そんな月曜日



テーブルに向かい神妙な面持ちで正座をし、ごくりと唾を飲み込みゆっくりと指を伸ばす。

RECボタンをカチリと押し、慧はその瞬間素早く立ち上がり玄関へと向かう。外に出、キョロキョロと辺りを見渡し隣の部屋へ。

那智が外出中なのは確認済みだ。「何かあったときのためにハイ」と本人から渡された合鍵を緊張しながら取り出す。

息を潜め鍵穴に差し込み、カチャリ、と小さな音を聞いて祈るように目を閉じる。

扉を開けると、双子の弟の生活空間が広がる。
慧は焦りながらもキッチリ靴を揃え小声でお邪魔しますと呟き侵入を果たす。足音を響かせないように、自分の部屋側の壁に置かれたベッドの前に立つ。

じっと壁を見つめ、慧は息を鎮め咳払いを一つ。

「…あ、あー。僕は、方丈慧だ」

壁に向かい自己紹介をする。
し…んと静まり返る室内に若干きまり悪くなりながらも、誰もいないのだからと気をとり直して今度はもう少し大きな声で。

「あー!聞こえるか?あーあー」
目を閉じ自分と彼女の声量を思い出しながら何度も繰返す。

「あー!…あー。ま、なみ。真奈美!」

「慧!くん!」

「あー!ああ!」


立て続けに叫び息苦しくなった慧は、小さく頷き「よし、このくらいでいいだろう」と呟きソワソワと自室に戻る。

部屋に駆け込みハァハァとICレコーダーを手にとる。汗ばむ指先で再生ボタンを押す。息を潜め耳を澄ます。

「……ぁー……」
「……ぃ、!」
「…………」
「……み!」
「ぁ!…い!」


壁越しの籠った音声に慧は顔を赤らめる。

「け、結構響くな…!」

はっきり聞き取れないとは言え、それが自分の声だとは充分確認出来る。真奈美の高い声ならばさらによく響くだろう。

「そうか!」

慧は何か思い立ったように再び立ち上がり、那智の部屋に向かう。再びお邪魔しますと呟き靴を揃え、今度は那智のテーブルの上にレコーダーを置きお邪魔しましたと部屋を出る。いそいそと自室に戻りベッドの上に正座し、再び咳払い。

「あ…あー。アー」

今度は裏声を出す。
かなり無理矢理な様子だが、本人は真奈美の声をイメージしているのだろう。よし、と頷き壁を見つめ、

「あー!あん!」
「…違うな。あ、あー。アン!慧くん!」
「やー!」
「だめー!」
(全て裏声)

真奈美の可愛らしい声を思い出し、一人で赤くなりながら「こんなものだな」と立ち上がる。いそいそと三度目となる那智宅に上がりながら(お邪魔します)ICレコーダーを掴み取る。

そのまま那智の家で正座し、おそるおそる再生ボタンを押す。


「ァー」
「…ぃくん」
「ゃー…」
「………」

ごくん…!と唾を飲み込み、慧は震える。

「やはり高い声だと聞こえやすい…!」

どうしよう今まで全て聞かれていたのか!!慧は嫌な汗をダラダラかきながらもう一度再生ボタンを押し確かめようとする。その時、

ジャアァァァァァ


静寂に満たされていた部屋に、無情なる音が響き渡る。そう、トイレの洗浄音だ。

全身を硬直させ、慧はギギギ…と首を音の出る方へめぐらす。

永遠とも思える時間ののち、カチャリ、とトイレの扉が開いた。

「あースッキリした。死ぬかと思ったー。あれ?慧どうしたの?」

ベルトをカチャカチャ言わせながら那智は慧に今しがた気づいたように驚いて声を上げた。

「な…那智…出掛けたはずでは」
すでに汗でびっちょびちょの慧は、はは、は、と壊れたように笑う。那智はそんな慧の様子はスルーして、あははっと微笑んで、

「それがさぁ、出掛けたんだけどお腹痛くなっちゃって。戻ったらもートイレから出られなくて困ったよー」「そ…そう、か…」
「うん」
ニコニコと何故か那智も慧の向かい側に正座しながら頷き、慧もつられてひきつった笑顔を浮かべながら頷く。
「それは、たいへんだったな!」「うん」

ニコニコ

「……な、那智、」
「兄さんは、何でまた俺んちにいるの?」
「い、いや!部屋を間違えて!だな!」
「えー?もぉ兄さんったら珍しいなぁ。勉強のしすぎなんだよー疲れてるんじゃない?」

これ程弟の笑顔を恐ろしいと思ったことは無い。

「そ、うだな!よしっ部屋に戻って休むとしよう!」
「それがいいよー。そんなICレコーダー持ち歩いちゃって、まーた英会話とかつまんないの聞いてるんでしょー」

ほら貸して、とおもむろにレコーダーに手を伸ばす那智に慧は「うわああああ」と叫びほぼ体当たりを繰り出した。「わわっ兄さん!」押し倒されかけた那智は驚いて、息を荒げて立ち上がる慧を見上げた。

「どうしたの、慧」
「なななななななんでもない那智!何だか、ぼ、僕も腹が痛いので部屋に戻るぞ!」

レコーダーを鷲掴みにしてダダダッ!と玄関に走る慧の背中に、那智は一瞬遅れてニッコリと微笑みながら手を振った。

「…お大事にねー」

上擦った声で「お、お邪魔した!」と叫ぶ慧に流石の那智も肩を震わせ、



「やべ、ほんとに腹痛い…」


全てばっちりトイレの中で聞いていた那智は我慢できずにくははははと腹を押さえて崩れ落ちた。




***

20090619


ま、聞こえてんだけどね。
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