たらふく | ナノ





「……ぐ、グラッツェ〜」



最後の老夫婦の背中を見送って、光の速さで外の看板をcloseにする。


主に木で出来ている、ログハウスみたいな小さな定食屋。私はそこの店長だ。断じてなりたくてなったわけではない。私の夢はパティシエだしね。


「疲れた!」


へとへとになりながら、定食屋の二階にある自室のベッドに横になった。
窓際にある机の上には単語帳。問題集。それは全てイタリア語のものだ。



――ここに来て、もう2週間が過ぎようとしていた。未だに元の世界に帰れる兆しはない。
わかっていることといえば、ここはリボーンの世界だということ。頭おかしいんじゃね、みたいなツッコミは受け付けません。


私は目を閉じて、久しぶりにあの日のことをゆっくりと思い返した。











高校の入学式を明日に控えていたその日。制服も持ち物もきちんと用意して私は眠りについた。


確かに、確かに私は自分の部屋で寝たはずだった。歯磨きして日記書いて、それからぬいぐるみたちに囲まれて。ちなみにホッキョクグマのダイスケがお気に入り!
どうでもいい話しちゃったけど、至って普通に眠ったんだ私は!変な呪文唱えたりとか、変な薬を飲んだとか一切ない。
朝、目覚めたら、この定食屋にいた。



あー、私夢見てるんだなぁ。ってぼんやりしていたあの時が羨ましい。意識が覚醒したときは自分がパジャマだということも忘れて外に飛び出した。
オシャレなレンガ造りの家が立ち並び、ランドマークは外国チックで古風な雰囲気が漂う。てかチックじゃなくてバリバリ英語?書いてんだけど!?


道行く人も鼻が高くて、目が綺麗な色――ってここどこじゃ!!



人間本当に驚いた時は声も出ないってマジだったのか。頭抱えて顔面蒼白な私はとても奇妙でホラーだっただろう。優しそうなおばあさんにすごい目で見られた。


落ち着くために定食屋へと戻る。木の匂いがいい香り、そんなのどうだっていい!お母さん、お父さん!ダイスケェ!
焦りまくる私をよそに、しぃんとした店内は私に対してとても冷ややかだ。火つけたらお前ら灰だぞ!


そんなとき目に止まったのはカウンター席におかれてある一枚の紙だった。何か重要なことが書いてあるかも、とすがるような思いで手にとる。



『開店おめでとう。いろいろ大変だとは思うけど頑張ってね。』



たったそれだけだった。これは私に向けて言ったのか、それとも違う誰かに言ったのか。


――はっ、誰か帰ってきたらどうしよう!


ヤバイと思った私は部屋の隅に2〜3時間座ってたんだけど、結局誰も来やしない。
もういいや、と諦めてさっき見つけたカウンターの奥にあるはしごをゆっくり慎重に登った(実は気になってた)。そこは屋根裏みたいに少し天井の低い、レトロな部屋で。驚くべきことに私物がそこら中にあった。



何が何だかわからないけど自分のモノがあるってだけですんごい安心してしまって、涙がほろりと目から滑り落ちていった。
とりあえず私、生きてる。


泣きながらよく着ていたラフな服に着替えて、ベッドにもたれながら窓の外を見た。
なんかハ●ジみたいな家……。乾いた笑いは空間に溶け、瞬間私は勢いよく立って、もう一度この定食屋から飛び出した。




じっとしててもダメだ!何か、何でもいいから情報を集めないと!




季節は春。穏やかな天気と風。それを感じる余裕はない。どこを見渡しても外人さんばっかりで、困ったことに日本語は1つもないし聞こえなかった。
引っ込んでいた涙がまたじわりじわりと滲んでくる。どうしてこんなことになってるの、どうして私なの。これは本当にーー現実なの?
そんなとき、1つの単語が聞き取れた。そこの曲がり角を曲がったところから明るい話し声が聞こえる。




『ディーノ』




たったそれだけが、聞き取れた。いやいやまさか。そんな名前の人なんていくらでもいる、そんなことより今私にはすべきことがあるだろう、そうは思ったけど考えるよりも先に建物に身を隠しながら確認すれば、何てこった。


金髪のお綺麗な横顔が、そこにあった。それだけならまだしも、その斜め後ろには眼鏡をかけた髭のおじさまが立ってて。二人は町の人と仲良く話している。

カーキ色のジャケットに金髪で名前はディーノ。そして髭のおじさんを連れている。心当たりがなくはないけど、でも、この人達って

漫画の、キャラ、なはず。


慌てて視線を逸らして、その場にしゃがみこむ。頭の中は何で、のスパイラル。いやいやいや似てるだけだって!そんなのありえない!だってそうだとしたら私はーー


「〜〜〜?……ジャッポネーゼか。何か用か?」

「ひっ!!!」


この顔、この顔知ってる、知ってるよ!ロマーリオさんだよ!ああでもそっくりさん?!いや、もういろいろ認めるからこの状況誰か説明して!何とかして!


「さっきこっち見てただろ、ボスに何か用か」


け、警戒されてるぅぅぅ!てゆか一瞬見ただけなのに視線感じたとか、ねぇやっぱり……マフィアだから……ですか……。


「ロマーリオー、結局何だったんだー?」


そして私とピリピリしたロマーリオさんの近くに気の抜けた声が近づいてきた。
逃げろ。頭の中でカンカンとお鍋を叩く私が警告している。


いや、落ち着け。ここは逃げない方がいいのかもしれない。ロマーリオさんは銃ぐらい持ってるはずだし、ディーノさんに至ってはその強さは漫画でよく知ってる……つもり。というかその前に足が震えてうまく動かせない。やばさしか感じない。


「んー、日本人か」

「ああ、どうする?ボス」

「とりあえず話聞くか」


うっわあ……!マジでこんなに綺麗な顔してんのか……。くっそう、直視出来ないししないでほしい。
曲がり角から現れた金髪キラキラディーノさんはじぃっと私を上から下まで眺めている。かゆい、心臓かゆい!!


って違うだろ自分。ときめいてる場合じゃないだろ。二人の視線を見ろ。


「……あ、あの」

「おぅ、何だ?」

「決してその、怪しい者ではなく、ハイ」

「んなこと言われてもなー、この辺マフィア多いからさ」

「ちょっ、本当に違うんですって!」


確実になんか疑われてる。こんな小娘に何が出来るって言うの!あなたの命奪う利益がどこにあるってんだ!イケメン殺すなんて、私には……!


「でもな、俺もロマーリオも確かに感じたんだよ」


――殺気、をな。


刹那、今までゆるゆるしていた雰囲気が私の肌をやんわり突き刺すようなキツイものに変わった。硬直、硬直!本場マフィアのドンに至近距離で殺気出されてる!
いやいやその前にちょっと待て!私殺気なんて出せる力持ってませんし!人違いじゃないですか、ほら貴殿方の後ろのほうに銃構えてる人いるし、きっとその人の――――って、




え、ちょっと、ヤバイんじゃ、


「わりぃけど着いてきてもらうぜ」


いいいやいや!私じゃない、私じゃない!気づいて!気づいてよ!
何て思ってるのに、ディーノさんの殺気のせいで喉がカラカラになって声が出ない!


「――っ」


ディーノさんがタトゥーの入ってる逞しい手で私の腕を掴む。突然イタリアに舞い込んで、漫画のキャラに遭遇して。頭はいっぱいいっぱいでもうなんっにも考えられなかったけど恐怖で逆に目が離せなくなったあの銃がいつ火を噴くか、そうしたらどうなるかーーそんなの、今以上にやばいことになるのは馬鹿な私でも本能的にわかる。


私は意を決して、というかほぼ無意識にディーノさんの体に突進した。予想外な行動だったらしく、彼の体は勢いよく後ろに倒れる。直後、さっきまでディーノさんが立っていたところに銃弾が飛んできた。


「ボス!!」


状況を理解したロマーリオさんは倒れる私たちの前に立って、素早く銃を構えた。その間に慌てて体制を整える。


「っつ、マジかよかっこわりー……悪かった、ありがとな!ちょっとここで待っててくれ!……ロマーリオ!」

「ああ!」


ディーノさんは本当に申し訳ないという顔をして私に謝ると、ロマーリオさんと逃げていった怪しい人を追いかけていった。その場に体制を崩したまま呆然と二人の背中を見送る。


待っててくれ、って言われたけど私は来た道をとぼとぼ帰ることを選んだ。




本当にここ、リボーンの世界なんだ。

生で聞いた銃声が、耳の奥で何度もこだまする。




……こわ、かった。









それから何とか定食屋の前に着いて、一度その建物を外から眺めた。私の家じゃないのに安心する。ポロッと涙が零れたら、あとはもう止まらなかった。


ここはリボーンの世界で、それでいてイタリアなんだ。つまり、どこに行っても私の帰る場所はない。


定食屋のドアを開けたその先は、未だにガランとしていてとても寂しかった。





――逆に考えろ。とばされた世界が自分の知ってる漫画の世界で、それはそれでラッキーじゃないか。何が危なくて、何が正しいのか。それからどうすればいいのか。ちょっと考えただけでおのずと答えは出てくる。


「……よし」


服の袖で涙を拭う。いつまでもなよなよしてる自分は果てしなく嫌いだ。
パンッ!と手を叩いて準備することに決めた。この店の、開店準備だ。


そうして開店することになった店の名前は『たらふく』。適当につけた。


言葉や文化の壁があるけれど、日本食専門のこの店は結構繁盛している。
そんな『たらふく』店長の私が強く心に決めているのは、キャラたちと関わらない、ということ。




だって、ねえ?そんなの命いくらあっても足んないから。


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