「今日俺さぁ、誕生日なんだよね」

町から外れて、ボクたちは草原を歩いている。群生した背の低い草花が風に揺れて、遠くには森が見えた。十代が足を下ろす道は肌が露出した地面で、そこだけは草が生えていない。人が行き交う過程で自然に出来た道なのだろう。
 細い道をたどりながら、振り返って十代はボクに言った。ボクの姿は普通の人間には見えないから、こうして人の波から外れると、決まって十代はボクに話しかけた。

『知っているさ。珍しいね、キミが誕生日だのなんだの言い出すのは』

「そうか?」

すっと伸びた眦を子どものように丸めて、十代は頬をかく。自覚はまるでないようで、きょとん、という擬音が相応しい表情だった。

「前はな、明日香からバースデーメールが届いたんだ」

十代は背中に必要最低限の荷物を背負っている。旅をするのに困らないだけの日用品と食糧。情報を得るためのパソコンと、ファラオという猫。猫は捨てていけといつも言うのだけど、その度に大徳寺とかいう幽霊が邪魔をした。
 パソコンに届くメールはあまり覗いたことはないけれど、そこに誕生日を祝うメールが届いていたらしい。懐かしいなぁ、と十代は快晴の空を見上げて言った。

「明日香は先生になったんだって。似合うよな。それから何通か届いて……厳しいけど、いい先生になったんだろうなぁ」

『ヨハンとかいう奴はどうなんだい?』

「あぁ、もう何年前かなぁ」

思い出したように、楽しそうに十代はわらった。

「バースデーメールを送ってくれたから、たまにはバースデーカードが欲しいって言ったんだ。そしたらあいつ、そんな古風なことをするのは今どき十代だけだぜ、って。バカにしてるよな、本当」

それから十代は級友たちの話をした。万丈目は素直でないから、誕生日の前にこちらから催促をするのだと言った。彼の方が忙しくなるにつれ疎遠になったが、忘れた頃に返信してくるのがあいつらしいと十代は笑った。
 ジムやオブライエンとも縁は切れていなかった。数年前までは、国の情勢などは彼らに教わっていたそうだ。今は自分で調べないといけないから面倒くさいな、と冗談めかして言った。
 翔は元から視力が悪かったから、パソコン画面を見るのも辛いのだと、わりかし早い頃から言っていたらしい。翔の兄である亮は心臓を患っていたが、穏やかに過ごせたのは翔の頑張り故なのだろう。それが十代の見解のようだったが、やはり亮のことは残念であるようだった。

『武藤遊戯とはどうなんだい? 彼なら律儀に連絡をくれそうじゃないか』

「無茶言うなよ。あ、遊星は今年もメールくれたぜ、律儀に」

十代は嫌味のように同じ言葉を繰り返す。彼はボクとの口論の最中に、減らず口、などと言うのだけど、それは彼も同じことだ。
 不動遊星とはボクも面識がある。彼もまた精霊が見える質の人間だった。十代とは真逆と言っていいほどの生真面目な青年だったけれど、どことなく十代に似た雰囲気を持っていた。それが印象に残っている。彼と会ったのは一度きりだったけれど、十代は時折連絡を取っていたようだ。

『つまり彼は、今の君に連絡をくれる貴重な人間、というわけだ』

「まあね。あ、別に友達が少ないとかじゃないからな! だって仕方ないだろう!」

彼の言うことはもっともだから、ここばかりは素直に頷いておく。十代の境遇は、他人から見たら些か可哀想なものであるけれど、十代はそれを苦にしている様子はない。だからボクも何も言わない。
 それから十代は遊星の話をした。彼は無事に自身の世界を救ったのだという。だが、破滅の運命から抜け出すのは自分たちの努力次第なのだと、彼は言っていたそうだ。それももう、随分と昔のことなのだろうけど。

「遊星も孫とかいてもおかしくない歳なんだけどな。……あれ、遊星って結婚したんだっけ?」

『いや、ボクは知らないよ』

「いいよなぁ、結婚て」

『十代だって、してみたらいいじゃないか。一回くらいならバチは当たらないよ』

「バチは当たらないだろうけど、お前からの呪いが降りかかりそうで嫌だ」

『わかっているじゃないか』

「げ、ガチかよ」

顔をしかめた十代は、次の瞬間にけらけらと笑っていて。まったくもって、彼の表情はころころとよく変わる。誕生日なのだといっても、人間の本質というのはそう変わらないらしい。
 そしてふと気になった。ボクはそれを十代に聞いてみることにする。

『ところで十代、キミは何歳になったんだい?』

「え? ……いや、とっくに忘れたって、そんなの!」

空を見上げ指折り数えたが、途中で挫折して、すぐにその手を天に向ける。彼の年齢はもう、指で数えて足りる数ではない。共に居るボクだって覚えてなどいないのだから。
 かつての級友達からの連絡が途絶えて、もうどれくらいが経っただろう。
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