「おいこらジャック、さっさと掃除をしろと、何度言ったらわかるんだ? ああん?」
「だから、やっているではないか」
「ソファーに寝転がるのを掃除とは言わん!」
「見極めだ! これを期にソファーを買い替えるか否か!」
「てめぇ働かないくせに何言ってんだ! ソファーは買わないし買わさせねぇ!」

どたーんがたがたと、掃除にしては粗暴な音が続いた。大方、クロウがジャックごとソファーを転がしたのだろう。年の瀬とは言うけれど、蓋を開ければ中身は一緒であるらしい。
 ポッポタイムのガレージは、大掃除の真っ最中だ。やろうやろうと言いつつも、時間が合わずに、気がつけば大晦日までずれ込んでいた。とうとうクロウは、向かいのカフェへ逃げ込んでいたジャックの首根っこを掴んで、野郎共掃除をするぞと、ここに大掃除開催の宣言をしたのだった。

「ねぇ遊星、このバッテリーいるかな」

ジャックとクロウの取っ組み合いをBGMに、ブルーノは着々と掃除の手を進めていた。彼が指しているのは、両手に抱えられそうな、古いタイプのバッテリーだ。それは遊星が、サテライトから持ってきたものである。

「充電し直せばまだ使えるだろう」
「だぶんね。でも、さっきからそんなことばっかり言ってるよ」

機械類を片づけていた遊星は、ふと顔をあげる。視線の先ではブルーノが、困ったように笑っていた。

「もの、がね、全然減らない」

掃除をしているはずなのに、混雑した見た目はまったくといいほど変化がない。かれこれ数時間は腰を屈めているのだが、成果は然程出ていないようだった。
 それもこれも、遊星がものを捨てるのを渋るのだった。それは、サテライトで生きてきた故の性分だろうか。不必要なものなどない、という持論を掲げる彼には、ある意味当然かもしれないが。

「捨てなきゃ、ダメか」
「ダメでしょ。クロウに怒られるよ」

がしゃん、とブルーノは先ほどのバッテリーを袋につめた。ああコードを噛ませて別のバッテリーと繋げば充電できるのに、などと考えるが、そう言いたい気持ちも失せてしまった。ブルーノだって、それを承知の上で捨てているのだろう。遊星は、己の作業を再開した。




 頭上のダンボールを下ろしたときだった。こつん、と硬質な音がして床に跳ねる。そのまましゃがんで手のひらで探ってみると、堅い鉄の塊が手に当たった。
 螺旋を描いたネジだった。はて、これはどこのネジだろう。しかし不可思議なことは、そのネジは最近はどこでも見ないような昔のもので、今は生産が止まっているようなタイプであった。遊星は小首を傾げてそれを眺めたあと、ズボンのポケットにそれをしまった。
 タイミングを見計らったように、玄関の方から声がした。

「ゆうせー! そこの雑巾取って投げてくんね?」
「あぁ……ジャックは?」
「ナイスコントロール! あいつはしょうがねぇから風呂掃除だ。それくらいならできんだろ、子どもじゃねぇんだから」
「いや……どうかな……」
「え、聞こえねぇ、なんだって?」
「なんでもない。そっちは任せた」

何やかんやで、クロウはジャックを信頼しているのだ。だからこうして、ジャックは度々、クロウの信頼を裏切る。風呂場からジャックの怒声が聞こえてきたのは間もなくのことだった。




「あけおめー、鬼柳さんですよっと」
「いや、まだ明けてねぇからな」

太陽が、少しだけ頂点を越した頃、ガレージの入り口から鬼柳が顔を出した。いつものようなずれた発言を、クロウのツッコミが迎え撃つ。
 鬼柳がシティにあるポッポタイムに顔を出すのは、久々なことであった。

「え、なに大掃除? 今?」
「うるせぇな、てめぇも手伝っとけ」
「勘弁。俺は今からニコとウェストにお節をつくらなきゃいけねぇ」
「あー、なんか、所帯染みた鬼柳なんか見たくなかった」

邪魔するぜー、と鬼柳がガレージへと入ってくる。彼は大きな袋をふたつ持っていて、なるほど先述の通り、シティへはお節やら何やらの買い出しに来たようだった。
 鬼柳の足は、作業台の方へ向かっていた。先の会話を拾っていた遊星は、彼を迎えるために立ち上がる。

「久しぶりだな、鬼柳」
「あぁ、久しぶり。……お前相変わらず片づけ下手だなぁ」

散乱した部品やら工具やらを見れば、鬼柳が笑うのも無理はない。しかし、自分は昔からこんな風だったろうか。遊星はイマイチ納得がいかない。サテライト時代はそもそも物資が足りてなくて、散らかす以前の問題であったはずだ。
 捨てられない機械の山。それは遊星の有り様を、そのまま体現しているかのよう。

「どうにも、捨てるのが惜しくなるんだ」
「物持ちがいいというか、貧乏性というか」
「貧乏性はクロウにも言われたな」
「でもお前のそういうとこ好きだぜ、俺は」

本気とも冗談ともつかぬ口調で微笑む彼は、元の明るさをすっかり取り戻しているのだった。数ヶ月前の、暗い影を纏った彼が嘘であるかのよう。ああやはり、彼は明るい日がよく似合う人間なのだ。

「なぁ、遊星、まだあれとっといてあんの?」
「あれ……?」
「ほら、サテライトにいたときさ、俺たちに作ってくれただろう? チーム作って、アジト見つけて、すぐの頃」

しかし、遊星にはさっぱり心当たりがないのである。なんせ作ったものが多すぎるのだ。全員分のデュエルディスクを作ったのは遊星であったし、生活用品についても同様だった。
 だが、覚えていないのは遊星だけなようだった。あぁ懐かしいなぁ、ともらしたのはジャックだった。その声に反応して、クロウまでもが作業を中断してやって来る。遊星はいささかな不安と焦りを覚えた。

「あれか、情報収集に困って」
「必要だろう、って廃材から作ってくれたんだよな」
「みんなで部品拾いに行ったよな。そういえば、ジャンクの山に登ったのはあれが初めてだったな」

ジャック、クロウ、鬼柳の順に過去に浸り、懐かしい懐かしいと口にする。過去の輝かしい思い出から、遊星だけ弾き出されているようだった。
 だが、それもおかしい。チームサティスファクションだのなんだのと宣って暴れまわった頃は、ほとんどの時間を四人で共有していたはずだ。自分だけ知らないのはおかしい。まして、自分だけ忘れてしまうのも。
 どうして、何故、忘れてしまったのだろう。

「なんだ、忘れてしまったのか遊星」

気づいたジャックが、呆れたように口にした。仕方ねぇよなぁ、遊星はたくさん作ってるんだもんな、というのはクロウの気づかいの言葉。
 あぁ、すまない。謝ると、ようやく鬼柳が答えをくれた。やはり彼は楽しそうに笑っていて、それはチームのリーダー時代を彷彿とさせたが、それとは明らかに別のものだった。

「ほら、あれだよ、ラジオ」




 最後の配線を繋ぐと、スピーカーからくぐもった声が聞こえてきた。がが、ぴー、ざかざか、と雑音が酷く耳に響いたが、それでも四人は、シティから流れるラジオに歓喜した。
 それは、元が廃材であったものが、なにかひとつのものに変貌した歓喜であったかもしれない。捨てられたものたちが集まって、ひとつの存在意義になる。自分たちは、それに憧れたのかもしれない。
 そのラジオは、チームサティスファクションはじめての家具になった。ラジオから流れる浮かれた恋の歌を、一緒になって鼻で笑った。劣等感ですら、共有すれば愉悦になった。
 どうして忘れてしまったのだろう。あんなに、大切であったのに。




「あのラジオは、壊した」

遊星が告げると、談笑の声はぱたりと止んだ。クロウなんかの目は、驚いたように見開かれていて、何がそんなにおかしいのかと、逆に疑問を抱く。
 ラジオは壊した。投げつけて踏みつけて、元の廃材に戻した。いくら寄せ集めて意味を与えようと、それは容易く壊れてしまった。
 当然だろう。チームはその後、壊れてしまったのだから。
 遊星の言わんとしたことがわかったのか、鬼柳の表情が悲痛を帯びた。数ヶ月前のように、再び彼の顔に影が射す。広いように思えた彼の心は、疼くような、どうしようもない痛みを訴えていることだろう。遊星もそれは同じだ。
 途端、ジャックとクロウの言葉の歯切れも悪くなる。一歩一歩を警戒して進むようなよそよそしさ。大切な何かを壊さないように、一歩一歩を躊躇っている。
 過去は消せない。どれほどの絆で繋がろうとそれは変わらない。あんなに楽しかった過去は今や、触れてはいけない巨大な傷口に成り果てた。
 それはあまりに悲しい。こうしてまた、四人揃って笑える今、それはあまりに悲しい事実だ。

「鬼柳がいなくなって、クロウやジャックとも別れて、だから俺はラジオを壊した。だから今のいままで、忘れてしまっていたんだ。だから、」

遊星以外の誰もが口を閉ざしている。どこかで作業をしているブルーノの、あれさっきここにあったんだけど、といったぼやきを、別世界に存在するかのように感じた。
 鬼柳たちの顔を、ひとりひとり見渡した。俺たちは大人になった。少なくとも、あの頃よりもずっと。あの頃に比べたら、痛みをかわすのも上手くなった。今遊星があの頃の自分に出会えるなら、お前は多少は人付き合いが上手くなる、と言ってやろうと思った。

「だから、もういいだろう」

言い聞かせるように、噛み締めるように言う。他でもない、自分を納得させるように。過去の傷など、どこにもないのだと。

「あのラジオは、壊れたんだ」

そう言った遊星は、ずいぶん晴れやかな顔をしていた。




 年越しそばを食べて、除夜の鐘を待つ間、遊星はひとりDホイールを走らせた。新年迫るハイウェイの交通量は少ない。しかしそれでも、業務車両はいつものように乱暴に飛ばしていくし、年越しをデュエルで迎えようとする人々もいるようだった。その傍らを、遊星のDホイールは滑り抜けて行く。
 あたる風がいっそう冷たくなり、遊星は頬を赤らめて息を吐いた。手が小刻みに震えて、やはりもっと防寒するべきだったかと後悔する。
 遊星が向かったのは、シティとサテライトを繋ぐ橋、ダイダロスブリッジだった。
 ブリッジの中腹辺りに、Dホイールを止める。海風を全身に浴びて身を震わせたあと、遊星はポケットからネジを取り出した。それはかつて、ラジオの部品を繋ぐのに使用したネジだった。
 チームが解体し、ラジオを壊した。叩きつけて、踏みつけて、そうしているうちに涙が出て、喉が裂けるかと思うほどに苦しかった。大切なもの全てががらくたに変わっていく気がして、たまらずに、ネジのひとつを持ち帰った。自分はそれを、いつまでも捨てられなかった。
 一呼吸。それから大きく振りかぶって、ネジを投げた。ひゅっと空を切る音。質量があまりに小さすぎるのか、水面にぶつかる音は聞こえない。なんともあっけない。
 水面を眺めたあと、遊星は踵を返して、その場をあとにした。久しぶりに、潔く何かを捨てた気がした。


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