たらふく | ナノ





「おい、王子のこといつまで待たせんの?」

「ゔお゙ぉい……おまえのこと三枚におろしたっていいんだぜぇ」

「だったらまた今度来てくださいってば!!」




こっちは忙しくて足がもげそうだってのに!




今日みたいに忙しくなるお昼時はちょっと珍しい。いつもはもう少しマシなはずなんだけど……最近口コミでここの事が広まっているらしい。嬉しいけど、どこか微妙な気持ちになる。単純にしんどい。従業員雇おうか真剣に検討中だ。
そういえばお店始めてから軽く4キロ体重が減ったんだよなぁ。

それだけ太ってただって?否定はしませんよ。


「お客サマに向かってそんなこと言っていいわけ?」

「メニューにないものを注文するあなたたちが悪いと思います!」


私の前のカウンター席に座るベルとスクアーロ。お店に入ってきたときは叫びたくなったし追い出したくなったけど、いかんせん忙しさの方が勝ってて見事にノーリアクションだった。


今のたらふくの状況は満席。そしてお店の外にも人が並んでいる。そこに来て、ベルとスクアーロはメニューには載ってない『寿司』を作れと言ってきた。軽くザンザスに吹っ飛ばされればいいと心の中で中指を立てる。ブラック小川がこんにちはだ。

火に気をつけながら具材を切ったり、盛り付けたり、注文とったり、お勘定したり。目の前で私がこんなにも忙しくしてるのを二人が一番見てるはずなのに!手が滑ったとかで往復ビンタしてやりたい。

無理に決まってんだろだって?否定はしません。


「やあ!愛理!愛しさ溢れて会いに、」

「うるさい帰れ!」

「俺の時だけ口悪すぎない?」


こんの忙しくていっらいらしてるときに出てくんじゃねぇ――!

派手に登場してきたロンさんの存在は消すことにして、私はまた作業に視線を戻す。だいたいヴァリアーにコックさんぐらいいるでしょ!その人に作ってもらえばいいじゃないの!作り方わからないって言われてもあんたらが脅したらどうにかするよきっと――ってあかん。私何か最低なやつになってきた。落ち着け、笑顔を浮かべろ。そうすれば少しは……


「やっぱり愛理の笑顔はいいね!惚れ直したよ!」


ああ、台無しだ。口角が下がっていく。包丁を持つ手が何故か震えている。それをもう片方の手で必死に押さえた。ロンさんそれ以上口開いちゃだめ。私何しでかすかわからない。


――ヒュン


「うわあああ!き、君いたの!」

「しししっ、相変わらずのうざさしてんな」

「ベルさんナイスです」

「んじゃさっさと作れ」

「それは無理です」


私が抑えていた衝動を代わりにベルがやってくれて、いくらかスッキリした。スクアーロは何かを諦めたように様子を見守りながら冷えた水をひとくち飲む。
やっぱスクアーロってなんだかんだ大人だよね。


……よし、これをあそこのお客さんに持っていって、次はあっちのおじいさんのを用意しなきゃ。ついでに水も注いでいかないと。

優先順位を考えるのもだいぶ慣れて速くなったと思う。自然と周りをよく見るようになったというか。だからこそ焦るってのもあるんだけどね。やらなきゃいけないことが次々に見つかるから。


「っ!ロンさんそれは――!」

「わかってるよ、忙しそうだから手伝うだけ」

「え、あ、そ……れは、ありがとう、ございます……」


私が持っていたお皿をひょいとロンさんは持ち上げて、綺麗な所作でお客さんのテーブルに運んでいった。てっきりつまみ食いされると思った。何があったんだろう。頭でも打ったのかな。あんなキリッとしたロンさんは初めてだ。


「チッ」

「しょーがねぇなぁ」

「あ、帰るんですか――って、え?」


舌打ちしたベルと一言呟いたスクアーロは同時に立ち上がり、何故か上着を脱いで腕捲りをして……え?何が起こってるんですかこれは。


「アイツだけじゃ頼りねーからなあ゙」

「早く寿司食いてーし仕方ねぇから手伝ってやんよ。言っとっけど激レアだからな」


そう言いながらスクアーロは切っている途中だった野菜をすごい速さで切っていって、ベルはお洒落に盛り付けを進めていく。ロンさんは水を注ぎに回ったり、注文をとってきてくれたり、お勘定してくれたり。
目の前の光景があり得なさすぎて、夢心地みたいだったけど周りのガヤガヤした騒がしさが現実だと私に教えてくれて。


「あ……あり、がとう……」


自然と口から出た言葉に、スクアーロとベルは同時にフン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた(手は止まっていない)。
殺しばかりしてるから私たち一般人にももっと横暴で殺意むんむんで接してくるのだとばかり思ってたけど、この時ばかりは彼らの素直な優しさを感じずにはいられなかった。


一瞬泣いてしまったのは、みんなには秘密だ。






「あーあ、王子肩凝りそう」


外の看板をCLOSEにしてお店に戻ると、肩を回しているベルと静かに水を飲むスクアーロの後ろ姿。ロンさんは仕事があると途中で帰っていった。今度何か奢らないとな。
ロンさんは何が好きなんだろうか。そんなことを考えながら流し台の前に立つ。あともう一仕事だ。


「今日はすごく助かりました。一瞬プロの料理人さんかと思いましたよ!」

「……お前コレいつも一人でやってんのかあ?」

「え、あ、まぁ……でも今日は特別多かったんです」


話しながら丁度炊き上がったご飯を確認して、ベルが持ってきてくれた魚と、昆布を浸けて砂糖をいくらか溶かしたお酢を棚から出した。お寿司握れるか心配だなぁ。
そんな様子をベルは興味津々のかおで(……って目見えないからよくわかんないけど)覗き込んでくる。無邪気な子だと微笑ましく思う、と同時にどこか暖かい気持ちになった。


隣のスクアーロは難しい顔をしてたけど、まぁ色々あるんだろう。深くは追求せずにお寿司を作り始めた。ちなみにご飯をうちわであおいで冷ませる役はベルが快く引き受けてくれた。マジで寿司食いたかったのね。
静かな店内で、確かに私は和んでいた。自分がここに居てはだめなこと、そして彼らがリボーンのキャラだということを忘れて。


そのバチが当たったのか。


カランカランと音を鳴らしながらたらふくのドアがまた無遠慮に開く。私はその人を見てご飯を混ぜていた手が止まり、ベルとスクアーロは彼が来たことに、そして私の反応にハテナを浮かべた。


忘れちゃいけない日のこと。

銃声が耳の奥で蘇る。


「……ちょっと、いいか?」


困ったように眉を下げて、ディーノさんは私の前に再び現れたのだった。

震える手は、私の心を綺麗に映していた。

title/秋桜様

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