裏庭からは楽しそうな笑い声。なんか声の種類増えてない?気のせいだよねーーって今はそれどころじゃない。
不機嫌なベル。これどうやって機嫌とれば生存できますか。
「あーー……シロクマのフォークいります?」
「カッチーン。お前完全に王子のことなめてんな、わかった了解殺してやるよ」
「ままままままってギャアアアアアア!!」
馬鹿!私の大馬鹿野郎!!なんでここでフォークなの!!でもだって初めて会った日はこのシロクマのフォークで機嫌とれたから……!
叫ぶ私をよそに、ベルは遠慮なく私との距離を詰め頬にナイフを添える……添える?!添えられてるぅううう?!?!待ってこれ史上最高にやばいよ!!
「す、すみまへん」
「あ?」
「……ゆ、ゆるひてくださひ」
オシャレナイフの存在がデカすぎてうまく口元が動かせない。入れ歯つけ忘れたおばあさんみたいな話し方になってて、私ってまだ16歳だよねとまた自分を疑った。せっかく桔梗さんのおかげで若さを全身で感じられていたのに。どうしてくれるんだよ。
小さな不満を隠して謝るけど相変わらずベルはナイフを離してくれない。
何か……何かないのかこの状況を打破する何かが!!
ーーん?ちょっと待って。
そういえば
「そ、そういえばっ……ギャアアアアア!!」
「やっ……べ、いきなり動くなっつーの!」
ちょっとすごく大事なことを思い出してベルから少し逸らしていた顔を正面に向ければサクリと頬が切れた。切れ味良過ぎかアア!!幸い傷はベルの輝く反射神経のおかげもあって深くはなくそこまで痛くもない。まだ料理に慣れていなかった時に包丁で切った手の方が痛かった。誰だ女子力低いって言ったの。
そして目の前の王子は先ほどとは打って変わって焦ったようにナイフを手から落とし、私から二歩くらい後ずさった。なんだよ!お前私のこと殺そうとしたんだろ!
ーー生きてて……っ、
よかった……!
「あっあのこの前、」
「いいから手当てしろよ!」
「……いえこのくらいなら平気ですから!」
「俺が悪いことした気分になるだろーが!」
「エッ!?エッ、エーーッ!?!」
ちょ、この人ほんとにベルフェゴール?!ベルに憧れたソックリさんとかそんなんじゃなくて?!なに?!悪いことした気分?!そんな気分になること、あんの?!?!
さっきためらいなく死角からナイフ投げてきたやつが?!
「べ、ベルさ、」
「なんか二人とも付き合いたてのカップルみたいだよ」
「「なっ!」」
突如第三者の落ち着いた声が私たちの空気をサクッと一刀両断。白蘭……あんまり余計なこと言わないで……命が危ないのは私だから……。
白蘭は両手に串に刺さったマシュマロをたくさん持って、最後ににっこり笑うと裏庭に消えていく。
ちょ、ええええええ!?変な発言して自分だけ退散とかせこくねえええ?!?!あいつに1週間マシュマロ禁止令出してやる!
「あーーえっと!その!ベルさんまたゆっくり話しましょうか!ちょっと私も今いろいろ混乱しているというか」
「王子にまたここに来いって言ってんの?お前ナニサマ?」
「えっ?!来てくれないんですか?!」
「…………」
ほんとのほんとにびっくりして思わずそう聞き返せばバツが悪そうにベルはそっぽを向いた。あ、なんか私の反応間違ってたかな……だってそんな今日が最後、だ、なんてーー。
って私、なに、さみしがってんの?
ダメじゃん。私がこの世界に来た日、何を感じて何を思ったか。今までずっと何に悩んで店に立っていたか。
忘れたわけじゃ、ないだろう。だったらこの感情は間違っている。目の前にいるこの人と、私は、
繋がっていてはいけない異端な関係だ。
そう、
いつ、この世界から追い出されるかわからない私なんかが。
ーーコンコン
突然たらふくのドアがノックされる。クローズの看板は出してあるし、何か郵便物とかかな?
そう思ってドアを開けた私はちょっと開いた口が塞がりません。誰か口閉めに来てくれませんか。
今までのシリアス台無しかよと心の中で一応つっこみ、落ち込むのはまたみんなが帰ってからにしようといつもの表情を顔に貼り付けた。
「よっ、愛理!白蘭がバーベキューやってるって知らせてくれてな!来ちまった!」
来ちまったじゃないですよディーノさん。いやこの場合この人に怒りを向けるのは間違っている。さっきからあの人余計なことするね!!マシュマロ禁止令一ヶ月にしてやるんだからな!!
そんな私の心の中なんて知らずに嬉しそうにニコニコしながら部下のみなさんを引き連れてきたディーノさんはきっとここの裏庭の広さなんて考えてなかったんだろうな。
ていうか私はなんかーーすごい大事なことを忘れている気がする。
「わーー!!落ち着きましょう落ち着きましょう落ち着いてくださいーー!!ちょっ、ディーノさん、私がこの人抑えている間に……!」
「離せっつの!俺こいつ見るとスゲームカムカしてきた!しね!」
「ったく相変わらずじゃじゃ馬だな。よし相手にーー」
「煽らないでください!さっさと裏庭行く!!」
「……ハ、ハイッ」
お前らが暴れたらここ崩壊するんだよバカヤロォ!!
ロマーリオさん、爆笑してないでちゃんとボスの面倒みててくださいよ!
***
さっき思い出した大事なこと、とは。
ディーノさんが突然来てスクアーロとベルがいる前で泣いてしまったあの日のこと。あの日のことをまだちゃんとベルには話していなかった。だからさっきもディーノさんを見てムカムカする、と言ったんだと思う。でもあれはもう大丈夫、また今度ちゃんと話すから今日はバーベキューを楽しんでくださいと半ば無理矢理裏庭へと返品した。
たぶん、たぶんだけど、ベルが機嫌悪かったのは、自分はあの日のことを心配していたのに当の私は大して気にもとめずにいつも通り笑っていたから?だと思う。何の説明もなしに。
ーーてことはベルはわりと長いこと私のことを気にかけてくれていた、ということになるけど。
うーーん、考えれば考えるほどありえないというかなんというか。
「お肉足りてますかー!」
「ちょうど今桔梗クンが追加の買い出し行ってくれたよ」
「ニュニュ〜、ブルーベルはお肉よりおやつ!」
「バーロー!バーベキューは肉だ!」
「白蘭はマシュマロ食べてるもん!」
「ぐっ……!」
「ハハハッごめんねみんな来ちゃった♪ほらデイジーも隠れてないで混ざりなよ♪」
「白蘭さんしばらく出禁にしますね」
「ん?!」
全くいつの間にこんな全員連れ込んだんだ。おまえらみんな暇かよ。仕事しろよ。苛立たしさが先行して枯れたお花を持ってきたデイジーにありがとうと怖がることなく言えた。
でもこれどうすりゃいいんだ。
「白蘭もこれ飲むか?」
「ん、頂くよ」
「ハイハイッ俺ももらいまーす!」
「変なヤローだな、ってロマーリオもう酔ったのかよ!」
「ボスは嬢ちゃんの前だからっていいカッコしてあんま飲んでねーよなあ!」
「早く嫁に貰っちまえ!」
「おっ、お前ら……!わり、愛理。気にしないでくれよ」
「はい大丈夫です全く気にしてません」
「そ、そっか?」
なんていうか疲れた。ものすごく疲れた。せっかくバーベキューだというのに私は目の前の光景を見るだけでお腹いっぱいっていうか。なんかありえなさすぎて映画を見ている気分だ。
ーー世界が違う、ってこういうことなんだろうな。そう感じた瞬間、いつの間にか芽生えていた新たな悲しみに気づくことになってしまった。この世界は一体私をどうしたいんだ。
「いい天気だなあ」
言いながら空を仰いで無理矢理涙を引っ込める。再び正面に視線を戻せば、近くにベルが来ていた。彼の手に、お皿とお箸はもうない。
なんとなく、帰るんだなと察した。
「そういうのやめろよなんかムカつく」
「えっ、な、なんのこと?ですか?」
「帰る」
「ちょっ、えっ、あっはい、あの送りますよ!」
「は?」
「玄関まで……」
「チッ」
舌打ちされたァ。それでも突っ返してこないところにちょっと安心して、そこまで怒ってないのかも?なんて胸を撫で下ろした。さっきの謎発言といい、今日のベルは様子が変だったけれど。
またしししって笑ってくれるようになるだろうか。
「じゃあ、気をつけてくださいね」
「それ誰に言ってんの?」
「あっハイ、すいません」
「フン」
カラランとたらふくの鈴が鳴る。去っていくベルの背中がいつもより、小さく見えた。
あの日のことで後ろめたさがある私は、何だか責任を感じて。……絶対私のことなんて何も気にしてないだろうけど!私の勘違いだったらいいんだけど!それでも何か、言わなきゃ気が済まなかった。
「べっベルさん!」
呼んだらピタリと歩く足を止めるベル。名前を呼べば聞いてくれる。止まってくれる。
ーーいつの間にこんな。
「今度ベルさんありがとうの会をしたいので空いてる日はないですか!」
「……なんだよそれ、遅すぎ」
「す、すいません」
「22日なら来てやらねーことねーよ」
「わっ、わかりました!お寿司用意しておきますね!」
私のその言葉を最後に、ベルは視界から消えた。超人だ。異世界だ。
なんだかんだヴァリアーの一員なんだと再確認し、裏庭に戻らないととたらふくのドアを閉めようとしたら、閉まらなかった。明らかに人の力が外から加わっているけどちょっともうこれ以上人数増やしたくない頼むから帰ってくれと願いながら両手で力一杯ドアを閉めようとするがビクともしない。
「……なあ」
「わーーっ!!べ、ベルさん?!びっくりした!!私てっきりまた別の人かと……!!」
「おまえ好きな食いモンとかあんの?」
「え、わ、わたし?ですか?うーーんサツマイモ?」
「ハ?」
「サツマイモ使ったお菓子が好きです!新発売とかでサツマイモ使ってたら絶対買っちゃいますもん」
「ふーんあっそ。どーでもいい」
そ、そっちが聞いたんじゃんかーー!!ってベルの髪の毛全上げしながら言ってやりたかったけどそんな勇気持ち合わしてるならまず裏庭の連中追い出してる。まあ、この反応が当たり前と言っちゃ当たり前か、王子だし。
それからベルは私の顔をジーッとみて、服の袖で私の頬を拭った。
「あっそういえばさっき」
「言っとくけど王子のせいじゃねーからな、じゃーな」
「は、はあ……」
今度こそベルは帰って行った。なんだったんだ。ていうか傷を服で擦るなよ痛いじゃん繊維入っちゃうじゃん。
えっそれってまさか血を拭いてくれた、の?
こっちに来てからますます彼がわからない。もっと残虐で戦うことしか興味のない根っからの殺し屋だと思っていたのに。根っからの殺し屋ってのはあながち間違ってはいないんだろうけどーー。
「うわぁあ!!ザクロおまえリング使うなよ!!」
「やべえ消火器!!」
……なんだって?
消火器ーー消火器?!?!?!
突如聞こえた嫌な単語と焦げ臭い匂い。ねえ大の大人が何してどこに引火した?!?!
ベルの意外な優しさの余韻に浸る間もなく私はいつかのための避難用にとストックしていたペットボトルの水を持って裏庭へと走って行った。
使うことないだろうなって思ってたから役に立ってよかったーー……って喜べんわ!!
prev|next