ああ、ヘドが出る。一人ごちてため息をつけば、青い空は私を見下ろす。バイトの合間の一人の時間、友達の幸せだったり辛かったりする恋愛の話を思い出して、今度は舌打ちをする。
最近になって彼氏が出来た友達の人数、6人。結婚する人数、1人。復縁、1人。これが私の周りにある恋愛をしている人数である。片想いがいないのがせめてもの救い。彼氏が欲しい人数、8人。結婚したい人数、4人。全く興味がない人数、私を含めて2人。
なんていう内訳でしょう。皆さん恋愛がしたくて彼氏が欲しくて、幸せそうに笑って見える。私の心中の半分以上を占めているこの恋愛に対する複雑な心情を表す言葉を生憎私は知らないので、諦めてこのもやもやと付き合うこと半年。
調度半年まえくらいに大学に進学した。私はこれっぽっちも恋愛なんて興味がない、否、する気がなかった。けれどサークルに入り、一つ年上の先輩を気にかけるようになってから一ヶ月後、先輩に彼女が出来て終了。友達も2人、同じ状況になった。恋愛不信なんて単純なものではない。もっとどろどろしてもやもやした感情をもて余してる。
恋愛に興味のない友達は、人当たりもよく優しく、誰とでも親しくなれる奴で、まあ、いわゆるもてる。告白なんてよくあるし、だけど浮いた話はない。変な噂もない。不運で、かっこよくて、けれど彼女は作らない。善法寺は私のよき理解者だ。
大学では仲良くしている面子の1人で、あっけからんとした物言いが好ましい。
「お前また告白されたんだってな」
面子の1人である食満が善法寺に冷やかすでもなく言った。その言葉には毒気も嫌味も含まれていない。
「うん。されたよ、昨日」
善法寺もなんとも思っていないという風だった。
「で?ふったのか?」
「うん。ふったよ」
「高校の時は彼女もいたのになあ」
「留みたいに彼女の事で悩んだりしたくないんだよ。ねえ名前」
完全に傍観に回った私に急に話題をふる善法寺に、私は頷いて見せる。
「名字なんか彼氏いると思ってた」
「あー、よく言われる」
「僕も言われるよ」
「善法寺、凄い女子うけする顔だと思うよ」
「そうかな?」
「留は片想いがいると思ったら彼女いたしね」
「悪いか」
「目付きは」
「うっせえよ」
「まあでも実際、善法寺が恋愛に興味がないやつだから今話が合って仲良くしてるわけだからそれでいいんだけどね」
「そうだね。名前に彼氏とか好きな人がいたらこういう仲にはならなかっただろうね」
柔らかく微笑んだ善法寺の柔らかい髪が風で揺れて、やっぱりイケメンなだけ、恋愛をしないなんてもったいないやつだなあと思った。
「なあ、俺の存在が空気なんだけど」
「リア充は黙れ」
「ひどい」
「はは、留ドンマイ」
「助けろよ」
「いや、僕は名前と仲間だからね」
へらりと笑ったこの仲間は、遠くから呼ばれる女の子の輪に入っていった。その背中をみつめて、教室の後ろからいつもの面子の1人である女友達(リア充)と合流して、何故だかわからないもやもや(多分恋愛の話なんかしたからだ)を吐き出すように留をいじりまくった。
恋愛に興味がないなんて言ってる割に自分から愛想や笑顔や優しさを振り撒く私の仲間は、多分また告白されるのだろうなと思った。
ああ、ヘドが出る。休憩が一時間しかないのに、ため息は何回口から漏れただろう。女友達に彼氏ができたら、まるでおいてかれたり、その子が変わってしまうみたいで嫌なのに、仲間だと思っていた善法寺に彼女が出来たら私はショックなのだろうなあ。
青い空は私の上で憎たらしく輝いていて、それは善法寺の上にも変わらずに輝いている。私には憎く見えるこの空は、善法寺にはどう見えるのだろう。
昨日の大学での会話を思い出してはまたため息をつく。恋がめちゃくちゃしたくないわけではなくて、いつか終わってしまうかもしれない曖昧なそれが怖くて、何よりも裏切られたりするのが嫌だ。私の恋が実ったためしは一度もないし、恋をしなければ穏やかな心が波たつ恐れもない。
砂糖のように甘ったるくてべたべたしていて、それでいてどろどろしていて、甘いだけじゃなくて涙のようにしょっぱいこともある、そんなものに、ただいらいらとしているのだ。汚染されていく周りの空気に触れて私というものが毒されていくのが、嫌なだけだ。
興味がないっていうのも事実だけれど、とりあえず今は現状維持が私には大切な事で、友達とわいわいやってる方がしょうにあう。
私のバイトの休憩を見計らったかのようにメールが一通届く。善法寺からのメールで、明後日の月曜日の一時限目って何か特別にいるものあったっけ?というメールに、私はないよ、とだけ答えて空を見た。ヘドが出る。けれどやっぱり、恋をしてる女の子は可愛いと思う。私もまたいつか恋がしたいと思うのだろうか。
興味がないわけじゃなくて、ただ人を本気で好きになるのが怖いっていう事に気付けない少女。
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