※現代パロで、鬼柳先生とショタ遊星



 時間的な意味ではなく、肉体的な意味で、眠りたいのに眠れない、というのは本当に辛いんだな、と最近身に染みて思うようになった。頭がぼーっとして、目蓋は確かに重くなる。けれど、目を閉じても、体は眠ることを受け入れてくれない。ただただ、眠りに落ちそうで落ちない瀬戸際が、延々と続いていく。そして頭は、気づかぬうちに余計なことを考えていて、そんなことをしている間に、いつの間にか朝になっている。そんな生活が、ここ二週間近く続いていた。
 眠れないということは、決して、眠くならない、ということではない。本当にただ、眠れないだけだ。眠れないなら眠くなるまで起きてればいい、なんて言う奴もいるが、そう単純な話でもない。
 医者に診てもらった方がいいんじゃないか、的なことも言われて、そのときは、いやいやそんなマジな精神病じゃねぇよ、なんて言っていたが、実際のところ、案外これはマジなやつなのかもしれない。だがどうにも、医者にかかるのは気がひけた。
 布団に入っても、眠れないならば、心地よいはずの微睡みも苦痛なだけだ。仕方がないから、クラッカーをつまみに、一人で酒を煽ることにした。気を紛らわすためにテレビをつけて、ろくに興味もない深夜番組を見つめる。画面がちかちかするだけで、内容は全く頭に入ってきてないように思えた。
 まともには働かないクセに、俺の脳ミソは余計なことばかり考える。明日もまた苦痛なだけなんだろう、だとか、じゃあ俺は何のために生きているんだ、とか。考えたところで、答えはどこにも見つかりはしない。気づくのは、自分の罪深さと無意味さだけだ。そして、そんな日々を続けることが嫌になる。朝を迎えるのが怖くなる。そしてまた俺の体は、眠ることを拒絶する。生きている限り、その無限ループから逃げ出すことは出来ないのかもしれない。

「……きりゅう」

小さく名前を呼ばれ、缶ビールを片手に俺は後ろを振り返った。一人暮らしだった俺の部屋を揺らす、幼く、舌ったらずな声。リビングと廊下を繋ぐ扉の前には、くまの着ぐるみを着て、眠たそうに目を細めた遊星がいた。
 遊星は、ここ数日預かっている、近所のガキだった。大きな青い瞳と、整った顔に張りつけた、子どもらしからぬ無表情さが印象的なやつで、最初は、ロボットかなんじゃないかと疑うほどの無口だった。子ども特有の可愛らしさなんてまるで皆無で、とにかく、異様なまでの落ち着きっぷりが、なんだか不気味なやつだった。
 遊星の感情が欠落しているわけではない、と気づいたのは、本当に最近のことだ。欠落どころか遊星は、並の子ども以上の感性の豊かさと、ずば抜けた洞察力の鋭さで、俺の何十倍も多くのことを感じている。ただし遊星は、その感情を表現する術を知らなかった。
 遊星の親は両親とも優秀な技術者で、二人揃って家を空けることが多かった。今回俺が遊星を預かることになったのも、そのためだ。
 遊星は、親がいない間、いい子でいようでした。両親に迷惑をかけないように、ひたすらいい子になろうとした。寂しくても泣かないように。仕事が入って遊べなくなっても怒らないように。そんなことをしているうちに、遊星は泣くことも怒ることも、笑うことさえも忘れてしまった。それは、楽しい盛りの子どもには、なんて残酷な結末なんだろう。
 そんな話を、遊星の父である不動博士から聞かされたとき、俺と逆だな、とそう思った。俺は感情を表に出しすぎた。自分の中で暴れる名も知らぬ感情を制御することも出来ず、ただ自分の欲望のままに吐き出した。周りの人間を傷つけることに快感を感じ、そして、気づいたときには俺は一人になっていた。後悔したときには、俺の手の中には何一つ残ってなどいなかった。
 今までの自分が間違いだったことを思い知らされ、それと同時に、これからどうやって生きていけばいいのかわからなくなった。感情を表に出すのが怖くなった。自分が傷つけてしまうこと、傷つけられてしまうことを、極端に恐れた。ただひたすらに、生きることが怖くなった。

「……どうした、遊星」

声をかけてやると、遊星はぺたぺたとこっちへ歩いてきて、黙って、ソファに座る俺の隣に腰かけた。ごしごしと目を擦ったあと、澄んだ青の瞳は、じっと俺を見上げる。

「ねむれないんだ」

「嘘つけ」

重たそうな目蓋を携えて、一体何を言うんだろうか。ぼさぼさの髪の上から頭をつかんでぐりぐりと回してやると、やめろきりゅう、と反抗の言葉が帰ってきた。舌ったらずながらも強気な物言いが、なんだか微笑ましい。
 少しからかったあと、遊星の頭から手を離してやる。すると遊星は、くたりと、俺の方に寄りかさってきた。眠たいところに脳を揺らされて、頭がフラフラしたのかもしれない。

「ほら、やっぱり眠いんじゃねぇか」

「ねむくない……」

「いいから、ガキはさっさと寝ろ」

「いやだ」

普段は聞き分けがいいくせに、時たま、遊星は強情だ。寄りかかり、何度も瞬きを繰り返す遊星を持ち上げると、そのまま俺は遊星を膝に乗せた。
 首の後ろに垂れ下がったフードを被せる。顔を覗きこんでみると、可愛らしいくまの顔と、不機嫌そうな遊星の顔がアンバランスで、その不似合いさがおかしかった。

「で、なんで寝たくないんだ、遊星」

「ちがう。ねむくない」

「そりゃあもうわかったって」

時刻はもう一時を回っている。規則正しい生活をしているガキが、眠たくないはずがない。事実、遊星はこくりこくりと船を漕いでいた。
 遊星の腹に回した手で、寝つかせるようにポンポンと叩いてやる。すると遊星は、嫌がるようにそれから逃れ、体を反転させて俺に抱きついてきた。驚いて、思わずあやしていた手を止める。遊星が甘えてくるだなんて珍しい。

「どうしたんだ、遊星」

遊星は、俺の胸板に顔を押しつけ、言った。

「きりゅうがねるまで、ねたくない」

強烈な睡魔と戦いながら、遊星は起きていようと、必死に俺にしがみついた。
 遊星は、俺がずっと眠れていないことを知っていたのかもしれない。人一倍、他人に敏感な遊星だ。ありえない話じゃない。
 俺の服に顔を擦り付けながら、遊星は更に、何も言えない俺に続けた。

「きりゅうはズルい」

「……何がだ」

「自分はねないくせに、オレにねろと言う。自分だってわらえないくせに、オレにわらえと言う」

きりゅうは、ズルい。もう一度そう言った幼い声は、今にも、眠りの渦に消えていきそうだった。
 純粋な子どもには、大抵の人間は敵わないのかもしれない。気持ちが言葉にならず、俺は何も言えずに、遊星を抱きしめた。子どもの体温は温かい。首筋に顔を埋めて息を吸うと、子ども独特の、太陽の匂いがした。

「だから、きりゅう」

「あぁ、もう、わかった」

もう一度、あやすように遊星の背を叩いた。ポン、ポンと優しい振動を与えてやる。今度は遊星は嫌がらずに、大人しく目を閉じた。
 抱いているだけなのに、何故こんなにも落ち着くんだろうか。生きる意味を問いかけて、そんなものはないと現実を叩きつける脳は、今は黙って、俺の中で眠りに落ちようとしている。
 遊星は柔らかくて、温かかった。まるで湯たんぽのようだと思った。体だけではなくて、冷えきってガチガチになった心まで、ほぐしてくれているような。
 生きるのは怖いと思う。けれど、遊星のためならば、俺は明日も起きれるような気がした。

「一緒に寝よう、遊星」

小さな子どもの鼓動を抱きながら、俺は静かに目蓋を落とした。あぁ今日は、久しぶりにぐっすりと眠れそうだ。



「君かげろう彼方」の蜂矢氏から頂いた絵で妄想が爆発しました。ありがとう!
二週間以上続く不眠は鬱のサインらしいですよ鬼柳先生

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