※漫画版ジャックと鬼柳
※過去改変有
※ショタ



 富だとか名誉だとか、大人たちが欲したそれらを、子どもたちは求めていなかった。ただ彼らが欲しかったのは、質素ながら毎日決まった時間に貰える食事と、安心して眠れる寝床だった。
 子どもたちは、生きるために最低限必要な、たったそれだけを得るために戦った。囚人のようだと揶揄されながらも、彼らにとっては幸福であった。
 権力者の養子になれる。それは、貧困街で生きてきた少年少女たちには、確かに魅力的であった。しかし、それらはどこか不明瞭で、空想の域を出ないのである。そんな絵空事よりは、確実な食事と、日々得る勝利の充足感の方が、よほど大切なもののように感じられるのであった。





 ジャックにとって勝利というのは、今さらになって手を伸ばすものではなかった。ジャックというのは、常に勝利と共にあって、負けて膝を折る者たちは、自分とはまるで違う世界に生きるもののように感じていた。
 敗者とは既に、自分と同じ生き物ではないのだ。だから、ジャックがそれにあたたかい言葉をかけてやることも、手をさしのばすこともない。
 そういった意味でジャックは、被験体0番を軽蔑していた。彼は自分と並んで、かの長官の養子有力候補と噂されるのにも関わらず、決してそれを誇ったりはしないのである。勝利の余韻を否定し、敗者に慈愛の手を伸ばす。気持ちが悪いと、ジャックが彼に抱いた印象は最悪だった。
 ジャックにとって勝利とは必然であるが、肩を張れる戦いもまた快楽であった。しかし、その相手があの、被験体0番である。

「大丈夫か? ああ、すごくいいデュエルだった。またやろう」

彼は長い髪を揺らして、地面に手をつく敗者に微笑んだ。するとジャックの胸中には、暗くどんよりとした、不快な何かが渦巻くのである。彼のささやかな笑みは、ジャックの理解の範疇をこえた。
 踵を返し、立ち去ろうとする。すると0番は目ざとくそれを見つけ、子犬のように無邪気な顔で駆け寄ってきた。0番は、儚い外見とは裏腹に人懐っこい性質らしく、人付き合いに辛辣なジャックにも、他のものと同様に接した。それがまた、ジャックには面白くない。

「ジャック!」
「……0番か。ずいぶん楽しそうだな」
「鬼柳でいいって、いつも言ってんだろ。それに、デュエルはいつだって楽しいもんだ」
「はっ」

肩を揺らして、大げさに振り返る。鬼柳はひどく驚いた様相であったが、気にも止めない。

「あんなデュエルで満足か。見損なったぞ」

ジャックの広角は持ち上がり、にやりと嘲りの笑みを浮かべる。
 ジャックは、彼と自分が似ていることを知っている。一見正反対に見える自分らが、実は一線を挟んだような、際どい位置に存在するのを知っている。

「確かに、ジャックとのデュエルは格別だ。唯一、おまえだけには全力で戦える。だけどさ、デュエルって、それだけじゃないんだよ。仲間がいて、戦って、お互いを尊敬しあえる。それだけでもおれは、十分満足なんだ」
「おれは」

ジャックは、鬼柳を鋭く睨みつける。鬼柳は、心底幸せだ、という風な顔をしていて、ジャックにはそれが、とても不快であった。

「貴様の、そういうところが嫌いだ」

鬼柳は目を丸くしたあと、困ったように笑った。それから、鬼柳ー! と暖かな仲間の声に呼ばれ、じゃあまたなと、ジャックの言葉を気にした様子もなく片手を上げた。
 もしかしたら、鬼柳はとてつもなく憐れな存在であるのかもしれない。自分たちが紙一重のところにいる、危うい存在なのだと気がついていないのだ。一瞬、ジャックを見送る瞳が冷酷な色を帯びたのも、彼自身は無自覚なのだろう。
 そうだ、自分たちは似ている。誰かを蹴落とし、頂上にいなければ気の済まない、たちの悪い性質を持っている。横並びの偽りの和平などで、決して満たされることはないのだ。





「おれさ、実験とか養子とか、そんなことはどうでもいいのかもしれない」

目尻を下げ、情けない声で鬼柳は吐露する。ジャックはあくまで無表情で聞いてはいるのだが、その実、心の中では彼を馬鹿にしているのである。

「仲間ができて、嬉しかったんだ。この生活が、案外、嫌いじゃなかったんだよ」
「おれは嫌いだ」
「……そう、だよな。おれだってそう思ってた。でも、あいつらと離れたくないんだ! もちろん、おまえとだって……! おれはデュエルしたくない。こんな風に思いたくないのに、けれど、おまえと戦うことが怖いんだ……!」

問題は、勝敗ですらないのだと言う。その先にある変化が、彼には耐えられないのだと。変化を求めて手を伸ばしたはずなのに、ああなんと滑稽な話だろう。
 腹の底で嘲りながら、それは、俺も同じだ、と返してやる。鬼柳の望む答えがそれだと知っていた。

「仲間などはくだらない。けれど、お前たちのデュエルが見納めになるのは、どうにも名残惜しい」

よく、心にもないことがつらつらと言えたものだ。自分のことながら感心し、またその胸中は嫌悪に満ちていた。
 くだらない。一度敗北者の烙印を押されたものに、いくらほどの価値があるだろう。それは鬼柳も思っているだろう。けれど彼は気がつかない。己が綺麗な人種だと信じているからだ。

「けれど、今度のデュエルは必然だ。避けることは許されない」

鬼柳は綺麗でいようとする。ジャックにはそれが、不潔なものに思えて仕方ないのであった。所詮それが、泥を塗りつけて固めたような、歪なものにしか見えなかったからだ。

「だからせめて、悔いのない戦いをしろ。これでよかったと、胸を張れるような」
「ジャック……」

まるで、すがるかのようにジャックを見上げ、鬼柳は呟いた。青い瞳は湿り気を帯びて、崇拝の色を宿す。
 ああ、そうだな、と鬼柳は頷いた。微笑んだ彼は綺麗な顔をしていたが、ジャックはそんな彼が、やはり嫌いだった。
 翌日は、長官の養子を決める、最後のデュエルである。





 迷いが故に攻撃の手を緩めた鬼柳に、ジャックは容赦なく猛攻を振りかざした。
 鬼柳に躊躇いがあるのはわかっていた。そこから戦術に隙ができるのも、想定のうちであった。ジャックはその瞬間を待っていた。
 伏せたカードの効果を発動し、上級モンスターを召喚する。目を見開く鬼柳に、躊躇(ちゅうちょ)なく攻撃宣言を放つ。鬼柳を、根底から叩き潰すためだ。

「ジャック……!」
「どうした。何故、そんなに心外そうな顔をする」

にやりと、ジャックの頬がつり上がる。ひどく傷ついたような、鬼柳の表情が心地よい。
 デュエルなど、感傷に浸りながらするものではないのだ。悲しみに酔いたいのならば、その悲しみに突き落としてやろう。
 思いたいならば、そう思っていればいい。だが、鬼柳のそれは本心ではない。不自然に取り繕った、醜悪な塊である。だからこそ、気色が悪いのだ。

「おれは貴様が嫌いだし、この場所も全て嫌いだ。そこになんの未練もない。ただ、貴様だけを叩き潰し、圧倒的な力を手に入れられればそれでいい」
「嘘なのか、おれたちとのデュエルが名残惜しいなどと言ったのは……! おまえはっ、仲間のことなど、どうでもいいのか……!」
「ああ、その通りだ!」

ジャックはそう叫んで、手を振り上げる。最後の攻撃宣言が、鬼柳に突き刺さる。

「だが、嘘、などと、貴様に言われるのは心外だ。嘘をついているのはおまえだろう」

騎士を象ったモンスターが剣を振り上げる。その刃が鬼柳に刺さると同時、強烈なフィールが彼の心臓を抉った。衝撃に耐えきれずに膝をつく。しかし、物理的な痛みなど、彼にはさしたる問題ではなかった。

「悔しいか? そうだろう貴様はそういうやつだ。殺したくて仕方がないだろう。決闘竜を手に入れるおれが憎いだろう。自分にもそれがあればと思っているだろう。おまえはそれらを醜いと感じ、仲間などという綺麗な単語のなかに押し込めたのだ。滑稽だな。おれにはおまえの方がよほど醜く見える。おまえは結局のところ、なにも手に入れられなかった敗者だからだ。なあそうだろう。今の心地はどうだ偽善者」

鬼柳は顔を上げる。怒りか悲しみか、潤んだ瞳は、殺さんとばかりジャックを睨み上げた。充血した瞳はかつての優しさをかなぐり捨て、彼の唇は震えながら言葉を紡ぐ。

「こ、の……!」

ジャックはその様を、薄く笑いながら見下ろしていた。

「裏切り者……っ!!」

裏切る? いったいなにを。誰を。ジャックははじめからそういう人間だった。誤魔化し続けたのは鬼柳の方だ。
 歯をくい縛り、憎しみを向ける鬼柳を見て、ジャックは清々しい心地だった。普段の、取り繕った彼の姿を見ているより、今の方がよほど気持ちがいい。

「その顔の方が似合っているな、鬼柳」

ジャックには、鬼柳の憎しみがよくわかった。つまるところ、彼らは似た者同士であったからだ。
 だから、ジャックが長官の息子として研究所を出たのちに、鬼柳が決闘竜を盗んで逃走したと聞いても、ジャックは別段驚かなかった。ジャックは、万が一自分が負けたとしたら、自分も同じことをしただろうと思うのだ。




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