随分とほつれてしまったシーツの上を、はたと鬼柳の髪が叩いた。それに留まらず彼は頬をシーツへと擦り付け、唸るように身を捩る。
 鬼柳が魘されていた。喉の奥から搾り取るように声を発して、不快感を拭い去るように幾度も寝返りを打った。額には脂汗が浮かび、幾本かの髪の毛がじっとりとそこに張り付いている。
 デュエルディスクの改造に、忙しなく指先を動かしていた遊星は鬼柳の声に顔を上げ、珍しいこともあるものだと、心配する反面、感心したように思うのだった。
 もっぱら、普段は逆なのである。朧気な記憶を鮮明に突き付けられ、その幻影に遊星は喉元をぐっと締め付けられる。苦しくて苦しくて、喘ぐようにしてもがいていると、遊星、遊星、と鬼柳が名前を呼んで、そっと悪夢から救い出してくれるのだった。
 暖かいレモネードを飲みながら、深夜に鬼柳は話してくれた。人間の脳というのは、徐々に徐々に記憶を受け入れていくのだと。その過程が夢なのだと。
 例えばすごく辛いことがあったとき、脳は、心は、一度にそれを受け入れることを拒絶する。だから、その光景を何度も何度も夢で反芻しながら、ゆっくり、少しずつ受け入れていくのだ。それは身体が自身を苦しめているわけではない。受け止める準備をしているのだと。
 だから遊星、お前は受け止めようと頑張っているんだ。お前は本当に偉いなぁ、と鬼柳は遊星の頭をぽんと叩いて、その温もりに目頭が熱くなったのを今でも鮮明に覚えている。あぁ自分が求めた救世主というのはこういう人なのだと、喉元から沸き上がる何かを飲み込みながら思ったのだった。
 ドライバーを工具箱へしまい、鬱陶しいように寝返りをうち続ける鬼柳のもとへと歩み寄る。彼はうわ言のように遊星の名前を繰り返していた。一体どんな悪夢を見ているのだろう。
 何にせよ、鬼柳に悪夢というのは似つかわしくないものだった。彼は明るく前向きで、綿密な計画を練るわりには、誰と比べてもずっと楽天的な性格だった。彼は自分の力というものを何よりも信じ、最後には思惑も思考も全て放り投げて特効するような、そんな人間だった。だから殊更、夢に魘されるという、ある種ネガティブな現象は、鬼柳にはとても不釣り合いに思えるのである。
 彼が横になる寝台に手をついて、遊星はそっと彼の身体を揺すった。鬼柳、と一度名前を呼べば、彼は振り払うように身を捩る。苦し気な声音に誘われるように、今度はきつく彼を呼んで肩を掴んでやれば、鬼柳は恐る恐るといった様子で目蓋を持ち上げた。

「ゆう、せ……?」

「大丈夫か鬼柳、随分魘されていたようだが」

開ききらない目蓋を何度も瞬かせ、鬼柳はくしゃりと自身の髪をかきあげた。手をついて身を起こしながら、意味の無い母音を何度か繰り返し、彼は少しずつ、夢と現実の境界を理解し始めたようである。
 脈絡なく単語を紡いでいた鬼柳は、唐突に遊星の方へと顔を上げ、はっと彼の肩を強く掴んだ。咄嗟の行動に呆気に取られる遊星を、鬼柳の手が小さく揺する。

「お前遊星だよな? ここにいるよな? 大丈夫だよな? 満足してるか? いや、この際最後はどうでもいいんだ。つまり、あれは、夢、だったのか……?」

「鬼柳が言っていることはよくわからないが、お前が見ていたものは、間違いなく夢だ」

「……本当か?」

「あぁ、本当だ」

「マジか?」

「マジだ」

すると鬼柳ははぁー、と心底安心したように息を吐いて、それから遊星の首に腕を回して抱きつくと、その肩口に顔を埋めた。鬼柳の過多なスキンシップはいつものことであるし、遊星自身も満更ではないので、今更戸惑うようなことはない。ただ気がかりなのは、すがり付かんばかりの鬼柳の様相であった。
 ぽんぽんとその頭に手を添えながら、遊星は問いかける。

「俺の夢を見たのか?」

「あぁ……。恐ろしい夢だった。たぶん、いやきっと、生涯見てきた夢の中で一番怖かったと思う」

決して誇張した表現ではないことを、遊星を抱く鬼柳の手が物語っていた。大人しく抱かれたまま、差し支えなければ教えてほしい、と言うと、彼は肩口に口元を当てたまま、ぼそぼそと夢の内容を告げるのだった。

「ジャックとクロウとお前と、そして俺の四人で話してるんだ。何を話したかなんて覚えてねぇが、すっげぇ楽しくて腹捩れるくらい笑ってた。でも急にまわりが暗くなって、急いで振り替えったらジャックとクロウがずっと遠くを歩いていた。待ってくれ! って手を伸ばしたんだけど、二人は冷たい目をしてさっさと歩いて行っちまう。取り残されたくなくてもがくけど、暗闇に取り込まれたように全然動けないんだ。そしたら誰かが俺を呼んだ。お前だった。涙が出るくらい安心して、その手を掴んだら、ずぶずぶと俺の体が沼に落ちたみたいに沈んでいった。すがるように強くお前の手を握ろうとしたら、お前はすっと俺の手を離して、もう無理だと言ったんだ。訳がわからなくて、沼に沈みながら滅茶苦茶に叫んでもがいて、もう沈んでしまうというところで目を覚ました」

語り終えた鬼柳は、本当に夢でよかったと、現実を確かめるように手に力を込めた。
 なるほど怖かったろう、と遊星は思う。しかし所詮は夢なのだ。そっと口の端に笑みを湛え、ぎゅっと鬼柳の背を抱きしめてやりながら遊星は言った。疑問にすら思わない、必然のような断言であった。

「あぁ、それは間違いなく夢だ。そんなこと、俺たちにあるわけないだろう?」

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