※鬼柳さんがショタ


 目覚めの最悪な日々が続いていた。毎朝毎朝、悪夢にうなされて目を覚ます。視界に現実を映すと同時に、それが夢であったことに気づけるのだが、また、全てが夢でなかったことにも気づいて、自分という罪の存在を、改めて実感するのだった。
 夢は二つあった。ゼロリバースによりシティが崩壊する夢と、腕の中で、親友が砂になり零れ落ちる夢。最近、俺の悩みのタネになっているのは、もっぱら後者の方で、朝を迎える度に、凄まじいまでの後悔と息苦しさに襲われた。
 それは俺の夢なのだが、現実、確かに親友は砂となってこの世界から姿を消した。やっとわかり合えたとそう思ったのに、その刹那、アイツは小さな粒子となり、俺に別れを告げた。
 胸の奥を抉るようなこの痛みは、虚構でも、まして夢なんかでもない。アイツがいないのは現実で、この苦しみも現実のものだ。悪夢は俺にそれを突きつける。俺は、それが苦痛でならなかった。
 気をまぎらわそうとパソコンに向かうが、気づくと、俺の指はキーを叩くのを止めている。そして、あのときああしていれば、と今更どうにもならないことを一人で思い、最後、俺の心は後悔の渦の底に叩きつけられる。自分が傷つくだけだとわかっているのに、そう考えることはやめられなかった。
 小さく親友の名を呼んでみる。自分以外が存在しないこの部屋からは、何の返事も返ってこなかった。

「遊星」

名前を呼ばれて、少しばかり肩が跳ねた。しかしすぐに、それがアイツのものではなく、クロウのものであると気づく。振り返ってみると、クロウがちょうど、ドアを開けてこちらに歩いてくるところだった。

「……どうした、クロウ」

普段は明るいやつであるのに、今、クロウの表情は堅い。それを指摘して問うと、クロウは当に、困っている、といった表情をした。

「それが、俺にもよくわかんねぇんだけどよ」

クロウの歯切れが悪い。落ちた視線を拾い、たどってみると、俺の目線は、クロウの後ろにいる子どもにたどり着いた。クロウが子どもを連れているのは珍しいことではない。だが何故か、俺はその子どもがとても気になった。

「とりあえず、遊星に紹介がしたかったんだ」

ほら、とクロウが後ろにいる子どもの背を叩く。そいつは少し乱暴に文句を吐いて、それから俺に、強い輝きをもった金の瞳を向けた。
 幼い瞳に射ぬかれて、俺は息が出来なくなった。はっと息を飲んだきり、それから何も出来なくなる。思考も完全に止まった。
 俺は、この強い金の瞳を知っている。真っ直ぐに前だけを見据え、臆することなく輝くこの瞳の所有者を知っている。
 そんな様子に気がついたのか、子どもは怪訝そうに眉を潜めた。俺を暫く凝視して、それから、隣に立つクロウを見上げる。

「クロウ兄ちゃん、オレまだ遊びたい」

「その前に自己紹介しろって」

「んだよー、オレばっかり!そんなんじゃ満足出来ねぇだろ!」

不満気に頬を膨らませたその子どもは、俺やクロウにとって、ひどく馴染みのある言葉を吐き出して、その懐かしさに、思わず自分の顔が歪んだのがわかった。同時に、こちらを向いたクロウと目が合う。クロウは、なんとも形容し難い、複雑な表情をしていた。

「……信じられねぇ」

「だが、これで確信した」

子どもの前に膝をついて、その子と真っ直ぐに目線を合わせる。きょとんとした子どもの肩に、俺は優しく手を乗せた。

「お前の名前を教えてくれ」

「オレの名前?」

不思議そうに呟いたあと、意味を理解したらしく、子どもはニッと無邪気に笑って言った。見覚えのある、明るい笑顔だった

「きりゅうきょうすけ!」

あぁ、やはり。胸の奥がずきりと疼く。信じられない。けれど、ここには確かにアイツがいる。
 自身の中に混在するこの感情が、喜びなのか、悲しみなのか、わからない。もしかしたら、どちらでもないのかも知れない。俺がそれを知る由はなかった。
 何か込み上げてくるものがあって、しかし、それを表に出そうとしたとき、笑ったらいいのか、泣いたらいいのか、わからなくなった。自分の表情は自分ではわからないが、泣き笑いとは、こんな顔を言うのかもしれない。表情筋が、不自然に歪むのを感じた。

「そうか、鬼柳か……」

目の前の子どもが、たまらなく愛しくなって、思わず、俺はその子を抱きしめた。この世界につなぎ止めるように、ぎゅっと背中に腕を回す。腕の中のその子どもは、あのときのように消えはしない。
 その子は俺の腕の中で、ただじっとしていた。驚かせたのかもしれないと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。子どもは静かに俺の腕を掴んで、俺の方に体を預けてきた。小さな手から温もりが伝わる。この子どもの体温、呼吸、仕草、それら全てを俺は悲しいくらいによく知っている。
 しばらくそうしたのち、俺は手に少し力を入れて、その子の体温を手放した。そして、正面にいる子どもの目をじっと見据える。子どもの、アイツよりも少し丸みを帯びた目が、ふわりと細くなった。

「満足したか?」

「……あぁ、満足した」

頭を撫でてやると、子どもは嬉しそうな、それこそ、満足したような顔をした。アイツがまた、無垢な顔で笑えることを、俺は嬉しく思う。

「なぁ、お前の名前は?」

自分が名乗っていないことに、俺はそのときはじめて気がついた。どれだけ焦っていたのだろうと、自分の混乱ぶりに自嘲が溢れる。
 俺はもう一度、子どもと視線を合致させた。

「ゆうせい。言えるか?」

「ゆーせい?」

「そう、不動遊星だ」

「ゆーせいか!オレはきりゅうだ、よろしくな!」

『遊星か!俺は鬼柳だ、よろしくな!』そう言ったアイツの顔を思い出す。記憶の中のアイツは、笑顔で俺に手を差し出して、目の前の子どももまた、柔らかな手のひらを、俺の前に差し出した。
 小さな手をしっかりと握る。今度は決して放さない。憎しみの檻のなかに、お前を閉じ込めたりしない。

「あぁ。よろしくな、鬼柳」

いつかと同じ言葉を、俺はもう一度アイツに向けた。
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