※リバ


 呼吸に合わせて、布団が上下していた。サテライトでは物資が不足していたが、粗末ながらも寝具が揃っているのは、一重に、勢力を伸ばし続けるチームサティスファクションの権力の現れだろう。
 ささやかなぬくもりを享受して眠る鬼柳は、とても穏やかで、美しい顔をしていた。
 鬼柳は、俺が持ちえないものを、たくさん持っていた。俺は鬼柳のように気の利いた言葉を知らなかったし、多くの人間を魅了する造形も持っていなかった。俺はそれが羨ましく、また尊いものだとも感じた。
 マーサも、ジャックもクロウも、こんな俺を大切だといった。たぶん俺は、彼らに愛されていた。けれど、本当の意味で俺を愛してくれたのは、鬼柳がはじめてだった。俺はそれが素直に嬉しかったし、そんな鬼柳を、とても愛おしいと思った。
 俺は鬼柳を愛することに快楽を覚え、愛されることに至上の幸福を感じた



 定期的に吐息をもらす鬼柳の元へと近づき、薄い毛布の上へ乗り上げる。鬼柳の華奢な身体の上に跨ると整った顔がよく見えて、思わずその頬に手を伸ばした。多少の身じろぎはしたものの、彼が起きる気配はなかった。
 手の甲で輪郭に触れる。鬼柳は中性的な顔立ちであるが、こうして骨格に触れてみるとやはり男なのだと実感する。小さな顔を今度は手のひらで包んでやれば、ふたつ年上の彼が愛おしくてたまらなくなった。滑らかな白い肌も、艶やかな空色の髪も、指先にぶつかるささやかな吐息も、俺にない全てが魅力的だった。
 薄く開いた唇に指を這わせる。無防備に晒されたそこに触れる度に、どうしようもない思いが募っていくのを感じた。身体の奥底から熱がわき上がってくるのを感じるのと同時に、俺は彼の唇に口づけていた。
 両手で鬼柳の頬を包んだまま、触るだけのキスをする。ああ彼という人間は、どうしてこれほどまでに俺を惹きつけるのだろうか。やわらかくも、もどかしい感触に、ぞわりと欲望をかき立てられる。こんなものでは足りないと、俺の中のなにかが訴える。洩れた彼の吐息に応えるように、もう一度俺は、角度を変えて彼に口づけた。
 キスをしたまま鬼柳の前髪をかきあげて、彼の額を撫でる。鼻腔をくすぐる鬼柳の匂いが、ぞくりと腰のあたりを疼かせる。
 ふ、と鬼柳が吐息を零す。その声音のなんとあでやかなことだろう。もっと聞きたいと願いながら舌を入れる。歯列をなぞってやれば、彼は苦しいのか、息を零しながら、縋るように俺の背に手をまわしてくる。空色の髪を梳きながら、もっと奥へと舌を押し入れた。
 鬼柳は俺が持っていないものをたくさんもっている。俺はそれを羨ましく思うが、それを欲しいとは思わない。ただ、俺にないものを持った鬼柳が欲しい。そう、俺は、鬼柳が欲しい。鬼柳の魅力に翻弄され、その甘い陶酔に身を委ねたかった。
 呼吸が落ち着かないまま、視線を鬼柳の顔から外す。見下げた鬼柳はとても欲情的だ。顔が火照るのが、自分でもよくわかる。その興奮は、下腹部のあたりにもどかしい疼きを与えた。心臓が異常なほどの脈拍を刻む。どうして鬼柳は鬼柳として生まれ、俺は俺として生まれてしまったのだろう。その事実が、今はとても苦しい。



 うめき声をもらして、鬼柳が寝返りを打とうとした。追いかけるように手を伸ばし、その肩をシーツの上へと押し付ける。彼の身につけている赤いシャツの襟口を掴み、引き下げた。
 日光に当たらず、ひと際白い胸元が覗く。浮き出た鎖骨の緩急に指を這わせれば、それを俺は、幸福であると感じた。滑らかな肌の上に、縋るように噛みついた。白の上に鬱血の花が咲く。綺麗だった。とても。苦しくなってしまうほどに。
 何度も鬼柳の胸元に口づけては、自分の痕跡を残す。必至になって、彼という存在に縋りついた。
 ふと、シーツをきつく掴んでいる鬼柳の手が視界に入った。
 鬼柳の手がとても好きだった。細くも骨ばった指は男らしくも美しく、先についた桜色の爪は、造形美というより他ないと思う。ああ、そんなにきつく掴んでは、鬼柳のせっかくの指が傷ついてしまう。
 鬼柳の手を、大事に、両手でそっと持ち上げて、ゆっくりとシーツから指を外す。びくびくと、なにか掴まるものを探す彼の指先が不安定を訴える。
 鬼柳は強い人だ。灰色に沈んだようなこの世界で太陽のように輝いて、俺たちを導いてくれた救世主だ。けれど彼は、どうにも、孤独というものが苦手らしかった。さ迷うような彼の五本の指はそんな性質を連想させるようで、とてもいじらしく、可愛く思えた。
 鬼柳の右手を両手で持ち直し、天を指した彼の中指の腹をぺろりと舐め上げる。鬼柳がか細い声を上げ、それを片耳に入れたまま、指の付け根を、そして間接の凹凸を舌の上で愛撫した。呼吸が苦しくなるのも構わずに、口に含んで甘く噛む。
 人間の指というものは、体の機能の中で最も効率的で洗練されたものだと思う。どんな細かい動きでも丁寧に、また確実に行うことができ、それでいて無駄のない作りをしている。シンプルでありながら、機械などでは、その動きはとても再現できない。素晴らしいと思う。
 鬼柳はその中でも特出している。器用に動くだけでなく、皮の張り、骨の凹凸、手のひらのふくらみ、全てが理想的な比率で構成されている。俺は鬼柳の指が大好きだ。まるで、その辺の人間とは違うのだと思い知らされるようで。
 波打つ彼の手の甲を撫でながら、指先を吸い上げる。甘噛みをした後に、唇で柔く指の形を味わう。そしてもう一度、根元からその指を舐め上げてやる。美しい唯一の彼の手を蹂躙しているのだと思うと、自分の欲が満たされる幸福感と悦楽を感じた。
 呼吸が苦しくなり、惨めなほどに荒く、震えた息を吐く。それでも鬼柳の指から離れたくなくて、喉の奥から何かがこみ上げてくるのに耐えながら、彼の存在にしがみつく。
 幸福であるはずだった。けれど次第に、己が満たされないのだと訴えていることに気がつきはじめる。足りない、と切羽詰まった声で自分が言っているのがわかる。腰のあたりの疼きは、理性でどうこうできるものでは無くなっていた。
 名残惜しくも彼の手を離し、自分の体の位置を少し下げる。普段はベルトを巻いているが、寝るときは外しているので、彼のズボンを脱がすのは容易かった。
 彼の性器を外気に晒し、先ほどの指同様に、躊躇いなく口に含んだ。俺の全てを支配してしまうようなそれに途方もない息苦しさを感じるが、その苦痛すら喜びに感じる。俺は今、彼という存在に満たされているのだから。
 覚束ない指先で根元に触れながら、先の方を舌で吸い上げる。鬼柳は艶のある声を上げて身体をのけ反らせた。彼の指はきつくシーツを掴んでいる。嬉しくなって、緩慢な動きで彼自身を舐め上げた。口に含んで、ねっとりと舌を這わせれば、苦しくて涙が零れた。口の端からみっともなく唾液が漏れているのもわかる。けれど、それでも俺は鬼柳から離れたくなかった。



 ジャックやクロウと比べれば、まだ付き合う年数が少ないとはいえ、鬼柳のことはもうよくわかっている。戦術に悩んだとき額に手をやるのも、腹が立つと引きつったように笑うのも、照れると誤魔化すように動き回るのも、それから性格上、大人しくされるがまま、というのが嫌いであるということも。
 堅くなり起立した鬼柳自身を口から解放すると、それは粘着質な銀の糸を引いた。それを拭う余裕など既に俺にはなく、耐えかねたように、鬼柳の耳元へと身体を運んでいった。
 もう理性の限界だ。鬼柳に齧りつくように自分の身を預け、彼の耳の傍で囁く。

「……っ、挿れたい……」

すると鬼柳は、ふっと意地悪く笑って余裕たっぷりに俺を見上げた。彼の金の双眸が、犯すように俺を見つめている。
 最初から気がついていた。鬼柳が起きていることも、あえて受け身に回っていることも。熱に浮かされ、理性との葛藤に負けた俺を、彼がずっと傍観者という立場で見つめていたことも。
 だが、それでも俺は、鬼柳に愛されたかった。
 彼の手のひらが、ゆるりと俺の左頬に添えられる。彼の手に全てを預けたくなる。彼になぞられた部位が熱い。妖艶に揺れた太陽が、じっと俺を見つめていた。その瞳にすら、ひどく欲情する。
 それから彼の手は俺の後頭部へと回され、その腕が、力強く俺と彼の顔を近づけた。そして彼は、俺の耳元で、愛撫するように掠れた声で言うのだ。

「どっちを?」

挿れたいのか、挿れてほしいのか言ってごらん。俺の髪を撫でながら、そう言って彼は淫靡に笑う。きっと鬼柳は、十分すぎるほどに俺の望みを叶えてくれるのだろうと思った。



(君影のあずみんのところに、素敵な鬼柳さん視点verがあります。こちらからどうぞ!)
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