善法寺伊作
ジャック・オ・ランタンが緩く笑っている灯された明かりが不気味に部屋を照らす。不気味な中迫る黒い影、後ろからそっと囁かれるトリックオアトリート。
「みたいなハロウィンがしたい」
保健室で紙の簡易ゴミ箱を作るいさっくんに言うと、怪訝な目をされた。
「なんでもいいけどここは保健室だから、元気な人は出てってくれる?」
「今のいさっくんの一言で元気じゃなくなったから出ていきません」
「じゃあ他に人が来たらちゃんと出ていってよ」
「はーい」
なんだかんだ許してくれるいさっくんに甘えて私はここに居座る。
「トリックオアトリートだよいさっくーん」
「お菓子ならないよ」
「じゃあイタズラだ」
「嫌だなー。放課後デートで勘弁してくれる?」
「しょうがないなー」
「じゃあ名前、トリックオアトリート」
「え?えーと…」
「放課後デートで勘弁してあげるよ」
「ありがとう」
ハッピーハロウィン!
(本当はお菓子、持ってたよ)
(デートがしたくて)
七松小平太
「名前、お菓子ちょーだーい」
こへは私のクラスまでやってきて言った。以前お腹が空いていたこへにお菓子をあげたらなつかれたのだ。だから毎日こうしてお菓子をあげているわけだけども、今日くらいは私もお菓子が欲しい。あげるけどさ、たまには私も欲しいと思う。
「こへ、今日はなんの日か知ってる?」
「知ってるぞ。ハロウィンだろ?」
「うん。そう。だから私もお菓子欲しいな」
「持ってるのにか?」
「こへからもらったお菓子が欲しいなあ」
私が言うと、こへは少し考えてから、わかったと言って教室を出ていった。しばらくすると両手いっぱいに抱えきれない程のお菓子をもって、私の机にドサドサと乗せた。
「これ全部やる!」
「こんなに?」
「ああ!私はいつもお前からもらって嬉しいからな」
「ありがとう」
「ああ、嬉しいか?」
「うん!」
この豪快な笑顔に、私はこへにお菓子をあげるのを忘れたまま、幸せに埋もれた。
ハッピーハロウィン!
(なあ、お前のお菓子ちょーだい)
(ついでに、私に愛もちょーだい)
立花仙蔵
泣いたら笑わなくちゃダメなんだよ。いつかまた泣いてもいいように。笑ってくれたら嬉しい。泣いてくれても嬉しい。そしたら今日はハロウィンで、仙ちゃんは笑うんだ。
「パンプキンパイ、ラムネ、キャンディ、どれが好き?」
「何がしたい」
機嫌の悪い仙ちゃんは白い顔をもっと白くして言った。仙ちゃんはこういう雰囲気が昔から嫌いだ。だけど私は大好きだから仙ちゃんにも楽しんでもらいたい。
「ハロウィンだよ」
「やらん、帰れ」
「嫌でーす」
仙ちゃんにお菓子を突きつけて見せる。そうすれば仙ちゃんは観念して、あきれながら笑うのだ。昔から仙ちゃんは私に甘い。それはまるでキャンディのように毒々しい色を放ちながら胸焼けするくらい甘い甘い。そんな仙ちゃんと甘いお菓子が大好きで、私は泣くのだ。
ハッピーハロウィン!
(ほら泣くな)
(仙ちゃんが笑ったらいいよ)
中在家長次
元は魔除けの為の仮装だった。それがお祭り化したのはいつからだっただろう。図書室に行って調べようか。中在家くんは甘い物は好きだろうか。放課後の図書室は喧騒に包まれている。その中で一際寡黙な彼は図書委員で貸し出しカウンターに座っている。勿論会話などしたこともない。けれど無愛想なその表情で、たまにとても可愛い小説を読んでいたりする。そのギャップが好きだったりする。ああほら、今日はハロウィンの歴史という本を読んでいる。今日がハロウィンだからだろうな。本当に可愛い。それよりも、その本は私も読みたい。どうしよう。話しかけてみようかなあ、どうしようなあ。
「貸し出しか?」
あんまりカウンターの前から動かなかったせいか、中在家君から声をかけてきてくれた。
「あの、いえ、その中在家君が読んでいる本が私も読みたいなあと思って」
「これか、ちょっと待っていろ」
中在家君はカウンターから出て本を取りに行ってくれた。
「毎日来ているな」
もそもそと呟くような声音が落ち着く。
「本が好きなんです」
「いいことだ。それと、これをやる。ハロウィンだからな。皆には内緒だ」
中在家君からあめ玉をひとつもらう。オレンジ色の包みはひどく綺麗で嬉しくなった。ハロウィンの歴史に感謝したくなった。
ハッピーハロウィン!
(あめ玉ひとつぶん近くなった距離に愛しさがつのる)
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