救世主の死から、もう半年が経っておりました。それまで、圧倒する鬼柳のカリスマに統一されていたサテライトはすっかり覇気を無くしたようで、小さなチームも次々と解体し、デュエルギャングたちが勢力を誇った時代は終わりを告げたのです。
 治安が悪いのは相変わらずで、売女と強請の声を何度も何度もあしらいながら、ジャックは地下鉄のホームへと下っていきました。旧西童実野の駅のホームが、遊星とその仲間たちの居住地でありました。
 「遊星遊星、ジャックだよ! ジャックが来たよ! 久しぶりジャック! ねぇほら見てよ、遊星はこんなにも立派なものを作ったんだよ!」ジャックを迎え入れたのは、高く跳ねた幼い少年の言葉でした。無邪気な声を鬱陶しく、また密かに微笑ましく思いながら少年の、ラリーの声に続いて遊星の元へと向かいました。
 ホームの片隅に、遊星は膝をついておりました。彼のわきには機械の塊のようなものが鎮座し、藍の双眸はパソコンのディスプレイを静かになぞっておりました。
 彼の名前を呼ぶと、遊星はふと顔を上げ、ごく僅かに表情をやらわげるのでした。

「ほらジャック、すごいだろ? 遊星はひとりでここまで作ったんだ! 物資の足りないサテライトで!」

まるで自分のことのように誇らしく、小躍りでも始めそうにラリーは言いました。そんな少年の前に、ジャックは携えていた白のビニール袋を差し出しました。

「貰い物の和菓子だ。ナーヴたちにもわけてやれ」

「わぁ、ありがとうジャック! ナーヴたちは向こうでテレビを見ているよ。遊星が繋いでくれたんだ。じゃあオレ、みんなにわけてくるね」

癖のある赤い髪がひょこひょこと跳ねて、プラットホームの暗がりへと飲まれてゆきます。ぱたぱたと反響する足音は、明るい音色を灯していました。
 少年を見送り、遊星は再び電子画面へと視線を落とします。お前が来るなんて珍しいなどと溢しながら。
 遊星はまるで海のようでした。さざ波を静かに寄せ返し、その心は今、太陽を映してキラキラと瞬いています。しかし一変して、それは唸りをあげて荒れ狂い、悲痛な波の音をごう、と立てるのです。ラリーたちはそんな遊星の一面を、果たして知っているのでしょうか。

「随分進んだな」

「……ラリーたちが、部品を集めてくれたからな」

「だがお前の技術は本物だ。さすがだな」

すると遊星は、まるで興味の無いようにすぅ、と視線を外すのです。デュエルディスクの改造を鬼柳に誉められて照れ臭そうにした少年は、もうここにはいないのだろうとジャックは思いました。
 以前より感情表現の豊かでない遊星は、一見してかつての自分を取り戻したかのように思えました。遊星に再び仲間が集ったのもそのせいなのでしょう。彼はまた持ち前の自己犠牲精神を発揮して、ラリーたちに慕われたのに違いありません。こうして住居を共にしていることを考えれば、遊星自身も満更ではないのでしょう。
 しかしジャックには、彼がある一点において欠けているように思えてなりませんでした。またその部位は、ジャックとってひどく致命的であるのです。

「お前はなぜこいつを作る? このサテライトで、Dホイールなど」

「夢だからだ」

「夢、か」

淡々と遊星が返事だけを返すと、ジャックは遊星の傍らに置かれたそれを、Dホイールを手のひらで触れました。冷たい質感が、直にジャックの手のひらに伝わります。まるでサテライトの冷酷な現実に対面したようでした。
 遊星にとって、またジャックやクロウにとっても鬼柳は希望でした。しかしその希望が潰えた今、彼らは各々の世界に夢を描き、希望を見い出すしかないのでした。遊星にとってそれは、デュエルとスターダストの存在でした。

「遊星、俺にも夢があるのだ」

しかし、ジャックにはそれは理解の届かない夢でした。彼にはどうしてもこの世界に光を見出だせず、希望だ夢だとのたまう遊星の言葉が、都合の良い逃避にしか聞こえなかったのです。
 それはきっと、遊星の力無い眼光のせいでもあったのでしょう。かつてのように思えて、大切ななにかを失ってしまった親友。彼はきっと、口よりも雄弁に語っていた瞳の輝きを忘れてしまったのです。サテライトに希望をと奮い立った少年は、今まさにサテライトに埋もれようとしているのでした。

「聞きたいか遊星。それは、昨日や今日で抱いた夢ではないのだ。鬼柳との出会いで芽生えたものでも、鬼柳の死で潰えたものでもないのだ。俺の夢とは即ち、お前だ遊星」

遊星はゆるりと頭を持ち上げて、感情の薄い顔でジャックの瞳をじっと見据えていました。それは問いかけているようでも、咎めているようでもありました。

「俺は勝利を、強さを渇望する。それは、こんな荒んだ世界の賭けデュエルなどで手に入れられるものではないのだ。思えば遊星、幼い頃より俺のライバルはずっとお前だった。そしてこれからもそうだろう。遊星、俺はお前に勝ちたいのだ。勝って俺は力を手中に収めてやる。誰にも抗えない、絶対的な力だ。鬼柳がむやみやたらに振りかざしたものとは違う強さだ」

「何を言っている。俺はデュエルでお前に勝った覚えはない」

「あぁそうだ。俺はお前と戦い、勝利を掴んできた。だがそんなものでは俺は満たされない。俺はお前に勝利してきたが、あくまで俺たちは対等だった。俺が欲しいのはそうではない。決定的な勝利だ。お前を屈服させるような勝利が欲しいのだ!」

遊星は、ただただジャックのアメジストを射抜いておりました。ならば今ここでデュエルしたらいいじゃないか、とでも言いたそうなそれに、ジャックは憤慨と共に落胆を覚えるのでした。ああ違うのだ、自分が戦いたい不動遊星というのは!

「遊星よ、他人を裏切るとはどういうことなのだろうな」

すると遊星は、殊更不機嫌そうにぐっと目尻を細めるのでした。かつて裏切り者と罵られた彼は、過敏に言葉の棘を拾い上げるのです。
 続けてジャックは言いました。

「裏切るとは、その者に背を向けるということだ。遊星、お前は未だ背を向け続けている」

「あぁ、そうだ。向き合うべき相手は、既にいなくなってしまったのだから」

「そうではない!」

ジャックは激昂しました。どうしてここまで意思が交わらないのか、ひどくもどかしく思いました。
 ジャックの大きな掌は、力強く遊星の服の襟口を掴み上げました。襟元には波のようにシワが寄り、ジャックの拳はわなわなと震えます。そして遊星は、怒りに戦慄くジャックを、大きく見開いたまなこで見上げておりました。

「お前が背を向けているのは死者ではない! 生者の方だ! 何故貴様はラリーたちを、クロウを、俺を、見ようとしない! 裏切るのが怖いか! ならば前を見据えていろ! 恐怖に身を竦めている者はその両手で抱え込み、傷つけようとする者があれば、その拳で思い切り殴ればいい! お前はそういう人間であったはずだ! 俺はそんなお前を尊敬していた! だからそんなお前に勝ちたかったのだ! 今の腑抜けた貴様から奪った勝利など、なんの価値もありはしない!」

ジャックが大きくその手を振るいますと、遊星は湿ったコンクリートの上に容赦なく身を叩きつけました。しかし彼は拳を握ることも、アメジストを睨み上げることもなく、考え込むように、視線を床に落としたままでした。
 そして遊星はようやく顔を上げ、興奮覚めぬ様子で息を荒らげているジャックに問いかけるのです。

「……それが、お前の夢だと言うのか」

「あぁ、そうだ。そして俺はなんとしてでもその夢を叶えるだろう。おそらく、近いうちにな」

「そうか……」

無表情に僅かばかりの笑みが浮かんだかのように見えました。
 そしてそのとき、彼らは確かに、あるひとつの答えを導き出していたのです。




それから二週間ばかりが過ぎた頃、とうとう遊星のDホイールは完成しました。
 ジャックがそのDホイールを奪いシティに向かったのは、更にそれから、一週間後の出来事でした。

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