アジトの中は、ひどく酒臭かった。
 グラスに注がず、缶の口からそのままアルコールを流し込む。頭がふっと軽くなるような、それでいて体は奥底から熱くなるような、そんなアルコールの刺激が俺は好きだった。炭酸が喉を落ちて行く様もたまらない。
 はぁ、と息を吐くと、オヤジくせぇ!てか酒くせぇ!と、なにがそんなに面白いのか、クロウが顔を真っ赤にしてゲラゲラと笑った。飲みはじめてからそう経っていないのだけど、クロウはもう、ずいぶんと出来上がっているらしい。
 見ると、ジャックが何本目かの酒に手をつけていた。カクテルでも開けたのか、グラスに注がれたアルコールの色は淡い。それをぐっと飲み干して、それから俺の視線に気づいていたかのように、こちらを見て、口の端を緩めてみせた。酒に酔ったジャックは上機嫌だ。そりゃあもう、気色悪いくらいに。
 一方俺の隣にいる遊星はというと、飲めるだけの量をグラスに注いで、ちびちびと弱い酒をたしなんでいた。遊星は酒に弱いが、自分の限界を知っている。だからそれ以上の無理はしない。それはきっと一番賢い飲み方だろう。けれど、一番つまらない飲み方でもあると思う。俺は思わず遊星の手からグラスを奪って、そこに自分が飲んでいた酒を注いだ。遊星はというと、戸惑うように手を浮かせたまま、目を丸めて唖然としていた。

「そんなちびちび飲んだってつまんねぇだろ!おらぁ、もっと飲め!」

「……酔ってるのか、鬼柳」

「あぁ!?まだ全っ然酔ってねぇよ!」

「酔うと、お前はよく絡む。いつにも増して」

もしかしたらそれは、遊星なりの文句というか、皮肉だったのかもしれないが、自分の酔い癖など自覚していない俺には、まるで無意味だった。俺からしてみたら、酒を飲む前も飲んでからも、態度はなにも変えていない。そりゃあ、酒の力を借りれば必然とテンションは上がるのだろうけど。
 グラスを突き返すと、しぶしぶ、といった形容が相応しく、遊星はなみなみと注がれた酒に口をつけた。ごく、と喉仏が上下して、酒が遊星の体内に取り込まれるのを見ていると、そこには不思議と、一種の満足感が生まれた。酒を飲むと他人にも飲ませたくなるのは、まぁ、自然の摂理だ。
 つまみを片手に、自分も酒を飲み干して、新しい缶を空けては、また遊星のグラスに注いだ。最初こそ文句を言っていたが、三杯目くらいからは、自分でグラスを俺に渡すようになった。自分で注げよ、と愚痴を漏らしたが、遊星はなにも言わなかった。
 普通は、酒が入るとべらべらと本音をぶちまけるようになる。陽気になる、と言ってしまえば平和なものだが、それで済まない場合もある。ジャックがその典型だ。普段から口が達者なくせに、更に神経を逆撫でするようなことをぶちまけ始めるから質が悪い。しかしその逆を行くのが遊星で、酔えば酔うほど、遊星の口数は減っていった。まるで、酒に取り憑かれたように、淡々と酒を飲み続けるのだ。
 ジャックの戯れ言に付き合い、笑い転げるクロウをからかって、思い出したように遊星の肩に腕を回して、遊星の顔を覗き込んだ。あんまり遊星が一人で黙って酒を飲んでいるものだから、正直少し忘れていた。もちろん、俺に悪気はない。
 遊星に呼び掛けると、気だるそうに遊星はこちらを向いた。瞳をとろんとさせてはいるが、かなりの酒を飲んだはずなのに、表情には酔いは現れていない。なんだ、案外酒に強いのか、と思い油断したとき、不意に、遊星の両手が俺の頬を包んだ。

「きりゅう……」

少ない呂律で回る舌と、うっとりしたかのような瞳は妙に色っぽく、また、頬を包み込むその両手は、いつになく優しかった。こんな遊星を俺は知らない。俺はただ、茫然と息を吐き出すことしかできなかった。短時間のうちに、こいつになにが起こったのだろう。

「どうした、ゆうせ……っ」

問いかけた言葉は、そのまま遊星の中に溶けていった。そう、文字通り、遊星に飲み込まれた。俺の唇は、遊星のそれにふさがれていたから。
 これはつまり、キスをしているのだと、気がつくのに数秒を要した。これが他の、悪ふざけが通じるような連中だったら、突き飛ばしたりなんなりしてリアクションも用意できたのだけど、遊星とのキスは、妙にリアルだった。だから俺は、大人しく遊星に唇を明け渡したままだった。
 触れるだけの、幼いキスだった。だからなのか、それとも遊星がまだ未熟であるのか、その感触はとても柔らかくて、言ってしまえば、気持ちよかった。すぐに離れてしまったから、それは一瞬のことだったけど。
 ただただ茫然として、俺はその状態のまま動けなかった。すると、遊星はちょっとだけ目元を緩めて、もう一度俺に口づけた。どうやら味をしめたらしい。今度のは、先ほどよりもずっと長いキスだった。啄むように、遊星は俺のキスを求め、頬に添えられていたはずの手は、いつの間にか首筋へと辿る。

「ふ……っ、ん、」

遊星の口から吐息が漏れる。それはひどく艶かしく、欲情的だった。そろそろ息が苦しくなる頃だろう。
 そこで俺はふと思った。これでは俺が遊星に主導権を握られたままではないだろうか。蹂躙され終わったのでは、男としてのプライドが許さないし、面白くない。それに、どちらかと言えば俺は攻めだ。たぶん。

「……ん、んっ、ぁ……!」

 脅かし半分で、遊星の息継ぎを見計らって、遊星の口内に舌を入れてやった。すると遊星の肩は面白いくらいに跳ねて、しかし逃げないように、遊星の後頭部に手を回す。調子に乗ってそのまま押し付けるように舌を入れ、なぞってやると、今度は驚嘆ではなく、快感として、遊星の身体が震えた。遊星の反応は、初で面白い。
 遊星に経験の差を見せつけてやって、多少なりとも俺は満足していた。だが、遊星はそうではなかったらしい。勢いを削いでやったかと思えば、実は火をつけてしまったようで、不馴れながらも、遊星の舌は俺のそれを求めてきた。伸ばして、なぞって、それから絡めて。遊星のそれは決して上手くはないけど、それが逆に、俺を興奮させているように思えた。

「……はぁ、ゆうせぇ」

「ふ……!ん、ぁ、」

片方の手は後頭部を支えたまま。もう片方は遊星の腰に回し、撫でる。閉じていた目を少し開けると、目元を赤くして、瞳に水の膜を張らせたまま、恍惚とした表情を浮かべた遊星が目に入った。遊星の視線はさ迷っていて、たぶん、俺が見ていることなんて気づいてはいないだろう。
 ふと、歪な考えが頭を過る。遊星なら、案外抱けーー

「長い長い長い!何やってんだお前ら!いい加減にしろ!」

俺の脳内を払拭したのは、悲鳴にも似たクロウの怒鳴り声だった。名残惜しくも遊星から離れると、つぅ、と銀の糸が伝った。それを指の腹で拭いながら、俺は息を整えつつクロウを見遣る。クロウの顔は真っ赤だったが、どうやら酔いは覚めたようだった。

「なんだよクロウ。これからがクライマックスなんだろうが」

「クライマックスなんかいるかぁ!男同士のディープキスを目の前で見せられたこっちの身にもなってみろ!」

「いい酒の肴に……」

「なるかぁ!」

すると今度は、ジャックが陽気に笑い声をあげた。さすがジャックだ。少しもダメージを受けた様子がない。

「酔うと、遊星はキス魔になるからなぁ!だが、趣味が悪いぞ遊星。キスは俺の方が上手い」

「は、俺のが上手ぇから」

「ほう、なんなら試してみるか鬼柳」

「上等じゃねぇか、面貸せよ」

「やめろっつってんだろうがあああああ!」

互いに胸ぐらを掴み合う俺たちの横で、クロウが怒鳴った。一方遊星はというと、相変わらず夢でも見てるかのような顔をして、指で唇をなぞっている。それはとても妖艶で、できることなら、また口付けてやりたいと思う。けどきっと、俺も遊星も、明日にはこんなこと忘れてるだろうなと思った。



(遊星が酔うとキス魔というのは、君かげの蜂矢様の設定です。お借りしました。さんくす!)


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