※捏造現代学パロ


 俺のクラスに転校生がやってきた。無愛想なやつで、名前を不動遊星といった。やつは形式的な挨拶のあとに、面倒くさそうによろしくと続けた。そんなことは願っていないように聞こえた。まぁ、それが本意であれどうであれ、俺がよろしくすることはないだろうなぁ、とぼんやりと思った。俺とアイツじゃあ、タイプがまるで違いすぎた。
 しかしある日俺は、その遊星と帰宅を共にすることになった。たまたま下校のタイミングが一緒で、家の方向も同じで、変に気を使うのも嫌だったし、俺から遊星に、一緒に帰らないか、と声をかけた。遊星はニコリとも、また迷惑そうにすることもなく、ただ平淡に、あぁ、と言った。やっぱり俺はこいつとは合わないだろうなと思った。
 俺は騒ぐのが好きだった。下校中もちょっかい出したり出されたり、とにかく賑やかにしてるのが常だった。だけど遊星はそういった類いではなくて、俺はこれほどまでにつまらない下校があるのかと思った。
 俺が話しかけると、遊星はぽつぽつとそれに返答した。こいつ喋れるのか、なんてことを思ったが、それほどまでに遊星は教室では無言だった。クロウがよく話しかけて笑っているが、そんなクロウの気が俺は知れない。そして俺と遊星の会話は、特に進展するわけでもなくぶつりと途切れた。
 気まずい思いをしたくなくて声をかけたのに、これはこれでかなり気まずい。だったら声をかけない方がマシだったか、と後悔しつつ、俺は話題を探して、辺りを見渡した。

「なぁ、モーメントって知ってるか?」

「……いや」

俺の視界の先には、巨大な建築物があった。町の中心に位置したそれは、今開発中の、モーメントと呼ばれる、莫大なエネルギーを産み出す装置だった。それが完成したらここら一帯のエネルギーを全て賄えるということで、地元じゃかなり騒がれている。特に興味関心があるわけではないが、その場しのぎに、俺はその話をすることにした。

「あれ見えるだろ?あの、塔みたいなやつ。あれがモーメントっつって、巨大なエネルギーを産み出す、発電機みたいなもんなんだってよ。石油とか化石燃料を使わないで済むから、環境問題も資源の問題もクリアできるって、テレビじゃよく騒がれてるぜ?見たことないか?」

「テレビは滅多につけない」

「へぇ。まぁ、俺もお笑いとかしか見ねぇけどな。
 モーメントは、なんたら粒子とかいう互いを引き付ける性質を持った物質を使って、すっげぇでかい回転を産み出すんだってよ。それでその回転をエネルギーに変換させるらしいぜ。俺はそんな社会問題とか大した関心はねぇんだけど、あれだけ大規模だと、なんかよくわかんねぇけど楽しみなんだよな。ぶっちゃけ、マジでよくわかんねぇんだけどさ。
 なんでも最近、開発のために遠くから優秀な技術者をこっちに呼んだらしいぜ。一家でこっちに越してきたんだって。ごくろーさん、て話だよな」

「あぁ、そうだな。いい迷惑だろうな」

「ほら、そこにすげぇ立派な建物あるだろ?豪邸みたいなやつ。あれが技術者たちに用意された家なんだってさ。俺の家より立派じゃねぇか畜生。そもそも、こんな無駄にでかい家建てる金があるなら、開発資金にまわせって話だよな。その方が効率いいんじゃねぇ?そんな金で釣らなくても、研究をやりたがる奴はザラにいるだろ?」

「あぁ、そんなに立派な研究なら、やりたがる奴も多いだろうな」

「だからこそのエリート待遇なのかもしれないけどな。それにしても羨ましいよなぁ。どんな贅沢して生きてんだろうな。俺も一度でいいからそんな生活してみてぇよ」

「……俺は、そんなにいいものでもないと思う」

俺がその言葉を追究する前に、ぱたりと遊星はその足を止めた。それは、技術者たちのために用意された豪邸の、正面玄関の前だった。高い柵がその家と周囲を隔て、また警備員とオートセキャリティが、厳重にその入り口を守っている。そんな場違いな場所に立ちながら、事も無げに、遊星は豪邸を指差して言った。

「ここ、俺の家なんだ」

「……は?」

空いた口が塞がらないとは、こういうことを言うんだろう。遊星の言ってることがよくわからない。
 遊星は憎たらしいまでに無表情のまま、するりと足の先を門へと向けた。そして、門の脇についた箱のようなものに、ぐっと目を近づける。赤い光が遊星の眼球をなぞって、これがいわゆる角膜認証というものなのだろうと気がついた。もちろん、そんなものを見るのは、俺は人生初だった。
 機械音がした後に、重たい門が自動で開く。認証されて門が開くということは、なるほど、やっぱりそこは遊星の家なんだろう。けれど、同時にいくつもの疑問が渦を巻いた。こいつは技術者の息子なのか。じゃあ何故、モーメントを知らないと言ったのか。そんな筈は絶対にないのに。
 視界の先で、遊星が笑った。口角を持ち上げるだけの細やかな笑みだった。唖然とする俺の様子を楽しむかのように、遊星は微笑んでいた。そして俺は、その笑顔に全てを悟った。

「じゃあ、また明日な、鬼柳」

遊星は口を開けた門の中に消えていった。再び重たい音がして、それは厳重に口を閉ざす。
 頬がひくひくと戦慄いた。どうしようもなく腹の底が痒くなる。俺はあの男にからかわれたのだ。無口で無愛想で無表情な、面白味のないあの男に。遊星は俺の驚く顔を望んだ。結果はその通りになった。遊星は満足そうに笑い、俺はこうして立ち尽くしている。間抜けな顔も、あいつの前に晒してしまった。
 悔しいのと同時に、何故だか俺まで愉快になった。小さく揺れていた頬が、密かにつり上がったのを感じた。

「……あんにゃろう……!」

明日、教室で文句のひとつでも言ってやらないことには気がすまない。とりあえず、俺の足は自宅への道をたどり始めた。
 案外、俺はあいつと上手くやっていけるかもしれなかった。
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