彼の言葉に、ただ、うんざりとした。 十代は、自分が優しい人間でないことを知っていた。しかし、幼少期の経験から、理想の人物像の皮を被るのがすっかり上手くなってしまって、 「十代さん、俺は、俺の街を守りたいんです」 十代という人間は、どこか誤解されている節があった。 十代が干渉するのは、己の興味関心が向く範囲である。そうして楽しんでいるうちに、いつの間にか誰かを救っていた。 例えば、世界を掌握せんとす悪の組織があって、それらを倒せば全ての問題が解決するのであれば、十代は勇んでその戦いに参加しただろう。お前をぶっ倒すことに、わくわくしてきたぜ! だなんてことを口にして。 しかし、話は世界の滅亡ときたものだ。小難しいことは、十代にはわからない。自分の世界を守るためならば戦える。だが、それだけだ。世界中の人の幸福は願えない。その願いが、どれだけの無責任であるかを知っているからだ。 それが相談だったのか、ある種の決意表明だったのか、十代の知ったことではない。けれど、目の前で話す遊星が友人であるのには変わりないし、後輩のような彼をかわいいと思っているのも事実であったから、一応は真摯な態度で、彼の話を聞いてやるのだった。 「でもさ、そう簡単な話でもないんだろ?」 「難しい問題だと、わかってはいるんです」 遊星の目はまっすぐに向いていて、十代のそれを臆することなく見つめている。なんとなく、その瞳を懐かしいと感じた。 「彼らの言うことが正しいならば、俺の世界を守ることは、未来の世界の崩壊に繋がる」 「パラドックスが言ってたやつか」 「はい……。でも、俺の世界を壊して、未来の世界を優先するだなんて、そんなことはとてもできない」 遊星の藍の瞳が、ほんの少しだけ下を向く。睫毛がわずかな影を落とす。 しかし、それは一瞬のことだった。 「でも、どちらかひとつしか、救えないんでしょうか」 「……」 「今俺がいる世界も、未来の世界も、守りたいものに、違いはありません」 「……遊星さぁ」 頬杖をつく。ため息のように言葉を吐き出した。 十代は、己が歩んだ物語の中で学んだことがある。理想と現実はわけて考えなければだめだ。理想論は時おり、多くの人間を狂わせる。 「それがどんな考えなのか、わかって言ってんの?」 「はい」 「ああそうだな。君はわかってる。わかったつもりでいる。どちらも選ぶということは、どちらも選ばないことと同じなんだよ。別に、どちらかの世界が滅べばいいだなんて思っちゃいないさ。ただ、君は選ばなさすぎる。どれもこれも抱えていれば、いつか溢すことになる。何より、」 十代は一度息をのむ。脳裏に、過去自分を責めた言葉の数々が浮かんだ。 「君がはっきりとした道を決めなければ、君に続こうとする仲間が困る」 「それでも、俺は、どちらかを捨てるようなことはしたくないんです。今の自分の世界を守る。大切な仲間も、大切な街も。そのうえで、世界を破滅の未来から救いたい。未来なら、これからいくらでも変えていけると思うんです」 言うだけなら簡単だよな。思うが、言わない。それでも遊星はやると言うだろう。遊星の意思は、もはや十代では変えられない。 それもいいだろう、と十代は結論を出した。結局のところ、それは遊星の問題であるし、十代が必死になって止めるものではない。。 十代さん、と遊星が呼んだ。彼の藍色に迷いはない。 「俺は、街を、仲間を守るためならば、この命を捧げたっていい。命にかえても、守りたいんです」 瞬間、十代の気持ちは冷えていった。紛れもなくそれは軽蔑であって、十代の視線は遊星を外れ、自分の指先に落ちる。 ばっかじゃねーの。咄嗟の言葉を、体面のために飲み込んだ。 武藤遊戯は、何もない空間に腰かけている。まるで椅子か何かがあるように、白い空間に腰を落ち着けている。十代もまた、それは同じであった。 白いだけのその場所に、色とりどりのケーキやらドーナツやらがあったので、十代はそれらのひとつをフォークで突き刺して、口へと運んだ。ぐちぐちと咀嚼しながら、彼は不機嫌に告げる。 「遊星のことは嫌いじゃないですよ。むしろ好きな部類だと思います」 ケーキは、遊戯がどこからか持ってきたものでもあったし、十代がどこからか持ってきたものでもあった。 タルトうま。ひとりごとにしては大きなそれを、十代はなんの抵抗もなく吐き出すのだ。 「だけど、たまにちょっとイラッとくるというか……。遊星は、知らなすぎるんですよ、色々」 「そりゃあ、十代くんに比べたら彼は無知だよ」 遊戯もまたケーキのスポンジを口に含み、言う。 「十代くんは色んなことを経験した。でも、遊星くんはまだまだこれからだから」 見守ってあげてよ。遊戯の口調は、まるで保護者のようなそれであった。 「でも、何もかもを抱えて、苦しいのは結局遊星なんです。俺たちは確かに、デュエルが強かったかもしれない。だけど、それだけだ。神様じゃない。自分の命と引き換えに、大切なもの全部守れるだんて傲慢だ。だから、なんていうか、無性に腹が立つんです。そんなこと軽々しく言う遊星を見ていると」 「それは十代くんが、ヒーローに憧れていたからじゃないかな」 「え……」 わけもわからずに、十代は顔を上げる。ちょうど遊戯は、苺のドーナツを頬張ったところで、幸福そうに目を細めていた。 なりたかったんでしょ? 遊戯の言葉の調子は軽い。 「遊星くん、みたいに」 一度大きく目を見開いて、それから十代は、ベリーソースのかかったレアチーズケーキにフォークの刃を向けた。ずどん、とひと突き。大きめに切って口に入れる。 十代は、ヒーローにはなれなかった。幼少期に憧れた英雄は、自分の器でないことを知ってしまった。 悲しくはないのだ。ただ、自分の向き不向きを知っただけである。それが十代には向いていなかっただけで、十代には十代の生き方があった。それを知り得た彼は強い。 けれど、後悔がないかといえば、それは嘘であって。 「……ヒーローには、憧れてますよ」 チーズケーキを噛んで飲み込む。酸味のある味が広がる。 「小さい頃から、ずっと」 十代は笑った。その顔を、誰かは悲しげと言ったかもしれないし、晴れやかだと言ったかもしれない。その表情の向こうでは、相変わらず遊戯が、柔らかな微笑をたたえているのだ。 「遊戯さん、チーズケーキうまいです」 「あ、本当? ちょっとちょうだい」 「レアチーズ平気ですか?」 「うん、全然。むしろベイクドチーズより好きかも……。あ、本当だ、これ美味しい」 「でしょう?」 「今度来たら、遊星くんにもあげようか」 「えー、遊星にはいいですよー」 「え、なんで? 遊星くん意外に甘いもの好きだよ」 「だからですよ。だって、ずるいじゃないですか。遊星ばっかり」 タイトル:joy様よりお借りしました |