鬼柳というのはつくづく不思議な男で、遊星にも理解できない節が数多くあった。例えば、デュエルにも服装にも口癖にも現れるその独特のセンスだとか。例えば、随分と偏った趣向の選り好みだとか。彼の名誉のために言っておくと、別に彼を貶しているわけではない。彼のそんな強い個性を含めて、遊星は彼を慕っていた。
 しかし先述したように、やはり強い個性の中には、理解できない側面も含まれていて。そんな状況に今まさに直面している遊星は、どうしたものかと、ドライバーを回しながら、既にフル稼働しているその頭を更に捻っていた。ポーカーフェイスなため表情にこそ出ないけれど、彼がこの状況に困惑しているのは明白だった。

「鬼柳……」

「んー?」

返事は、さほど間をおかず、彼のすぐ後ろから返ってきた。まるで、何で話しかけられたのかわからない、といった風で、こんな時、遊星は呆れるほどに、鬼柳との感覚のズレを感じるのだった。
 鬼柳は、椅子に腰かけてデュエルディスクを修理している遊星のすぐ背後に立っていた。それだけなら遊星も何とも思わないのだが、彼の疑問を掠めとっていくのは、先ほどから不可解な動きをしている、鬼柳の指先である。
 鬼柳の左手は遊星の肩に置かれ、もう片方の手の指先は、何故か遊星の首筋を撫でていた。何か刺激を与えるでもなく、白い指の腹は、ただ滑るように首筋を往来する。その感覚に嫌悪感が湧くわけではなく、これといって快感があるわけでもないが、しかしその、意図の掴めぬ気持ち悪さに、遊星はすっかり辟易してしまっていた。

「さっきから、何をしているんだ」

 細い指先が遊星の肌を撫で、時に、触れるか触れないかの瀬戸際で鬼柳の爪が優しく肌を掻いてゆく。それで何が見つかるわけでもなく、時折遊星にむず痒さを与えるだけのそれを、鬼柳は延々繰り返していた。

「気にすんな」

うなじの辺りで、鬼柳はくるくると指を回し、円を描くように首筋を撫でる。はぁ、ともあぁ、とも取れる吐息を溢して、遊星は再び、デュエルディスクの方に専念することにした。いくら遊星が考えたところで、鬼柳の返事がそれでは、答えにたどり着けそうもない。詰問するのも遊星の性分ではなくて、彼は大人しく、鬼柳のされるがままであることを選択した。
 男のうなじを弄んで、一体何が楽しいのだろうか。時おり沸き立つ不快とも快感ともつかない感覚に、軽く遊星が肩を跳ねさせれば、背後の鬼柳は満足そうに笑った。本当に、鬼柳というのは不思議な男である。そんな鬼柳を咎めるように振り返れば、彼はまた、本当にお前は可愛いなぁ、などと、悪趣味なことを呟くのだった。
 鬼柳の指は、まるで遊星の首筋を舐めるかのようだった。下から上へゆっくりと指を滑らせ、また、上から下へ、何かを教え込むかのようにつぅ、と指先がまどろっこしいまでの感覚を与えていく。

「集中出来ないんだが……」

「だったらやめちまえって」

「そういうわけにもいかないだろう」

そもそも、集中出来ないのは鬼柳のせいなのに。それに、ディスクの修理が遅れれば、チーム全体が困るのだ。そんなリーダーらしからぬ無責任な発言も、鬼柳らしいと言えば鬼柳らしいのだが。
 集中力が切れ始め、遊星の手先の動きは鈍くなる。気にしないことを意識すると、更に気になってしまうこのジレンマは、一体どうしたら良いのだろう。規則正しく聞こえていた機械音はいつしか消え失せ、とうとう遊星は、握っていたドライバーから手を放した。細いそれが机を転がって、こつりと、散乱した部品たちと衝突する。それを小耳にはさんだ後、遊星はくたりと机の上に体を倒した。それは意識せぬうちに、鬼柳に首筋を差し出す結果になってしまったのだけど。

「どうした?」

「……もう、好きにしてくれ」

半ば投げやりにそう言うと、じゃあ遠慮なく、といった風に、鬼柳は遊星の首筋を撫でた。
 鬼柳の指先は優しい。定期的にリズムを与えるそれは、まるで母親が睡眠を促すリズムのようだ。遊星自身はそれを知らないが、間もない間でも、母親の愛情を受けた彼の体は、確かにその愛撫を覚えている。
 他人からの刺激を受けて火照ったその一部に、冷たい鬼柳の指先が触れる度、少しずつ遊星自身の意識が持っていかれているような気がした。最初は微かだったそれも、今ははっきりと、感覚として自覚している。首筋が熱い。たまらないほど、鬼柳の指先を感じる。それを快感と理解するのに、そう時間はかからなかった。
 心地よい愛撫だった。まるで、打ち寄せるさざ波のように。命を刻む心臓の鼓動のように。母親から受ける愛情のように。その安堵するような快感は睡魔となって遊星を襲い、彼は自分の意識がどんどん体から離れ、次第にぼやけていくのを感じた。
 鬼柳から受ける熱を感じながら、遊星は目蓋を密かに閉じた。落ちる意識を拾い上げぬまま、彼はその微睡みと安堵の中に身を投じる。
 鬼柳が遊星が寝入っているのに気がついたのは、彼が意識を手放してしばらくした後。小さく開いた口元から、静かな寝息が聞こえてきた頃だった。


***


「ったく!お前はいつもいつも!何回言わせたら気が済むんだ!」

遊星に向かって、クロウが口煩く怒鳴っていた。対象となっている遊星は、涼しい顔をしたまま、今日もまたジャンクを弄っている。そんな様子を鬼柳は眺め、いつものことだと、ジャックは自身のカード整理に徹していた。
 色とりどりの配線を、あれでもないこれでもないと選別しながらも、遊星が顔を上げることはない。しかし、顔に落ちた影よりもさらに色濃く残る隈は、それでもなお、異様な存在感を発揮していた。

「一回の徹夜ならまぁ許そう。けどなぁ!二回目以降は話は別だ!睡眠も食事もろくに取らないで、いつか本気でぶっ倒れるぞ!」

「食事ならとった」

「栄養ドリンクは食事とは言わねぇ!」

叩き割りそうな勢いで、クロウが遊星に怒声を浴びせる。それは、ここのところ徹夜続きの友人を案じての声だったのだが、その心遣いが彼に届いているのかどうかというのは、微妙なところだった。
 クロウの必死さと、遊星の頑固さに笑いながら、鬼柳は席を立ち、彼らの元へと歩み寄った。ギャンギャン吠えるクロウの肩を叩いて制し、しーっ、と指を立てながら、鬼柳はそっと遊星の首筋に指を這わせる。びくんっと遊星の肩が跳ねて、それからすぐに青の瞳が振り返り、恨みがましくこちらを見上げた。

「……っ、やめろ、鬼柳……!」

「嘘つけよ。お前ここ好きだろうが」

遊星をあしらって、鬼柳は彼の肌を撫でる。やめろと言いつつも彼が逃げないのは、事実、こうされることが、彼は嫌いではないからだ。
 猫が顎の下を撫でられているような、そんな気分なのだと言う。気持ちよくて、心地よくて、そしてとても眠くなる。以前遊星は、寝入ってしまったことに対して、そう弁解していた。
 鬼柳がゆっくりと遊星の首筋に触れてやると、遊星は気持ち良さそうに目を細めて、それからこくりこくりと船を漕ぎ始めた。徹夜続きのためか、今日は特に眠りに落ちるのが早い。襲い来る睡魔に耐えようと、遊星の目が瞬きを繰り返すが、しかし数分もしないうちに、諦めたかのように、彼の目は閉じられた。
 遊星が眠ったのを確認すると、鬼柳は遊星を撫でるのをやめた。鬼柳本人からしてみても、何故この行為が彼の睡眠欲を掻き立てるのか謎であるが、それでも、このように役立っているのなら、それに越したことはないと思う。そしてタイミングを見計らっていたように、クロウが遊星の背中にタオルケットをかけた。

「やっと寝たか。ありがとな、鬼柳」

「礼を言われるのも変な話だけどな」

「確かにな」

クロウが笑い、そしてまた鬼柳も笑う。しかし、鬼柳の笑顔は急に陰り、どうしたんだとクロウが問えば、鬼柳は残念そうに、ぐっすりと眠る遊星を見つめた。

「けどよ、別に、遊星を寝かしつけるつもりで首筋撫でてたわけじゃねぇんだよなぁ」

「あぁ?じゃあ何のために遊星の首をずっと弄ってたんだよ」

「開発してやろうと思って」

「開発?何を?」

「何って、性感体を」

殊更当然に鬼柳がそう言うので、クロウの反応は一瞬遅れた。しかし、彼の言葉を何とか理解し、そしてその鳥肌が立つような意味を飲み込むと、一刻も早く遊星から彼を遠ざけようと、無言で彼を突き飛ばした。危機を察知したのはクロウだけでなく、少し離れた場所から、ジャックまでもが威嚇するような、しかしいくらか引いたような視線を投げて寄越す。そんな彼らに気がついて、鬼柳が

「本気にすんなって!冗談だよ冗談!」

などと叫んだが、至極残念そうな先ほどの彼の言葉が冗談に聞こえた者など、誰一人としていなかった。

「鬼柳、金輪際遊星に近づくな」

「だから冗談だっつうの!」

「冗談に聞こえねぇんだよ!てめぇの場合!」

部屋の片隅で小さな乱闘が起こるなか、ただ一人、密やかに息を吐き出す遊星だけが、平和と安息に包まれていた。
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