「お前は、本当に誰かのためを思って、行動したことはあるか?」

「……?」

鬼柳の唐突な問いかけに、遊星は返事が出来ず、ただいぶかしげにその眉をひそめた。
 鬼柳は呼吸を荒くしながら、自嘲の笑みを浮かべて、がくがくと揺さぶられている遊星を見下ろしていた。彼の双眸は藍色の透き通った瞳を凝視していたが、しかし遊星には、まるで彼が、自分には検討もつかないほど遠くを見据えている気がしてならなかった。それは今に限ったことではなかった。鬼柳はときどき、ここにクロウもジャックもいた頃も、こうして遥か遠くを眺めた。

「なぁ、答えろよ、遊星……」

普段の明朗な彼の声と違って、熱くかすれた声音を耳に撫でつけられる。すると遊星はそれどころではなくて、のけぞった身体からは、上擦った喘ぎ声が漏れた。
 しかしそれがなくとも、遊星はその問いに答えることが出来なかった。遊星は、自分をないがしろにしてまで他人を優先する、恐ろしいまでの自己犠牲精神をもっていたが、それがその人のためになっているなどと、そんなおこがましい考えは持ち合わせていなかった。
 絶え間なく与えられる愛撫は遊星を責めているかのようだった。 熱を帯びた鬼柳の手のひらが、遊星の、額に張り付いた前髪をかきあげた。

「遊星、お前は本当にいい子だよ。それはみんなが思っているさ。けど、それがお前の優しさでないことを俺は知っているんだ」

鬼柳のその声は冷淡な宣告でもあり、また孤独な告白のようでもあった。
 鬼柳はどうしようもないほどの寂しがりだった。こうして体が繋がっていても、それでも鬼柳は孤独に喘いだ。その度に遊星は彼を抱きしめてやるのだが、それは優しさではないのだと鬼柳は言う。

「お前のそれは贖罪だ。そうだろう?お前は自分が許されたいがために自分を捧げるんだ。お前は自分の名を罪だと思っている。知ってるんだぜ?ずっと前、寝ているクロウにお前が何回も何回も謝ってたのを」

鬼柳はそのときの遊星の、途方に暮れたような声を覚えていた。まるで迷子のように、遊星はクロウに詫び続けた。寝ているクロウは決して彼を責めないというのに、(仮に起きていたとしても、クロウは彼を責めないだろうが)遊星はそれがまた苦しいとばかりに、謝罪の言葉を並べるのだ。その光景を偶然見てしまった鬼柳は、それ以来、不必要な不信感を遊星に抱くようになっていた。それは鬼柳自身も、願わなかったことなのだけど。
 遊星は驚いた様子で鬼柳を見上げたあと、くしゃりとその表情を歪めた。それまで見たことがないほどの、悲しげな表情だった。
 熱に浮かされたままの潤んだ瞳で、遊星は鬼柳の頬に手を伸ばし、しかし寸でのところで、彼は力なくその手を垂れた。自分には触れる資格などないと言わんばかりに。

「すまない、きりゅう……っ」

なんて追い詰められた顔だろうか。鬼柳はそこに、どうしようもない嫌悪感と、それを包みこまんばかりの加護欲を覚えた。
 その罪の名を知りたいと思う。守ってやりたいと思う。けれど遊星は決してそれを望まないのだ。救われたいと思っているくせに、遊星はその沼地から抜け出そうとはしない。そこが自分のあるべき姿なのだと、彼は信じているのだ。
 鬼柳には、それがもどかしくてたまらない。自分はこんなにも彼を思っているというのに、彼はそれを受取ろうとはしない。純粋な愛情を信じてくれない。また他人にもそれを与えようとしない。だからこうして遊星を組み敷いても、鬼柳は孤独を紛らわすことができず、また一層孤独となった。
 ずん、とより深く身体をおし進めると、遊星の口から高い嬌声があがった。びくり、と彼の肢体が震え、何かに耐えるように、彼は頭を横に振った。遊星は声をあげるのを嫌がる性質であるから、必死に押し迫る快感を抑えようとしているのかもしれない。しかしそれも、一度声をあげているのだからほとんど無意味だと思うのだけど、吐息を吐いて堪えようとする遊星を、鬼柳はとても愛おしく思った。

「謝るなよ……っ、寂しくなるだろ」

「……っ、あ、あ……っ!」

快楽に支配され、しかしそれから逃れようとするその姿の、なんと浅はかでいじらしいことか。意識しないところで鬼柳は微笑んで、その白い指先は、遊星の柔らかな頬をなぞった。
 無表情で淡白で、けれど人一倍感性が強くて、鬼柳にとって、まるで弟のような彼は、快感に泣きながら今なにを思っているのだろう。それは到底、他人にはわからないことだった。けれども、少なくとも今だけは、遊星は彼自身を縛る鎖から解放されているように思えた。
 苦しみもなにも、快楽に塗り替えてしまおう。例え一瞬だとしても、彼が自分の罪から逃れられるように。

「ああ、いやだ鬼柳……っ、いやだっ」

「やだ、じゃないだろう遊星?――イきたいって言えよ」

すると遊星は、はしたなく甘い声をあげて、その身体は歓喜にうち震えるのだ。
 遊星は愛のなんたるかを知らない。彼の贖罪の人生の中では、そんな陳腐のようなものは無意味なのだろう。ああ、決してそんなことはないというのに。
 だから鬼柳はせめて彼の罪を忘れさせてやるのだ。彼に愛が伝わらないというのならば、それじゃあこれを愛と呼ぶことにしましょう。
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