鬼柳には、お気に入りの人形がある。鬼柳はいつもそれを抱えていて、移動する際にも、人形をずるずると引きずっているのだ。傍からみれば、その光景は超現実的で不気味であった。
 鬼柳は人形を、愛おしいように、しかし時折、憎くてしょうがないというようにその視線で愛撫した。決して返事をしないその人形に語りかけては、鬼柳はひとり微笑むのだった。

「俺は絶対に、あいつを許さない……」

人形の耳元で彼は囁く。地を這うような声で、彼は呪詛を響かせた。この暗い冥府の底で、鬼柳は恨みを唄うのだ。

「あぁ、あいつのことだ。俺を裏切った、裏切り者……。その名前すら忌々しい!」

鬼柳にはかつて、親愛の情を向けた友人がいた。彼らは鬼柳の救世主であり、また希望のような存在でもあった。鬼柳はその輪に混ざることに、至上の幸福を覚えたのだった。
 しかし、彼らは鬼柳を拒絶した。彼が心底恐れた孤独の宵闇の中に、容赦なく鬼柳を叩きこんだのだ。ああ、これほどまでに、遠く輝く太陽を憎んだことがあっただろうか!
 そしてもっとも忌むべきは、偽善の面を被った友人であった。鬼柳は彼を信頼し、またその人格を敬愛していたというのに、鬼柳の信じたそれは偽りであった。そのときの絶望は、失意のうちに亡者となった鬼柳を、ダークシグナーとしてこの世に繋ぎとめた。

「何故、どうしてあいつは俺を裏切った!? 俺はあいつを信じていた! それに俺だって、俺は、あいつを助けたじゃねぇか! 何故って? あいつは俺の仲間だったからさ! けれどあいつは俺を裏切った! 仲間なのだという俺の言葉を、あいつは、あの穏やかな表情の下で嘲笑ってやがったんだ!!」

抱いていた人形を鬼柳は突き飛ばす。そして怒りに、否、泣きそうに顔を歪めながら、鬼柳はその人形を蹴り上げた。しかし、四肢を投げだした人形は、衝撃に身をよじらせるだけで、鬼柳の暴力を受け止め続ける。それが、鬼柳のなかの憎き友人を彷彿とさせて、ますますその手を強めるのだった。
 無表情がこちらを見上げている。その頬を、思い切り踏みつける。柔らかいような堅いような、不思議な感触がした。それにまた腹が立ち、何度もその足をふり下ろす。

「何故だ! どうして! どうしてあいつは……!! 俺は、好きだったのに……!!」

そう呟くと、鬼柳は力無く人形の横に腰をおろした。漆黒にそまった瞳に絶望だけを映して、そして薄く笑いながら、彼は人形を抱きよせる。自身が何度も殴打した人形を、愛おしいとばかりに抱き締める。

「あぁ、ごめんな……お前は悪くないな……。愛してる。俺はお前を愛してる」

なにも言わない人形。ただそこにあるだけで、肯定も否定もしない人形を彼は愛した。そして彼は、かつての友人へ、恨みと殺意を抱き続けるのだ。
 冷たい人形の頬を、鬼柳の指先がなぞる。恍惚とした表情のまま、憎くて憎くてたまらないのだと言葉をもらす。
あぁ、彼の憎んだ不動遊星は、今まさに、彼の腕のなかにいるというのに。
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