その行為がいつから始まったのか、オレ自身にもよくわからない。ただ、孤独に墜ち行く鬼柳が可哀想で、それからとても愛しく思った。
 なんとかして鬼柳を救いたかった。お前は孤独などではないのだと、こんなにもオレはお前を愛しているのだと。しかし、そう伝えたくとも言葉は乏しく、脆弱なオレの意思表示は、やたらと機転の利く鬼柳のそれに、すっかり言い負けてしまうのだった。
 オレは鬼柳を愛していた。それが、恋人に向けるような甘い感情であったどうかかはわからないし、それを愛と呼ぶのかもわからない。ただ言えることは、オレは鬼柳という存在にそのものに、否定しようもなく、惹かれていたということだ。
 自分には何も無いのだと鬼柳は泣く。部屋の片隅にうずくまって、髪を毟ように掴んで、ガタガタ震えながら本音を吐露する。サテライトを制覇してしまったらオレはどうすればいい? そうしたらもう、オレは用済みじゃねぇか。オレなんていらねぇじゃねぇか。嫌だ。そんなのは嫌だ。でもお情けで一緒にいられるのはもっと嫌だ。なぁ、なんでオレには何も無いんだ。どうして仲間を繋いでいられるものがないんだ。なぁ遊星。遊星。
 頬を不気味に吊り上げて、甲高い声で笑った彼は、夜になると途端に恐怖に歯を鳴らして、彼の底に渦巻く本音を震える声で吐き出しながら、必死になってオレにすがり付く。だからオレはその手を取って、お前はキラキラしたものをたくさん持っている、そんなお前だから好きなのだと言う。頬を両手で包んで、涙と唾液と、溢れた体液でぐちゃぐちゃになった鬼柳の顔を、余すとこなく舐めてやる。その間鬼柳は擽ったそうに肩を竦めて、あぁ可愛いなぁ、なんて、柄にもないことを思ってみたりした。
 すると鬼柳はオレの背に腕をまわして、耳元で、もっとして、なんて熱い声で囁くのだ。だから、細い空色の髪をかき揚げて、さらけ出した耳に舌を這わせると、鬼柳は浮かされたような甘美の声をあげた。
 耳から骨を辿って、鬼柳の頬に柔く口づける。ただ鬼柳に気がついて欲しかった。鬼柳が欲しがるものを与えて満たしてやりたかった。そして鬼柳は絶望に縁取られた口角を持ち上げてオレの後頭部を掴み、オレの唇に、自分のそれを押し当てるのだった。
 鬼柳の髪を撫でながら舌を捩じ込む。無意識に引き腰になる鬼柳の身体を抱き締めて、鬼柳の口内を蹂躙する。口の端から溢れる吐息は濡れていて、上擦った艶かしい声に欲情した。
 鬼柳はとても魅力的だ。嫉妬に身を焼かれるのも、孤独に喘ぐのも、快楽に叫んでのたうち回るのも、それらはとても人間らしくて美しい感情表現だと思うから。ありのままに自己をさらけ出すことが醜いなどと、いったい誰が決めただろう。自分の中に押し留めて不幸に酔うことしかできないオレよりもずっと素敵だ。
 愛してる、耳元でそう囁く。鬼柳は喘いでオレの首筋に噛みつく。嬉しいだろうか、悲しいだろうか、救われているだろうか。オレにはわからない。けれど同情でもなくて、オレはただ、愛していた。




 鬼柳の淫らに揺れる声がいとおしい。繋がった身体を揺らしてやると、甘い声で彼は鳴いた。可愛いと思う。だから彼の白く艶やかな足を抱いて奥まで自身を突き立てると、鬼柳は身体をのけ反らして悦楽の声をあげた。
 鬼柳。呼びかけても返事がない。彼は虚空に視線をあずけて、唾液の伝う半開きの口は、あ、あ、と意味の無い母音だけを繰り返した。鬼柳、きりゅう。呼ぶのに、こんなに近くにいるのに、鬼柳は快楽に堕ちたまま、こちらを見ようともしない。こんなに温かいのに、気持ちがいいのに。
 きょうすけ。遠慮がちに呼んで、性感体を抉るように突いた。途端鬼柳は悲鳴のような声をあげて、泣きながらそこは嫌だと言った。ぴんと足が張って、悶えるように、爪先が伸びたり丸くなったりする。だが反して、鬼柳の腰はびくびくと震えていて、中は貪るように収縮を繰り返していた。だから何度もそこをせめる。鬼柳はひたすら、喘ぎと嫌を繰り返した。
 オレはこんなに愛してるのに、鬼柳はオレを見ようともしない。オレは彼にしかこんな行為は出来ないのに、きっと鬼柳は、自分を繋いでくれる相手になら、足を開き、性器を晒して腰を振るのだろう。結局オレは、彼を繋ぐ一本の細い鎖に過ぎない。
 だが、今この鎖を放してしまったら、鬼柳はもう手が届かない場所に行ってしまう気がして。そしてオレはその喪失感に堪えられないだろう。堪えきれずに泣いて叫んで喉をかきむしって喘ぐだろう。
 だからオレはこの、細い鎖を繋ぐ行為を繰り返す。鬼柳をここへ留めておくために。もしかしたらそれはオレのエゴかもしれないけれど。本当は救いを求めているのは鬼柳じゃなく、オレかもしれないけれど。
 鬼柳の首筋を強く吸って鬱血の赤を残す。頭の両脇に手をついて、荒い息で胸を上下させている彼に言う。

「あい、してる」

その言葉は重いものだったろうか。本来の意味を伴っただろうか。オレは鬼柳をどう思っているんだろう。鬼柳が好きだ。大切に思っているし、彼を救いたいと思う。しかし一方オレは、鬼柳に救われたいと思っている。救世主が再び手を引いてくれるのだと信じている。
 オレは、目の前の鬼柳を、愛して、いるだろうか。
 瞬間、景色が反転する。背中に軽い衝撃。少し息がつまった。それからオレの見上げた先には、太陽の瞳。白い肌は赤く染まり、頬を紅潮させている。小さく開かれた口からは熱い吐息がもれ、性行為の余韻を残していた。
 しかし、鬼柳の瞳はオレを突き刺していた。口角が少しだけ持ち上がる。オレはこの笑い方を知っている。弱者を貶める笑みだ。あぁ、耳をつんざく高い声に耳を塞ぎたくなるような!

「そんな言葉、もうとっくに聞きあきたよ、ゆうせい」

ぷつんと、鎖が切れるにはなんとも呆気ない音がした。

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