たらふく | ナノ





みんなと騒いでいるときは暗い気持ちが紛れる。いつの間にか笑顔になれる。
そんなぐらいのうちに元の世界へ帰りたいのだけど、うまくいかないのが現実だろうか。





「ロンさん食材買ってきましたーー!あっきっちり準備出来てますね!」

「当たり前さ!!愛理にいいところ見せないとね!!」

「桔梗さんさりげに重い荷物持ってくださってありがとうございました!ロンさんもう火ってついてます?」

「……ついてるよ……」


じゃあ早速お肉お願いします、と桔梗さんにソーセージやお肉の入った袋を渡した。私はちょっとやることがある。
なんだかんだ助けてくれたり、友人だと素直に呼べる関係の人はロンさんぐらいだ。故にどんな憎まれ口を叩いていたって、一緒にいて安心したり気を抜けたり出来るのは彼だけなんだ。


「よし、こっちに来る気配はない」


そんなロンさんにちょっとした日頃のお礼ということでティラミスを作ろうと思った。ティラミス好きらしいけど、敷かれているコーヒー味のスポンジがどうも苦手らしい。あのコーヒーがヒタヒタのやつ。だからいつも上だけ食べてるんだと聞かされたことがある。
イタリア人なのにエスプレッソも嫌いだなんて。リボーンが知ったら笑うだろうな。


「愛理ー!前菜の用意出来てるよー!」

「ぜっ、ぜんさいっ?!」


バーベキューに前菜なんてあるの?!思わず驚いて裏庭に出ると生ハムを食べながらワイン飲んで寛いでるロンさんと桔梗さんがいた。ロンさんはともかく、桔梗さんてお酒飲んでいい年なの?私よりちょっと上なだけだよね?イタリアと日本では飲酒出来る年齢って違うのかな?
まあもしダメでも何も言えないですけどね!だって怖い!不機嫌になんてなられたら恐竜の置物がいつ動き出すかわかったもんじゃない。


「生ハムなんてありましたっけ」

「ちょっとそこへ買い出しに」

「店あけるなら言ってくださいよ!ちゃんと戸締まり!」

「ちゃんとしたよ。この際言わせてもらうけど愛理、自分がお店にいるときでもちゃんと戸締まりしないとダメだよ」

「うっ」


正論を言われて言葉に詰まった。私だって、私だってね、最初の頃はちゃんと閉めてたけど。
ーーあの日から……しなくなっちゃったんだよなあ。


『うししっ』

『邪魔するぞぉ!』



「この辺りはまだ治安がいいですからね」

「で、ですよね!!警察の方に感謝ですよー!!」


突如桔梗さんからナイスパスをもらってありがたくそれに食いついた。でも本当にこの辺りは治安がいい。この世界に来たあの日以来、命の危険に晒されたことはーー

晒されたことはーー


「あーー…」


私の頭に広がるのは数々の訪問者。あれカウントするならこの辺りは最高に治安が悪い。暗殺者の溜まり場かよ。
……まさかわたしのこと暗殺しようなんてーーないわ。絶対ない。一瞬でもそんなこと考えた自分に恥ずかしくなった。彼らにとって私なんかその辺のアリンコと同類だ。歩いていたらバッタリ会ったってだけの、それだけの。うん。


「ハハン、警察などという生ぬるい組織ではありませんよ」

「えっ、なっ」

「ーーもっと強大な力です」


桔梗さんが嬉しそうに言ったセリフに私は察した。そこ触れてこなくていいからああああ!!お前たちか?!お前たちが治安維持してくれてんのか?!それはどうもありがとうお世話になってます!!
反応困るからやめてくれ!!


「あっ、あっお肉いい匂いしてません?!」

「おーーそろそろいいね!」


ロンさんが嬉しそうにお肉を見て、じゃあ私お皿用意しますと動こうとしたときだった。
桔梗さんに腕を掴まれ、そのまま引き寄せられた。直後、何かが通り過ぎる微かな風の音とロンさんの悲鳴が響く。な、何が起こった!


「しししっ、お前らだけでなーにしてんだよ!」

「「ぎゃあああああああ」」


私とロンさんの悲鳴がシンフォニーした。何かが通り過ぎる音がしたのはきっとあれだ、ベルの趣味悪……もといオシャレナイフだ。あのハイセンスすぎて私にはちょっとわからないあのナイフが!

ナイフが!さっき私がいたところを!通過した!!


「ちょっとーー!!桔梗さんが助けてくれなきゃ私死んでたじゃないですかーー!!私あなたに何かしましたっけーー?!?!」

「お前も後ろのやつもうるせーっての。桔梗が助ける前提で投げたに決まってるだろ」

「ハイハイハイハイ俺も言わせてもらうけどーー!!俺もあなたに何かしましたっけーー!!」

「てめえは何かむかつく」

「それは否めません」

「だからそこ二人で意気投合しない!!」


突如舞い込んできた来訪者にてんやわんやな私とロンさんをよそに、桔梗さんは笑いながらお肉を食べ始めていた。あっずるい、私も肉!
ベルにもお皿渡して(私優しくね)、お肉をとってあげた。

ベルはちょうど近くを通ったから何か食ってやろうと思ったのにクローズしてたことにムカついたから勝手に入ってきたらしい。お前いつだって勝手に入ってくるだろ。スクアーロは長期任務に出ていて来ないらしい。
やっぱあの人忙しいんだなあ。ベルも決して暇ではないだろうけど。


「あっ、桔梗さんさっきありがとうございました。ほんっっっと助かりました……」

「当然の事をしたまでです」


なんだよこの差は。かたやためらいなく死角からナイフ投げつけてくる人とかたやそれをサラリと助けてくれる人。
考えてたら何だか笑えてしまった。みんなこうも違うのに、あれだけ争っていたのに、バーベキューする仲になったんだ。私はこの人たちとは大した関係もないけど、本当に良かったなあ、と思う。こいつ時々気持ち悪いとか言うベルさん、今だけ聞こえなかったフリしてやるよ。寛大だからな!


「たまにはこういうのもいいね」

「はい、白蘭様」

「うそォーーーーーー?!?!?!」

「だからうるせーよお前」


いつのまにか、ほんっとにいつのまにか、桔梗さんの隣に白蘭が立っていた。そして普通にお肉を食べている。あまりに普通すぎて私がこんなふうにうろたえている方がおかしいのかとさえ思えてきた。
いや私は正常だ。こいつらがおかしいんだ。私は正常だ。


「久しぶりだね、たらチャン。僕のお土産は喜んでくれたかな?」

「はぁ、まあ、ええっと、……それなりに?」

「ハハハッ、で、そのマシマロどうするの?」

「……バーベキューの最後に火であぶろうかと……」


言いたくなかった。言ったらきっと目をキラキラさせると思った。十中八九、白蘭の目はみるみるうちに光を集めている(気がする)。
って、私はゆっくりお肉食べてる暇なかった。ロンさんのティラミス作らないと!まあ作ると言っても仕上げと包装だけど。今日荷物を届けに来るのは知ってたから、昨日作っておいたのだ。


「マシュマロ食べるならこの串にさしてあぶってください」

「たらチャンどこ行くの?」

「私ちょっとすることあるんで!あっ、ロンさん帰っちゃダメですよ!」

「えっ、お、俺?」


自分がまさか呼び止められるなんて思ってもみなかったロンさんは本当に驚いていたけど、すぐにだらしない笑い声が聞こえた。帰るわけない、明日の朝までいるよ!なんてのも聞こえたがその後すぐに殴られる音が響いて調子乗るからだよ、と一人で笑った。
たぶん、ロンさんに制裁を下したのはベルだろう。あそこ仲良いのか悪いのか、なんかよくわかんないな。


けど、たらふくを通じて人が知り合ってそこからまた笑いが増えていく、それっていいなあ。
みんなのわいわいした声を、そんなふうに考えながら聞いていた。よし、この店のコンセプト頂きましたァ!


「あーあ、帰ったら……またこんなふうに騒げたらいいなあ……」


バーベキューして、ゲームして、近くの公園でバドミントンしてーー。いつの間にか中学生だった頃の思い出が頭の中に浮かんだ。今日みたいに晴れた休日はご近所さんや友達とみんなで楽しんでたなあ。
あったかい午後の陽射しやみんなの笑い声が心地よかった。幸せを温度で表したらきっとこれくらいなんだろうなとどっかの詩人みたいなことを考えてたりもした。……楽しかった。楽しかったなあ。あっちは今、どうなっているんだろう。私がいなくなっても同じように時が進んでいるのだろうか。


じんわりと涙が滲んでくるのをダメだダメだと振り払い、ティラミスにココアを振るって仕上げした。ミントを乗せて蓋を閉め、ちょうど良いサイズの箱に入れる。


「……なにそれまさかアイツにあげるわけ?」


…………わたし、何かしてしまっただろうか。

いつの間にかキッチンに入ってきていたベルの機嫌がものすごく悪かった。壁にもたれかかりながら腕組みをして、細い指と指の間にはアレが。


言葉には気をつけろ、私。ここで死んでたまるか。

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