあ」
「当たり前でしょー」

卒業したらこのままさよならしなくちゃならないんだろうか。僕は確かに頼りなくて、だからこそ君を守れるか不安になる。好きだよ、本当はこの曖昧な関係になるずっと前から。だけど伝えることはとても難しい。

「君も最近元気ないだろう」
「あれ、ばれた?」

いさっくんてば私の事をよく見てくれてるんだね。そう言って笑う君の髪の毛を撫でる。頭を撫でる事は出来るのに抱き締める事はできない。手を繋ぐ事は出来るのに接吻はできない。この距離を詰めたいと思うのに勇気がでない。

「君はよく無茶をするんだから気を付けてよ」
「分かってるよ。いさっくんは心配性だなー。あ、見てみて!狐の嫁入りだよ」

はしゃいだ声を出して外を指差す。

「本当だ。久しぶりに見たな」
「雨に当たりたいなあ」
「何言ってるんだ、風邪引くだろう」
「大丈夫」

そういうが早いか立ち上がった君は僕の部屋を勢いよく飛び出て庭に出る。雨にあたりながら青い空に手を伸ばす君はまるで鳥のようでとても綺麗だった。忍服の下の細い腕や腰の線が張り付いて見える。君を濡らす、君に触れている雨の雫でさえ今の僕には羨ましい。
空が落ちる世界に神様はいない。どうして忍者を目指すというのに君に出会ってしまったんだろう。出会わなければ、好きにならなければ、こんなに辛い思いをする必要もなかった。
きらきらと雫を跳ね返しながら君は無邪気に笑い続ける。いさっくん、と呼びながら、まるで一年生みたいに幼い表情を向けて手を振っている。失いたくない。君を、君を思う気持ちを、
部屋を飛び出して君の隣まで行く。髪に、顔に、手に、あたる雨粒が少し熱い体温には心地いい。既に全身ずぶ濡れの君の後ろ姿を抱き締める。

「風邪引くよって言っただろ」
「いさっくんもだよ」
「僕はいいの」
「ずるいなあ」

君の細い肩、白い首筋、距離のない心臓の位置。

「ねえ、笑わないで聞いてくれる?」
「いさっくんの話しならちゃーんと聞くよ」
「あのね、」

ザアッと僕が口を開いた瞬間に少し先も見えないくらいに強い雨が降る。多分、君には伝わっていないかもしれない。だけどそれでも構わない。僕が抱き締めても君は笑っていてくれたから、今はそれだけでいい。詰められた距離は幸せだ。

「ごめん、いさっくん、雨音が凄くて聞き取れなかったよ、もう一回言って」

抱き締めていた腕を抜けて君が言った。やっぱり君は聞こえてなかったらしい。

「いや、いいんだ。今度また言うよ」
「えー、今言ってよ!」
「とりあえず雨は止んだし、くのたま長屋に戻ってお風呂に入って体を暖めること」
「もー、大丈夫だから言って」
「先にお風呂。風邪引くよ 」
「後で絶対に教えてよ」
「うん。後でもう一度聞いて」

君はわかったと言ってくのたま長屋に向かって走っていった。空は青さを増して僕を見下ろす。この世界に神様はいなくても、さっきの言葉が僕の不運によって君に届いていなくても、詰まった距離は確かだし、抱き締めた時、君がポツリと呟いた、いさっくん大好き、と雨音に負けずに聞こえたから。

あのね、頼りない僕だけれど、将来をきちんと考えたお付き合いをしてくださたい。例えばどんなに不運でも、君と一緒なら幸せだから。

今までの世界が終わる。神様はいない。不完全な僕らはひとつになって生きていく。空が落ちても飛べなくても、辛くても、君がいたらそれだけでいい。



神様
(僕はあの娘と生きていきます)



end

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