手を伸ばしたら届かなくて、彼女にはきっと彼の後ろ姿が寂しく映って泣いたのだろう。
まるで小説の1ページみたいなシーンを目の当たりにして、私は正直困惑している。図書室に向かう途中だった。長次おすすめの本を読み終えたので、私語禁止のここで感想を伝えるべく手紙までしたためたのに、目の前にはたった今別れたであろう恋人がいるのである。男の子は一言二言、何かを告げてからくるりと踵を返した。女の子は多分、男の子の名前を呼び、足を一歩前に出して手を伸ばした。しかしその手は男には届かず、立ち尽くした女の子はただ泣いていた。綺麗な涙だった。そして私が何故、困惑しているかというと、その女の子の前を通らなければ図書室に行けないという事である。非常に困った。返却期日は今日までだし、だけど手紙を書いていたせいであと少しで図書室は閉館時間になってしまう。早くどこかに行ってくれないだろうか。一部始終を見てしまった罪悪感から、正直通りにくいのだ。手持ち無沙汰で壁にもたれてため息をつく。今長次が来てくれたらいいのに。私がそんなことを思っていると、後ろから声がかかる。

「こんなところでどうした」
「長次!そっちこそどうしたの?図書室にいると思ってたのに」
「返却日が過ぎている者のところに行ってきた」
「ああ、そういうことか」
「名前は、何故こんなところにいるんだ」
「あー、うんと、事実は小説より奇なりっていうのを体験していたところだよ」
「よくわからないが、図書室には来ないのか?」
「行く行く行きます!」

静かに泣いていた女の子はいつの間にかいなくなっていた。目の前には小説のような出来事と、まるで示し合わせたかのような長次の登場に、何故だか運命と言ってみたくなった。それはそう、長次のおすすめの小説が、甘い恋愛ものだったからに違いない。そういう事にしよう。だってじゃなきゃとても説明が面倒な事になりそうだもの。小説の返却と共に長次へと書いた手紙も一緒に渡す。

「またおすすめの本が借りたいな」
「ああ、待っていろ」

長次の後ろ姿を見て、一瞬あの女の子と私が重なる。気まぐれで手を伸ばしてみると、長次がくるりと振り返り、私の手を掴んだ。驚いて長次を見ると、薄く綺麗に笑って見えた。私の手には一冊の本が手渡され、私もとりあえず笑っておく。なんだ、今日の私は。運命を信じてみたくなるほど、長次の事を特別に見ていたのだろうか。まだ繋がっている手の温度が熱い。

「ありがと」

私は長次の手と私の手にまだある本をこちらに引き寄せて、笑う。ああ、馬鹿らしい。



Destiny
(運命なんて信じなくても、最初からわかっていた。私は貴方を好きになるって)


end


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