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 春と言えば、周りの環境が目まぐるしく変わる季節であり、三月と言えば、もっぱら別れの時期であった。そして例に漏れず、僕もまた、三月の初めの月曜日に、人生で三度目の卒業式を迎えた。
 高校の卒業式は、中学のそれと違って、退屈で無感動な通過儀礼でしかなかった。感受性の豊かな女の子たちですら、卒業証書片手に欠伸を漏らしていたくらいだ。もちろん、その子たちはその後、友人に別れを告げながら、たっぷりと涙を溢していたのだけど。
 卒業式を終えたあと、いつものメンバーで僕の家に集まる事になった。場所をカラオケや飲食店にしなかったのは、僕以外のみんなも、何か思うところがあったからなのだろう。卒業式よりもずっと前に、僕らに別れを告げて去っていった彼に対して。
 僕の部屋には既に彼のいた形跡はないし、僕の家に集ったところで、かつて様々な困難を共にした彼との時間を取り戻せるはずもなかった。だがそれでも、彼が生活していたこの部屋は、なんとなく、今彼が存在しているあの場所に一番近い気がするのだ。ここで卒業証書を振りかざせば、おめでとう、とそんな返事が返ってくるような気がした。


 お酒でも持ってくるのではないかと心配していたのだが、城之内くんと本田くんが持ってきたのは、古いタイプのテープレコーダーだった。いつの間に打ち合わせしたのか、御伽くんがカセットテープを、杏子がクッキーの缶を、獏良くんがコード付きのマイクを持って来ている。なんでも、コードをテープレコーダーに挿してマイクに声を入れると、それがカセットテープに録音されるらしい。卒業記念にメッセージテープを作ろうぜ!というのが城之内くんの提案だった。
 それは、城之内くんの突然の閃きから、トントン拍子で持ち上がった企画なのだそうだ。それにしても、ここまでみんなの足並みが揃うものなのだろうか。そこはやはり友人だと言うべきか。これが言うところの結束の力とやらなのだろう。
 そんな意気投合した友人たちと今日からバラバラになっていくのだと思うと、やはり寂しい。だがそれは出会った以上、仕方のない運命なのだ。むしろ、今日まで一緒に生活できた事を喜ぶべきだろう。
 僕は城之内くんの提案に二つ返事で賛成して、早速みんなを家の中に招き入れた。


 いざ言葉を残すとなると、何を言ったらいいのかわからなくなった。それはみんな同じなのか、テープは回っているのに、録音されるのは沈黙のみ。
 おい、誰か何か言えよ!と言う城之内くんに、お前が言えよ!と本田くんが突っ込みを入れた。ちょっと、もう録音されてるのよ!と杏子が言えば、まぁいいんじゃないかなぁ、と獏良くんが呑気に呟いて、御伽くんが、じゃあ順番をジャンケンで決めようよ、と一番賢い案を出す。そうすれば始まるのはジャンケン大会で、何十年後かにこれを聞く未来の自分、もしくはどこかの誰かさんは『段取りくらい決めとけよ』と呆れた風に思うかもしれない。だけど、それでいいと僕は思う。それがありのままで、いつもの僕らなのだから。それが果てしない未来まで残るだなんて、それは何と素敵な事なのだろう。
 なんとか順番が決まって、ようやく、その順番通りにそれぞれメッセージを吹き込んだ。それは未来の自分への言葉であり、そして今、新たな人生へ向け足を踏み出そうとしている自分への言葉だった。未来に向けた『頑張れ』は、頑張ろうとしている今の自分への言葉に違いない。
 最後に僕の順番が回ってきた。しかし、いざマイクに向かうと、用意していた言葉は全て吹き飛んだ。その時に気づいた。僕が未来に残したいのは、こんな言葉じゃないんだ。
 息を吸い、僕は静かに自分の物語を話し始めた。それは未来の自分に向けた言葉にも取れたし、過去の自分に向けた言葉にも取れた。そして、自分がまだ会った事のない、どこかの誰かさんへの言葉のようにも取れた。
 全てを語り終え、録音のスイッチを切ると、緊張に張り詰めていた空気が緩んで、はぁーと脱力したようなため息があちこちから聞こえた。余計な音声を入れまいと気を張っていたのは、皆同じだったのだろう。そして隣から囁くようにして、城之内くんが僕に問いかけた。なぁ遊戯、お前は誰に向けてメッセージを入れたんだ?だから僕はいつかのように、見えるんだけど見えないものだよ、と返事をした。城之内くんは釈然としない様子だったけど、それ以上はなにも聞かなかった。


 その後、卒業証書を受け取りさっさと帰ってしまった海馬くんの元へと足を運んだ。城之内くんは渋ったけど、彼だって、僕らの仲間には違いないのだから。もう既に消えてしまった彼と共に過酷な運命に立ち向かったのは、彼だって同じだ。
 卒業記念にメッセージテープを作っている。協力して欲しい。と海馬くんに頼むと、速攻で、くだらん、という返事が返ってきた。相変わらずの彼らしい返事だった。そんな海馬くんに城之内くんが反発してみせるのも、相変わらずの光景だ。
 犬のように吠えかかる城之内くんをなんとか宥め、杏子がインタビュー形式でマイクを突きつける。すると、案外素直に、海馬くんは話し始めた。それはやはり、職業柄、という事なのだろうか。そんな海馬くんの様子を見て、城之内くんと本田くんはクスクスと笑っていた。それはばっちりとテープに録音された様だったから、未来の海馬くんがこのテープを聞いたら、きっと激昂するだろうな、と思った。それもまた、このテープを開ける時の楽しみのひとつだ。


 カセットテープをクッキーの缶に入れ、僕らはそのテープを童実野埠頭近くの空き地に埋めた。彼がまだここにいた頃の思い出が、この場所には随分とあるから。
 掘り出すのは、一体いつの事になるのだろう。誰かがふとした時に、そういえばさ、と思い出さなければ、これはずっとこのままな気がする。けれど、それはそれでいいのかもしれない。


 そうして僕らは別れを告げ、それぞれの道を歩み始めた。僕と獏良くん、そして本田くんは進学して、杏子と御伽くんはアメリカに向かう。城之内くんは就職が決まっていて、海馬くんは本職に専念するだろう。
 僕らの道は違えていく。これから別の未来を築いていく。この物語はここで終わるけど、僕らの物語は、これから始まっていくのだと思う。


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 海が見える丘に、いつもアニキは寝そべって、時にいびきをかいて眠っていた。それは放課後だったり休日だったりしたのならいいのだけど、授業をサボタージュして眠り込んでしまうのが、アニキ、もとい、遊城十代という人だった。
 その日も、授業を抜け出し眠り込んでいるだろうアニキを、僕は探していた。もっとも、いる場所はわかっているので、探す、というのも何か変なのだけど。
 校舎を抜け、更にオシリスレッドのおんぼろ寮の先に、その丘はあった。大きな一本の木が木陰を作り、気持ち良く流れる草は、寝てみれば天然のベッドに等しくなる。
 確かに、こんな場所にはラーイエローやオベリスクブルーの生徒は来ないだろうし、オシリスレッドの生徒ですら、寮よりもこちら側にはめったに来ないから、サボるには絶好の場所なのだろうけど、秘密なんだと言うわりに、アニキが自分から、こんなに素敵な場所があるんだとみんなに言いふらすもんだから、既にそこは秘密でもなんでもなくなってしまっていた。場所が場所だけに、やっぱり来る人は少ないけど、アニキを探す人は、みんな真っ先にここに来る。そんな時、アニキはいつも、何でここがわかったんだ、と不満そうに言うから、たぶん、原因が自分にある事には気づいていないんだろう。
 普段であれば、アニキは木陰の下で、気持ち良さそうに目を閉じているはずだった。だが、今日に限ってその姿がない。不審に思って辺りを見回すけど、やっぱり、やけに赤の制服が似合うあの姿はどこにも見当たらなかった。アニキのサボりポイントはここ以外にもいくつか知っているけど、天気の良いこの日に、ここにいないのは珍しい。
 アニキー!と、口に手を当てて森の中に呼びかけてみる。いるとは思っていなかったけど、一応は念のためというやつだ。行動がいつも突拍子なく、予想が出来ないのがアニキだから、いる可能性は低くとも、決してゼロではない。
 何回か声を張り上げていると、おーい、翔ー!と、森とは反対方向から、暢気で明るい返事が帰ってきた。森とは反対、つまり、海岸の方だ。僕は崖の縁から、慎重に顔を突き出して、自分の瞳の中に、白い砂浜に浮かぶ赤い制服を着た、笑顔で手を振るアニキを映した。
 何をやってるっスか、と聞く前に、アニキの方から、ちょっと降りてこいよ!という言葉が投げかけられた。恐らく海岸には、アニキにとって、睡眠時間確保よりも大切なものがあるのだろう。だけど、それが一体何なのか、僕には皆目見当もつかない。気にはなるし、期待もする。けれど、嫌な予感もするのは一体何故だろう。
 アニキは笑顔で、何やってんだよ早く来いよ!と眉を潜めて躊躇している僕を呼ぶ。その言葉に押されて僕は立ち上がり、海岸に下る道へと足を向けた。アニキのあの笑顔に逆らえる人は、たぶん、いないだろう。


 アニキは、海岸の大きな岩に腰かけて僕を待っていた。その手には何故か、銀色で直方体の物体を抱えている。それは、そんなに大きなものではなく、よくお菓子などが入ってそうな手頃な大きさだった。たぶんそれが、アニキの興味を睡眠から引き離した犯人なんだろう。
 アニキはそれを翳したり叩いたりしながら、なぁ、これなんだと思う?と僕に問いかけた。叩いた時に硬質な音がしたから、たぶん缶だと思う。だから僕は素直に、缶っスね、と返事を返した。途端にアニキは、お前なぁ、と顔をしかめてみせる。そういう事じゃなくてさ、中身だよ、な、か、み。
 しばらくアニキは、その缶の外観を眺めていた。透視でもしたいのか、というほどそれを吟味し、目を細めてみる。僕が何も言えずにその様を見つめていると、アニキは不意に、ニヤリと頬を吊り上げ、そして僕の目をまじまじと見つめた。アニキの意志が掴めずに困惑していると、アニキはその缶を改めて自分の膝に置いた。
 よし、開けるぞ翔。言うやいなや、アニキは缶の蓋に手をかけて、思いきり力を込めた。その行動を見る限り、最初から僕の意見など求めてはなかったのだろう。アニキは好奇心にとても素直だ。
 僕が止める間もなく、蓋は徐々に開いていった。年代が経っているのか開きにくそうだが、それでも少しずつ隙間は開いていく。蓋を引っ張りながら、アニキは、うおー、だとか、ぬあー、といった奇声を飛ばしていた。
 ポン、と気味のいい音がして蓋が外れた。それはアニキの手からこぼれ落ち、カラン、と硬質な音をたてる。だが、外れてしまった蓋になど興味はなく、蓋を放置したまま、僕とアニキは缶の中を覗き込んだ。やはり昔のものらしく、缶の中にも錆が浮いている箇所がある。それが更に、蓋の滑りを悪くしていたに違いない。
 缶の中には、一本のカセットテープが入っていた。カセットテープは自然に残るものではない。誰かが残すものだ。それがこの中に入っているという事は、この缶もカセットテープも、人為的意図を持って保存されていたという事ではないだろうか。それを僕らは開封してしまったわけだ。
 もしかしてこれは、開けてはいけないものだったのではないか。そんな風に思っていると、何の躊躇いもなく、アニキは缶の中のカセットテープに手を伸ばした。ダメっスよアニキ!と声をかけてみても、何でだよ、ケチくさい事言うなよ、とアニキは取りつく島もない。そしてそのまま、アニキはカセットテープを取りだし、それを太陽の元に晒した。
 カセットテープ?と、自分で確認するようにアニキは呟いた。なんでこんなものが?と言いたげに、アニキの眉間にシワがよっている。
 インクが剥げていてよく読めないが、テープの蓋には名前らしきものが浮かんでいた。やはり、これは誰かが意図を持ってここに残したものだ。ならば、これは僕たちが開けるべきものではない。だがしかし、アニキは、よし、聞いてみるか、なんて事を言い始めた。何を考えてるんだこの人は。
 絶対にダメっス!そう言った声は案外大きくなってしまった。アニキは驚いて目を丸めるが、構わず僕は言葉を続ける。これは誰かがここに残したんス。だから僕らが開けちゃいけないんスよ!
 アニキは釈然としない様子だった。アニキとしてはこれが何なのか気になるのだろうし、カセットテープの中身も知りたいのだろう。だけど、僕らにそんな権限はないのだ。僕がそう言って聞かせると、アニキは渋々といった風に、カセットテープを缶に戻し、元のように蓋をする。これで、アニキが元の場所に戻してくれたら何も問題はないはずだ。
 一段落したところで、僕はもうすぐ実習の授業が始まる事を告げた。アニキは机に向かう授業は嫌いだけど、実習は好きだから、その言葉に、よっしゃあ!と瞳を輝かせてみせる。だが、すぐにアニキは、あ、と視線を落とし、自分が持っている缶に目を向けた。そして、先に行っててくれ、と僕に告げる。何故かと問えば、アニキは缶を元に戻してから来るのだと言った。
 まさか、僕がここを去ってからカセットテープをどうこうしようとしてるのではないか、と僕は疑った。それを察して、アニキは苦笑いしながらそれを否定する。アニキは何をしでかすからわからないから、こういう時信用できないのだ。まず、こうだと決めたら譲らない性分だし。
 アニキが、ほら、早く行けよ、遅れるぞ、と身も蓋もない事を言った。確かに、このままでは遅れてしまうのは間違いないけど。
 アニキはともかく、僕は実習の成績すら危うい。単位を落とすわけにもいかず、とりあえずは僕はアニキを信用する事にした。いいっスか、絶対元の場所に戻すんスよ!変な事しちゃダメっスよ!と念を押し、僕はアニキを残して、校舎を目指して走り出した。


 僕のすぐあとにアニキはやってきた。始業にはどちらも間に合ったので何も問題はない。缶については、アニキは何も言わなかった。
 それからその缶がどうなったのかを、僕は知らない。


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 仕事から帰ってくると、クロウ兄ちゃん、と早速ガキ共が集まってきた。ヘルメットを外し、どうしたんだ、と問えば、ガキの一人が、錆で悲惨な状態になった箱らしきものを俺につきだす。一瞬呆気に取られたが、俺はそれを受け取り、叩いたり振ったりしてみた。重くはない。ただ中身があるのかカランカランと音がする。
 どうしたんだ、これ、と問いかけると同時に一斉に話し出した子供たちの話を整理すると、ガキ共はこの缶を遊んでいた空き地で発見したらしい。中身が気になって持ち帰ってはみたものの、錆のせいで蓋はびくともしない。だからガキ共は、俺になんとかしてもらおうと、俺の帰りを待っていたわけだ。そのたどたどしい説明に、俺は笑うしかなかった。お前らなぁ、こういうのは俺よりも得意な奴が家にいるだろう。
 ガキ共に、なんとかできるか頼んでみる、と返事をすると、奴らは嬉しそうに歓声をあげた。一体何が楽しいのか。だが、その笑顔が俺は好きだ。


 家の中に入るとすぐ、パソコンのキーボードを叩く音が耳についた。それは既に、生活音よろしく、この家にこびりついた音だ。
 そちらに目を向けてみると、すぐに、パソコンに張り付く遊星が目に入った。その姿は、昨日と何一つ変わらない。
 俺に全く気づかずに複雑な電子回路とにらめっこする遊星にため息を溢し、俺はそんな遊星の背中に近づく。一度集中しだすとなかなかこちらの世界に帰ってこないのは、こいつの素晴らしい特技であり、致命的な欠点であると思う。
 わざと派手な音をたて、作業台の上に、ガキ共から預かった缶を置いた。中に入っている物も手伝って、ガチャンと、なかなかに騒々しい音が響く。と、同時に、驚いた様子など微塵も見せずに、遊星がこちらを振り返った。普段の生活では、遊星が感情を表情に出す事は滅多にない。それでも、最近は増えてきた方なんだが。
 なんだ、帰ってたのか、と遊星の口が最低限の動きだけして言葉を紡ぐ。いや、気づかないお前がおかしいんだよ、などと言いたい事はあったのだが、とりあえず今はそれを押し込んで、おう、と返事した後、頼みがあるんだけどよ、と作業台に置いた缶を指さした。この缶を開けてやってほしいんだ、と言えば、遊星は立ち上がり、こちらへと歩いてくる。
 缶を手に取り、遊星はそれを様々な角度から観察した。俺と同じように、それを振ってみたりして何か入ってるな、と独り言のように言う。そう、だからこの缶を開けてほしいんだ。
 遊星は、ちょっと待っていろ、と言って、ジャンクやら工具やらが詰まっている戸棚の方へ足を向けた。そこは、物ばかりが増えて片付けが追いついていないから、いつまで経ってもごちゃごちゃなままなスペースだ。たまにアキや龍可が片付けてくれるが、それを上回るペースで部品や工具は増えていく。
 そちらから戻ってきた遊星の手にあったのは、錆取り用のスプレーだった。遊星は缶を持ち上げると、蓋と底の接着面にノズルを当て、シュー、と一定のペースでスプレーを撒いていく。さすがと言うべきか、手つきは丁寧で、手慣れたものだ。
 一回りスプレーを撒き終わり、それから遊星は蓋を外す作業に入った。力を込めて蓋との間に隙間を空けたあと、そこにマイナスドライバーを捩じ込んで、梃子の原理によって、徐々に蓋を開けていく。左がある程度開いたら、今度は右から、といった風に、四方から開けていこうとしているようだ。
 作業を何度か繰り返し、ようやく、音をたてて蓋が落ちた。錆と錆が擦れ合う、ザリっという不快な音だ。そして俺たちは、二人揃ってその缶の中を覗いた。
 缶の中にも錆は広がっていて、そして、その錆の海に浮かぶようにして、何枚かのカードと、一本のカセットテープがあった。カセットテープなんて、俺は初めて見た。今はマイクロチップが流通していて、カセットテープはもうどこでも使われていないはずだ。それだけ昔に、この缶は埋められたという事だろう。
 俺がカードを手に取り、遊星がカセットテープを缶の中から拾い上げた。空になったその缶は、作業台へと戻される。
 カードは前時代のものであり、それを表すかのように、カードはボロボロだった。イラストは剥げかけているし、テキスト欄なんて読めやしない。きっと、ずっと昔に、この中に入れられたのだろう。未来のずっと先まで、このカードが残るように。
 遊星に、このカード欲しいか?と聞くと、欲しい、という返事が返ってきた。俺も欲しかったから、カードは二人で山分けする事にする。大分昔のものだから、既に誰かのものである可能性は低いだろう。何より、何十年も時を越えて俺たちの元へとやってきたのは、おそらく運命だったと思うんだ。そして、たぶん、遊星も同じ風に思ったんだろう。だから俺たちは、このカードを受け取ろうと思った。カードは、融合モンスターとその補助カードだったから、俺たちのデッキには入れられないけど、お守り代わりにでもなってくれるといい。
 一方で、俺は遊星が持っているカセットテープが気になっていた。見るのは初めてだが、使用用途はわかっている。この中には、何かが録音されているのだ。再生できるか、と遊星に聞くと、専用の機械が要る、とのこと。そして遊星は、俺が言葉を続ける前に、部屋の隅に蓄えてあるジャンクの山へと歩を進めた。作れるのか、と遊星に聞けば、返ってくるのは肯定の返事。明日までには作れる、と遊星は告げ、ジャンクたちを拾い上げては取捨選択をしていった。
 しかし、明日までには作れる、というのがどうも引っ掛かる。何故ならば、遊星は小さなものならば大抵、明日までには作ってしまうからだ。それも、睡眠も食事も疎かにして。まさか今回もそうなのだろうか。いや、そうに違いない。遊星はいつだってそうだ。
 無理する必要はないぜ遊星。頼むから無理はするなよ。夕飯はちゃんと食えよ。日付が変わる前に寝ろよ。その全ての言葉を、遊星は、あぁ、の一言で済ませた。たぶん、俺の言葉など通り抜けているのだろう。俺は遊星に頼んだ事を少しだけ後悔し、天を仰いだ。


 次の日。俺たちが住み家としているその家は、いつもより賑やかだった。昨日はいなかったジャックがソファを陣取り、学校帰りの双子、そしてアキが机の上で宿題を広げている。双子にアキが勉強を教えている様は、なんだか微笑ましい。
 出来たぞ、とそれまで工具を動かしていた遊星が、出来上がったそれを持ち、俺たちのところへとやってきた。そんな遊星を龍亜がからかって、おそよう遊星、と挨拶をすれば、もうそんな時間か、と遊星はかなりズレた返事をする。やっぱりこいつは寝ていない。
 今度は何を作った、とジャックがソファから言葉を投げかける。カセットプレイヤーだ、と遊星が返事をすれば、アキと龍可が、何でそんなものを?と言いたげに顔を見合わせた。そんな連中の相手は遊星に任せ、俺はガキ共を迎えに行く。カセットテープを最初に聞きたがっていたのは、ガキ共だ。


 作業台の上にプレイヤーを設置し、その周りを、ガキ共、俺、遊星、アキ、双子、そしてジャックで囲んだ。ジャックは興味ないと言わんばかりの態度だったのに、きちんと集まってくるあたり、やっぱり気になっていたんだろう。素直じゃないというか、気難しいというか。
 再生するぞ、と遊星が言えば、一言も聞き漏らさないと、皆が皆、しんと黙る。普段は煩いガキ共や龍亜も、この時ばかりは緊張した様子だった。
 そして遊星は、静かにプレイヤーの再生ボタンを押した。
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