たらふく | ナノ





ソイツとの出会いは必然的でした。


週に一度だけやってくるソイツは私にとって必要不可欠で……というかソイツが持ってくるお米たちが必要不可欠で。あつーい言葉とか空気とかは全力スルーして生温く関係を保っている(仕方なく)。




「ロンさん、何でもいいですから荷物持ってきてください」

「そんな焦らなくてもいいじゃないか!俺の愛をしっかり――ヒッ!」

「ナイフ投げちゃダメです!」

「何かムカついた」

「わかりますけども……ってあなたもその真剣直してください!」

「存在がいらつくぜぇ……」

「それもわかりますけども!」

「ねえ愛理。ちょっとひどくない?」



ロンさんのすぐ横をヒュンッと飛んでいったナイフに私までもが顔を青くする。あの人がいないとお米とかどうやって調達すりゃいいの!一応店長だけどまだ16歳ですから!流通とか通販とかよくわかんねーんですよ!
今にも飛びかかりそうなスクアーロも何とか宥めて、はあ〜と息を吐く。朝から……疲れる……。

ちなみにロンさんの命より食材の調達の方が心配なのかよとかいうツッコミは受け付けません。



「……ていうかこいつらは一体何なんだ?まだ開店前だろう?」

「(余計なことを)」

「王子に開店前とか通用しねーから」

「そういうことだあ」

「俺と愛理の二人っきりの時間を!今日こそは愛理といちゃいちゃあんなこ…」



――――バンッ!



「余計なこと言ってないでさっさと荷物持ってきてください!(そしてさっさと帰れ)」

「ご、ごめんって!そんなに怒らないでマイハニー!」



まだ言うか。ちょこちょこふざけるロンさんに三人の睨みが一気に集まる。
額に汗を浮かべたロンさんはやっとヤバイってことがわかったのか、「うっ、裏口に置いときます!」と店を出ていった。


「……王子ちょっと、」


ロンさんを追うように、ベルも店から出ていく。……ロンさん、頑張って逃げてくださいね。オシャレナイフから。

しばらくしてロンさんの悲鳴が何度も聞こえてきたことはスクアーロと共に全力スルーいたしました。これを機にウザさが減少すればいいと思う。ベルに感謝。


「そういやさっき言いかけてたのは何だあ?」

「ん?あ、ああ、あれはですね。ここの傷のことです」


言いながら自分の頬を指差す。彼のそこには浅い切傷が出来ていた。血が固まってて、手当した後もなければ本人も気づいてなさそうだった。ベルは知ってただろうけど、こんな小さな傷のことはいちいち教えたりしないんだろう。
暗殺部隊でいつも命をかけて戦っている彼らは怪我なんて日常茶飯事。だからこんな浅い切傷はきっと傷のうちにも入らない。

でも、痛い。切ったら痛い。私も定食屋として料理するようになってから指なんて数えきれないくらい切った。お母さんの手伝いって言っても炒めたり混ぜたり、そんなんばっかしてたから。包丁で何かを切ることに慣れてなかったんです。女子力ねーなとか思った人とりあえず表に出ましょうか。


「ちょっとジッとしててください」

「そんなん放っときゃ…」

「治りますけど、見つけたから手当しときます。って言っても消毒して絆創膏貼るだけですけどね」


自分の指にしていたように、スクアーロの頬にもしてやる。きっと我慢出来る痛さだろうし、もしかしたら痛い、なんて感じてないかもしれない。自分の手首を切り落とした彼に、このくらいの傷。

でも、ここにいるときぐらい、一般人の感覚に戻ればいいと思う。外でもアジトでも血気盛んでいつも神経研ぎ澄ませて。それが当たり前、それが仕事だと言ってしまえばそれまでだけど。


「……ここで気抜いたって、誰も怒りません」


呟くように言ったその言葉はたぶん聞こえていたけどスクアーロは何にも言わなかった。じっとりした空気が怖くて私もスクアーロの顔は見れず、どんなかおしてどんな気持ちだったのかは今になっては一生わからない。
でも小声で「Grazie」と言ってくれたから気を悪くはしてないんだろうと思う。彼はそのまま無言で席を立ち、店から出ていった。長い髪をなびかせたあの後ろ姿を、私は最後まで見届ける。お元気で!そしてご飯はアジトで!


「しししっ、アイツなかなか運動神経いいじゃん」

「ロンさんですか?」

「心配すんなよ殺してねーから」

「はい、わかってますよ」


スクアーロと入れ代わるように戻ってきたベルはのんきな顔をして、また笑った。
殺すなら最初の一発目で殺してるもんね。わざとナイフを外すなんて、本気ならきっとしない。その辺、情けなんてないだろうからこの人は。


「あれ、スクアーロ帰った?」

「はい」

「へー。んじゃ王子もそろそろ帰ろ。……ゴチソーサマ」


店から出る際に、ボソリと言われたその言葉にちょっとびっくりした。どこか片言だったけれど、十分に気持ちは伝わった。嬉しくて「どういたしまして」と返せば、また独特の笑い声が小さく聞こえてきたのだった。


――良かった!私生きてる、生きてるよ!



暗殺者来たのに無傷だ!やっぱりアレだよね、日頃の行いがいいから!
パタンと閉じたドアに緊張が一気に解れて自然にガッツポーズをとる。誰もいないことをいいことに一人で騒ぎ倒した。ハッハッハ!暗殺部隊案外ちょろいんじゃね?!なーんて……


「……何してんの?」

「うわっ!!び、びっくり、した……な、何か!?」


帰ったと思ってたのにドアのところにベルが立っててこちらを不審そうに見ていた。やめてそのきったないゴミを見てしまったみたいな反応。何で戻ってきたんだ。フライパン持って踊ってた自分が恥ずかし。
ちょっと、そんなに見ないでいただけますか!


「お前ってスシ作れんの?」

「お寿司ですか……お酢ありますし出来ないことはないですけど……」

「……ふーん、あっそ」

「あ…………」

「んじゃまたなー」


ニンマリと最後に笑顔を見せたベルに自分が大失態をおかしたことにやっと気づく。


ベルってお寿司、好きだった。


うどんが入っていた、今は空っぽのどんぶりを呆然と眺めて、ゴクリと息をのんだ。そんな、そんな「またなー」なんて。あなたはお金たっぷり持ってるんだし、それに仮にも王族なんですから。こんな小さな定食屋なんて合わないですよ。


だからお願いします。また来るよーみたいな雰囲気出さないでもらっていいですか。

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