※遊星とアキちゃんと龍亜で、ぼ/く/の/な/つ/や/す/み/2のパロディ




 夏の陽射しは、ギラギラと容赦なく肌を焼いて、その太陽熱を現すかのように、海も光を反射して、キラキラと輝いていた。少しずつ秋に近づいているとはいえ、その輝きは初夏のそれと、少しも見劣りしていない。ただちょっとだけ、初めの頃よりも、この夏は俺に優しくなったように感じた。
 最初は戸惑い、興奮したそれも、今ではすっかり見慣れた夏のシンボルになった。島に来て1ヶ月も経てば、それも当然のことかもしれない。
 俺がこの島の親戚の家に預けられて1ヶ月。夏休みも終わりを迎える。


***


いつものように遊星の家に遊びに行くと、そこにはアキ姉ちゃんの姿もあった。二人は平屋の遊星の家の縁側に腰かけて、目の前のでっかい海を眺めながら、ぽつぽつと言葉を交わしている。二人とも口数の多い方ではないし、表情にはちょっとぎこちないところがあるけど、二人の横顔は、なんだか幸せそうに見えた。
 アキ姉ちゃんと遊星の間には、何年もの間、大きな溝が存在していたらしい。だからついこの間まで、アキ姉ちゃんは遊星を避けてたし、遊星もアキ姉ちゃんと関わろうとしなかった。驚くことに、それは十年近く前から続いていたそうだ。俺からしてみれば、そこまで気まずい関係を続ける方が難しいと思うんだけど。

「幼なじみの家は岬の方にあるの。気まずいから、もう何年も行ってはいないわ。小学生以来、ずっと会っていないんじゃないかしら」

いつだったか、レコードを流して、夜空を見上げながらそう言ったアキ姉ちゃんの顔を思い出す。そんなに寂しそうな顔をするなら、早く仲直りすればいいのに、と俺は思った。

「けどね、龍亜、そんなに簡単な話ではないのよ」

アキ姉ちゃんに心を読まれ、俺は苦笑いして頭を掻いた。


 遊星とアキ姉ちゃんがこうなってしまった原因は、二人がまだ小さかった頃にあるらしい。その話は、遊星の方からしてくれた。
 二人が小学校に上がる前、二人はほぼ毎日一緒に遊んでいたらしい。遊星もアキ姉ちゃんも、それがずっと続くと思っていた。一緒に小学校に上がって、中学にも行って。だけど、それは違った。アキ姉ちゃんの方が、小学校に上がるのが一年早かったんだ。
 それは、当然の話だった。だってアキ姉ちゃんの方が一つ年上だから。でも、遊星もアキ姉ちゃんもそれを知らなかったんだ。つまり、幼い頃の遊星とアキ姉ちゃんは、ずっとお互いを同い年だと思って過ごしていたわけだ。
 それまでずっと一緒にいたアキ姉ちゃんは学校に通うようになって、遊星は一人になった。そしてそのまま、アキ姉ちゃんは学校の友達と遊ぶようになったんだそうだ。それは無理もない話だった。
 遊星は機械いじりに没頭して、アキ姉ちゃんのところへ遊びに行くのもやめてしまった。そのうち遊星も小学校に上がって、遊星もまた、学校の友達と遊ぶようになった。そしていつの間にか、二人は全く話せなくなってしまっていた。
 そういうものって、普通は時とともに解決するもんじゃないかと思ったけど、この二人は違ったみたい。お互いに口下手で不器用だから、ここまでずるずる引きずってしまったんだ。それはちょっと、もったいない気がする。
 お互いに嫌いになったわけじゃないんでしょ、きっと二人とも寂しかっただけだよ。仲直りしたら?そうだ、今からアキ姉ちゃんの家に行こうよ。遊星にそう言うと、遊星は目を丸めて、ひどく驚いたような顔をしていた。それから、俺から目を反らして、「もう、いいんだ」と一言呟いた。本当にそうなら、そこまで寂しそうに目を伏せる理由を俺に教えてほしかった。
 結局、その日の夜、俺は遊星を無理矢理連れ出して、アキ姉ちゃんの家に行った。二人には仲良くしてほしいと思ったし、アキ姉ちゃんも遊星もどんどん大人になっていくから、その前に仲直りしないと、絶対に後悔すると思った。


 庭先に立つ遊星を見た時、アキ姉ちゃんはすごく驚いた顔をして、それから今にも泣き出しそうなくらいに顔を歪めた。アキ姉ちゃんのそんな顔を、俺ははじめて見た。
 どうして、と口だけで言うアキ姉ちゃんの前で、遊星は困ったように視線を外した。きっと、何を言ったらいいのかわからないんだろう。二人が会うのは、十年ぶりくらいだろうから。
 どちらも何も言わなかった。何も言えないままに、夏の夜風が流れていく。海に響く波の音は何かを誘うようで、アキ姉ちゃんの部屋から漏れる落ち着いたクラシックの音楽が、少しだけ遠くに聞こえた。

「遊星……」

アキ姉ちゃんに呼ばれた途端、遊星ははっとして

「いきなりすまなかった。俺は帰る」

と、逃げるように踵を返した。
 庭の片隅で、はぁ、と俺はため息をつく。まったく、何しに来たんだか。

「待って、遊星」

部屋着のまま、アキ姉ちゃんは部屋から庭へと下りてきて、出ていこうとする遊星の背を追った。俺のことなんて、たぶん目に入っていない。アキ姉ちゃんも必死だったんだろう。
 庭から出てすぐのところで、遊星は足を止めた。アキ、とその唇が名前を呼ぶ。俺の前では、アキ姉ちゃんのことをずっと「十六夜」なんて呼んでいたけど、遊星は、本当はアキ姉ちゃんのことをそう呼んでいたんだろう。それこそ、ずっと昔から。

「遊星、今年受験でしょ?」

「……あぁ」

「勉強、教えてあげるわ。……明日から」

心なしか、アキ姉ちゃんは照れくさそうだった。遊星を見つめて、ふわりと優しく微笑む。
 今度は遊星が目を見開く番だった。それから遊星は口元をちょっとだけ持ち上げて、

「ありがとう」

と返事を返した。

「明日、あなたの家に遊びに行くわ」

「あぁ、待ってる」

「お父さんは元気?」

「相変わらずだな。今でも山小屋にこもったきりだ。またろくでもないことを考えてるんだろう」

どこか遠くを見つめながら、遊星は呆れたように言葉を紡いで、そんな姿に、アキ姉ちゃんは微笑ましそうに目を細めた。アキ姉ちゃんの笑顔は細やかなものだけど、その瞳は柔らかい。
 遊星は息を吐いて、それからふわりと、アキ姉ちゃんの方を振り返った。遊星もまた、アキ姉ちゃんに負けないくらい無表情なんだけど、でも不思議と、その時の遊星は微笑んでいるように見えた。
 空いた時間は長くても、二人はこんなに簡単に溝を埋められる。だったら、もっと早くに声をかけたらよかったのに。二人に足りなかったのは、きっかけと、言葉だけだったんだ。

「夜に突然すまなかった。じゃあ、俺は帰る」

気をつけて、と言うアキ姉ちゃんの返事を背中で聞きながら、遊星は一歩を踏み出した。海のさざ波のように、その歩調は定期的で、穏やかだ。
 しかし、少し歩いたところで、不意に遊星は足を止める。振り返った遊星は、何かをさがすかのように、じっとアキ姉ちゃんの瞳を見つめた。

「どうしたの?」

「アキと遊んでいた頃、別れ際に必ず言う言葉がなかったか」

「……思い出せないわ」

「そうか」

遊星もまた、おぼろ気な記憶だったんだろう。二人の会話はそれで途切れ、遊星の足は、再び自宅への道を辿った。そして、遊星を見送るアキ姉ちゃんを見つめながら、俺は一人で大きく頷いたのだった。
 その後アキ姉ちゃんに、お節介もほどほどにしなさい、と怒られたのは言うまでもない。もちろん、そのあとに感謝の言葉ももらったんだけど。


 あの夜から数日、冒頭に述べたように、今、アキ姉ちゃんは遊星の隣にいる。
 アキ姉ちゃんが海の向こうを指さして、遊星が違う方を示しながら何かを言う。二人の会話は、俺の場所からは聞こえない。昔の思い出でも語っているのかもしれないし、遊星のことだから、何かマニアックな話でもしてるのかもしれない。

「あら、龍亜」

アキ姉ちゃんが、歩いてくる俺に気づいて声をかけてくれた。だから俺はアキ姉ちゃんに手をふって、二人の元へと駆け寄った。
 ここのところ、アキ姉ちゃんは毎日遊星の家にいて、そこに遊びに行くのが俺の日課だった。
 一応、二人には、受験勉強という名目があるらしいけど、あまりはかどっているようには見えなかった。だからたぶん、俺がいても支障はないんだと思う。

「おはようアキ姉ちゃん。今日の勉強は?」

「ご覧の通り」

示されたのは、白紙のノート。それから、何故か遠くに転がった鉛筆だった。今日もまた、何もしないまま休憩時間を迎えたらしい。

「受験、大丈夫なの?遊星」

「理系には自信がある」

「確かに、理系は天才的ね。物理なんて、私より出来るんじゃないかしら」

「へぇ、すごいじゃん遊星!」

「そっち方面は、勉強よりも趣味として扱っているからな」

「まぁ、数学と理科だけじゃ、合格は厳しいでしょうけど」

アキ姉ちゃんの言うことはもっともだった。もっとも過ぎて、俺も遊星も何も言えなかった。
 遊星の家は、すぐ前がもう海で、風が潮の香りを誘って、それがそのまま、俺たちのもとに吹きつけていた。庭に干された洗濯物がぱたぱたと風に靡いている。
 それは夏の香りだった。初夏の太陽の陽射しも、磯の香りも、お盆のお線香の匂いも、夏の全てを包み込んで、俺たちの頬を撫でていく。だけどそれも、今となっては懐かしい匂い。この夏休みも明日で終わる。明日の朝には、俺は父さんや母さんのところに帰るし、アキ姉ちゃんも、学校の寮に戻ってしまう。

「そういえば」

風の中に髪の毛を遊ばせながら、遊星が言葉を切り出した。遊星は海を見つめたままだけど、声の調子で、それがアキ姉ちゃんに向けられたものだとわかった。だから俺は大人しく口を閉じることにする。

「この間、お前に会いに行ったとき、別れ際に言う言葉がなかったかと聞いただろう」

「えぇ」

「昨日、それをようやく思い出したんだ。……だが、特別な言葉でも、何でもなかった」

「聞かせて」

風が流れる。まだ幼かったアキ姉ちゃんと遊星にも、この風は流れただろうか。潮の香りは、俺たちに別れの季節を匂わせていく。
 遊星はずっと前だけ向いている。青い瞳に映すのは、同じ色の海か、それとも、空なんだろうか。
 遊星は息をついて、それからまた、静かに話し始めた。

「また明日」

「え?」

「お前は俺に、また明日と、必ずそう言って帰っていった。俺は、そう言われるのが一番嬉しかったんだ。また明日も、アキと遊べるんだ、と」

もしかしたら遊星は、海よりも空よりも、ずっと遠い場所を見つめてたのかもしれない。
 アキ姉ちゃんは静かに息を吐いて、それから項垂れるように頭を下げた。長い髪が、地面と顔に影を落とす。俺からは、アキ姉ちゃんがどんな顔をしているかなんて、わからなかった。

「……ごめんね、遊星」

「謝られるほうが辛い」

どっちにも悪気なんてなかったんだ。ただ二人とも、お互いが大好きで、そしてそれ故に、寂しかったんだと思う。
 海の上を、定期船が滑るように駆けていく。明日の朝には、俺も、アキ姉ちゃんも、あの船に乗っているはずだ。その時遊星は、何をしているんだろう。
 明日は31日。この夏も、明日で終わる。
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