1DK
眩しい、と思った。なんだこの眩しさは、カーテンを開けたのは誰だと。
眉根を寄せて目を薄く開けると、見慣れぬ天井に一瞬戸惑う。柔らかな色合いのカーテンが風に揺れるのが視界に入り、私はようやく理解した。
彼女と、彼女の家で、初めての朝を迎えた。
肩に穏やかな息を感じ、ゆっくりと隣を見る。北森先……真奈美は、まだ夢の中にいた。こちらに身を寄せて、くうくうと可愛らしい寝息をたてている。
明るい色の髪は昨夜の名残と寝癖で乱れ白い額が顕になり、執拗なほど求めた唇は桜色に染まり弛く開いている。むき出しの肩が寒そうだと思い、私はそっとシーツをかけてやった。
隠れて見えないが、その首筋から胸元、そして体のあちこちに私の印が残っていることだろう。大人げない。やっと手に入れた愛しい若い恋人を手放したくないがために、醜い独占欲をぶつけてしまった。
(影虎さん)
私だけに向けられる笑顔と甘い声を思い描く。
(影虎さん、大好き)
正直泣きそうになった。全てが報われたと思った。今までの人生の不満、やるせなさ、全てが。
彼女は私と対立していた時も、私を頭から否定しようとはしなかった。理解したい、認めたい、と歩み寄ってくれた。その上で生徒のために毅然と立ち上がり、小さな体で戦った。
私は彼女の教師としての輝きに惹かれた。ずっと傍らで彼女を見ていたい感じていたいと思った。それは自然な流れで恋愛感情へと繋がり、気が付いたら全てを捨ててもう一度最初からやり直したいと願うようになっていた。
何年ぶりに恋をしただろう。
教育者としても、男としても、真奈美は私を再構築してくれた。
一回りも離れた男に求愛され戸惑っただろうに、いつしか真奈美も私を見つめてくれていた。
(佐伯先生、私も、)
あの日のことは生涯忘れることは無いだろう。私は堪らず彼女の華奢な肩を抱き締めた。すっぽりと収まる小さな、小さな体。
苦しいです、と笑う彼女に、私は震えながら口付けをした。
照れたように俯き、それがファースト・キスだと告白した年若の女を私は欲望で壊してしまいそうなり自制に全神経を総動員させねばならなかった。
そしてようやく私たちは結ばれた。彼女の優しさに満ちたこの温かい部屋で。
久しぶりに人に晒した私の肌は生白く気味が悪かったが、彼女はそれさえも綺麗な肌、と撫でてくれた。誰かが私だけを見て、私を理解しようとしてくれる。
それがこんなにも尊いことだと私は初めて知った。
伏せられた睫毛の長さに見とれ、そっと乱れた髪を撫でる。
「ん……」
漏れた声はまだ覚醒しそうに無い響きだ。
私は小さく微笑み、しばらく見つめたのち体を静かに起こした。
夢中で真奈美を求めたせいかひどく喉が乾いている。水を飲もう。
そう思い、ベッドから降りようとした。
「…―!」
降りることが出来なかった。
真奈美が、小さな手のひらで、きゅっと私の小指を握っている。
私は息をするのも忘れ、体を起こしたまま真奈美を見つめた。
「ん……、影虎、しゃ…」
寝ぼけて私の名を呼びながら、甘えるように指をきゅうっと握り締める。
幼い子どものようにむにゃむにゃと夢と現の狭間をさ迷い、何か楽しい夢でも見ているのかたまに頬を綻ばす。
「かげとらさ…ん」
真奈美は、とろけるような声で私を呼んだ。そして、
「ずっと…いっしょ……」
このようなとき、どんな顔をすればいいのだろう?
幸せだ、ということを最大限に表現したいとき、普通人々はどうしているのだろうか。
私には分からない。
もしかしたら全人類でこんな幸せを感じているのは私だけでは無いのだろうか。だからきっと表現しきれないのだ。
握られた指の熱さや彼女の肌のすべらかさ、日曜の朝のゆるい空気と吹き込む風の浮き足立った色、時計の針がいつもよりゆっくり時を刻んで、冷蔵庫が寂しげにブーンと声を上げて。遠くの鳥の鳴き声に、どこかの家の布団を叩く音。
いつまでもこの寝顔をこうして眺めていたい。ぎこちない私の表情も、いつしかこの幸せに慣れるのだろうか?
紫外線は大の苦手だが、とりあえずカーテンを閉めるのはよそう。この眩しさに今は少しだけ支配されよう。
光の似合う彼女の部屋で、私は静かに深呼吸をした。
20090716