たらふく | ナノ





お昼のピークを過ぎた頃。店内はガランとしていてさっきまでの喧騒が嘘のようだ。お客さんも来ないし今日は何だか疲れたし……勝手だけど店じまいでもしようかしら。
年とったんじゃねとか呟いた人、明日のメインディッシュにしますからね。……って何か私のジョーク、気味の悪い感じになってきてない?大丈夫?まあこう立て続けに危ない人と絡むとなあ。うん。察してくれ。

ひとつため息をついて、エプロンの紐を解く。と、同時にたらふくのドアが開いた。







「よっ、」

「あっ……!」


そこにはちょっと気まずそうに眉をハの字にさせたディーノさんが立っていた。そういえば私、大人に頭下げさせてそのまんまだったわ……なんてやつ!

でも出来ればこの日が来るのをもう少し先延ばしにしたかった。心の準備ってやつがですね。はい。すみません、文句ばっかりで。
なかなか座ろうとしないディーノさんにカウンター席を進めて、コーヒーでいいですかと半ば無理矢理居座らせる。
大丈夫、私は帰れる。そう信じた。じゃあ、怖がるな。現実を意識しても。


「あっ、あのさ……その、」

「あの!謝罪ならもういりませんから!この前ので、十分です」

「そ、……か。良かった」

「もともとディーノさんのせいで泣いてたわけじゃないですし。私の方こそ色々まぎわらしくてごめんなさい!」

「そんな!」


ガタッと椅子から立ち上がるディーノさんに精一杯の笑顔を向けて、コーヒーカップを出そうと後ろの棚に体を向ける。


あかん。あかんわ。

クッソ緊張するんだけど……!肌綺麗すぎ!あの時も見たけどやっぱ髪ふわっふわのキラッキラじゃね?!ヤバイかっこよすぎ!
なんていうかリボーンキャラを総合的に見て王子様タイプってディーノさんだよね。あ、ごめんベル。

そんなことを頭の中でハイテンションになりながら考える私ってやっぱ神経図太いらしい。この前ディーノさん見ただけで泣いたのに今じゃこれだよ。けしからん!まあ、前に進めたって事でそこらへんは勘弁してほしい。


「…………」


てかね、さっきから気になるんだけどね。ディーノさんにすっごいガン見されてんの何コレ。私はコーヒー入れたりケーキ切ったりで手元見てるんだけど視線感じるものすごく。
ヤバイよ化粧変じゃないかな。ハッ!!腕のムダ毛最近剃ってないヤバイ見ないでー!!


てめーのことなんか見てねーよ意識すんなこのババアだって?

……返す言葉もございませぬ……。


「あっ、あの男さ」

「ハッハイ?」

「あーーっと、俺と愛理が初めて会った日に」

「あっ、あの悪いヤツですね!」

「おう!ちゃんと捕まえといたから安心しろよ!」

「わっ、ほんとですか!」


やっぱすごいんだなあ。銃持ってた相手なのに。普通ならあんなの追いかけないよね。何か今さらまた実感してきた。そこのあなた!!本場のマフィアのドンが私の目の前にいます!!死に急ぐ方はどうぞこちらへ!!

うわぁでもちょっと見たかったかもしれない。ディーノさんが鞭でシュパァアンしてるとこ!原作ではディーノさんの戦闘はあんまり描かれてなかったからなあ。どっちかと言うとドジっぷりが、いえ黙ります。


「……何にも聞かねーんだな」

「えっ?」

「いや、何でもねえ。……スクアーロそろそろ入ってこいよ!バレバレだからな!」

「えっ?えっ?」


ディーノさんは苦笑いを浮かべながら私に意味深な発言をすると、後ろに振り向いてドアの向こうにいるらしい人へと声をかけた。
『何にも聞かねーんだな』その言葉が何度も頭の中で繰り返し響く。まるで警鐘のように、大きく刻み込むように。……どういう、ことだろうか。


「チッ気づいてたのかぁ」

「俺に殺気だしすぎだろ」


考え事している間にスクアーロが店内に入ってきて、ディーノさんから一つ席を開けたところに座った。隣に座らないってのがこの二人の距離間に合ってる気がする。
同僚でもなく旧友と呼べるわけでもなく。でも心のどこかで相手を信頼して認めてる、みたいな。

何か男の友情って感じだーー!!


「今日は一段とヘラヘラしてんなぁ」

「別にヘラヘラなんてしてません!そんなこと言うならスクアーロさんには何にも出しませんからね。あっディーノさんコーヒーと日替わりケーキです!」

「なんだそのテンションの差はぁ"!!」

「日頃の行いの差が出てんだよな!」

「ハイ!」

「う"お"ぉい!!お前ら喧嘩売ってんのかぁ!!」


机をドン!と叩きながら怒鳴るスクアーロに、今は笑いしか出てこなかった。何かあったらディーノさんがたぶん何とかしてくれるーー


ーーガチャンッ!!


「わ、わりぃ!コーヒーカップ割っちまった!」

「あ……」


そいや……部下のみなさんいないや……。
怒っていたスクアーロもわたわたするディーノさんを見る目は呆れきっていた。まるでこんなヘボにキレても意味ねえやというように。


「あっ触ると危ないですから!私が片付けるんで汚れた手ふいてください!」

「いやでも愛理もあぶな……」

「今ほうきとちりとり持ってきますんで大丈夫です。ちょっと上行っちゃうんでスクアーロさん表の看板closeにしてきてもらっていいですか!もう今日閉めようと思ってたんでー!」

「チッ!」


盛大な舌打ちが聞こえた後、何で俺がとかブチブチ言ってたけど結局やってくれるみたいで席を立っていた。頼まれたら断れない男ナンバーワンはやっぱスクアーロだ!





「ほうきとちりとりと、あと雑巾も持っていこっと」


二階に上がって、いるものを揃え深く息を吐いた。何だか急に現実に戻った気分。
この部屋もだいぶ住み慣れたなあ。あの日から何日経ったかなんてカレンダーみて数えなきゃわからなくなった。

ほうきをギュッと握りしめながら、窓の外から入る光に目を細めた。


ーー朝起きるたびにガッカリするんだ。昨日と何も変わっていないことに。またお店を開けて、頑張らないといけないのか。本当なら、今頃高校生してたのに、って。
いくら願ったって念じたって毎日目が醒めるのはこの場所。私が動かなきゃ何の音もしない、ここで。



「……ダメダメ。早く行かなきゃ二人心配しちゃう」


大事なお客さん、だもんね。待たせられない。スクアーロに早くコーヒー出してあげなきゃ。あの人いつ帰るかわかんないから。そういえばお昼は食べたんだろうか。お腹減ってるなら軽く何か作ってあげよう。
ディーノさんは何が好きなのかな。あ、そういえばピザが好きなんだっけ。どんなトッピングが好きか一度聞いてみよう。ら

……うん、よし。

いつの間にかさっきのブルーな気持ちはスッキリ無くなってて。単純な私はもう前を向いている。
良くも悪くも、ここにいて楽しいと思ってしまうのは彼らのお陰だ。こうして活力が湧いてくるのも、全部。

ダメだとわかっているのに、まだ大丈夫だと自分に甘えた。とにかく人の暖かさに今は弱くて、縋りたくて。単純なのは表向きだけ。

本当は今だって、すこし。


「あれっディーノさんは?」

「何か急いで出て行ったぞぉ。またすぐ戻ってくるっつってたけどな」

「そうですか」


下に降りるとスクアーロがさっき座っていたところに戻ってて、いつの間にか自分でコーヒーを淹れて寛いでいた。この前助っ人したときに大体把握したらしい。さすが物覚えが早い。というかベルもスクアーロも私より手際良かったよなチクショウ。


「……もう何ともねーのか」

「えっ?」


割れたカップの破片を大きいものから拾い上げて、小さい破片はほうきで掃いて。
その手がピタリと止まって、スクアーロの方を見れば彼は私を見てはいなかった。けど、照れているのはわかってしまった。


ーーそういえば。


「そう、でしたね。あの時スクアーロさんいたんでしたね……もう、大丈夫です。ディーノさんには悪いことしちゃいました」

「……フン」

「ありがとうございます……だから今日、」

「勘違いすんなよぉ"!俺は不機嫌なボスから避難しにきただけだからなあ!!」


それを聞いて思わず手からほうきが離れていった。ほうきに見捨てられた気がした。
まっまさかそんなわけあるわけないですよね!!わ、私のせいじゃ……!!

動悸が激しい。落ち着け。落ち着くんだ。これ以上極度の緊張による老化は避けるんだ。


「そそそうですか、なかなか大変なんですね……(ごめんなさい私が怒らせたからだと思う)」

「チッ」


ワア、今日すごく舌打ちされる。ごめんねスクアーロ。全部悪気はないの。

舌打ちしたスクアーロは席を立ち、もう帰るみたいだった。いつもより早すぎるから、慌てて声をかければ今日はちょっと寄っただけだと落ち着いた口調で言い、静かに店を出て行った。

私とディーノさんの会話を外で聞いてた。そしてさっきこの前泣いていたのはもう大丈夫なのかと聞いてくれた。


今日は、もしかして、たったそれだけのーーーー


「優しいよな、ああみえてあいつは」

「ひっ!あ、ディーノ、さん」

「あっわりぃわりぃ。勝手に入っちまったぜ」

「それは構わないですけど……用事が入ったなら、ーー?」


立て続けになんだなんだ。スクアーロの優しさに驚きつつも感動していたら、今度はディーノさんにラッピングされた中くらいの箱を渡された。この、大きさ……。


「えっまさかコップ……!」

「そうそう。店のもん割っちまったからな。そんないいものじゃねーけど、良かったら使ってくれ」

「そんなっ、えっ、ごめんなさい!」

「ハハハッ!何で謝るんだよ!こちらこそ悪かったな!」


もうコップの残骸なんてそっちのけでディーノさんからもらった包みを急いで開ければ、シンプルなコーヒーカップが。絶対ここにあったものよりいいやつな気がする。包みとか質感から。ただただありがとうございますとしか言えなくて、出てきそうになる涙を必死にこらえて笑った。


彼らにとっては全て当たり前の行動なんだろう。でもそれが嬉しかった。この世界にいてはいけない私に、この世界の当たり前で私に接してくれることが。
まあ、それは、みんなが何も知らない、からだけど、ーー。


「じゃあ、わりぃ。俺もちょっと用事出来てさ。今外に人待たせてんだ」

「ハッ、ハイ!お忙しい中来てくださってありがとうございました!」


きっと外に待たせている人というのは言わずもがなロマーリオさんだと思う。この前のようにいつ命を狙われてもおかしくない人だし、第一この人は優しいから。
あまり、長居は出来ないのだろう。
何かあってまた迷惑をかけたら、なんて考えているのかもしれない。私の自意識過剰ならそれはそれでそっちの方がいいんだけど。


そんな中でもこんな小娘一人を気遣って来てくれたんだ。深く頭を下げてそれとなく感謝を伝えれば、どこか雰囲気が暖かくなった気がした。


「……ん。また絶対来るからよろしくな!」


そう言って彼は私の頭にポン、と一瞬手をおくとたらふくから出て行った。


みなさんの言いたいことはわかってますよ。

わかってますってば。


わかってますから。



フラグなんて悲しくなるだけだから立てたくなんかないんですよだからディーノさん優しくするのやめてーーーー!!!!



誰か私に往復ビンタかましてくれるアルバイト募集中です。

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