今日の日替わりデザートはりんごのケーキにしよう。そう決めた私は早速パウンドケーキの生地をたくさんこしらえた。そこで問題が1つ。
砂糖と水、そしてレモンの汁を少しほど。それで煮詰めたりんごは随分と水分が飛んで少なくなってしまった。
(ダジャレを言ったつもりはない。断じて)
「足らないか、コレ……」
鍋いっぱいに入れたリンゴは最初の半分以下になっている。綺麗にきつね色になったそれはとてもおいしそうだからケーキにたくさん入れたいし――――買いに行くか。
やむを得ず、財布を手にとり小走りで市場へと向かった。りんご求む!
「お、また来たのか嬢ちゃん!」
「あはは……」
にこやかに話しかけられても言葉がわからないため愛想笑いでかる〜く流す。いや、今のはだいたいわかったけど。あんまり仲良くするといろんな品物を見せてくるから程々にね。今急いでるし。
赤い綺麗なリンゴを数個選び、お会計を済ませる。小さめのエコバッグにそれを詰めていると、大変なことが起こった。
「リンゴ一個くらいいいでしょ!ブルーベルはお腹が減ってるの!」
はて……また単語1つ聞き取れたぞ。ブルーベ、……ブルーベリーだ。大丈夫、私には関係ない、全く関係な――
「あんたも何とか言って!」
はいいいいいぃぃぃ?!?!
ガシッと掴まれた腕のせいでその可愛らしい声の主を見ることになってしまった。鮮やかな水色の綺麗な髪。手に持っているリンゴの赤がよく映える。見ないようにしてたのにちくしょう美少女だなオイ!
じゃなくて!どうしてこうキャラに会っちゃうの私のあほんだら!この市場ダメ!殺人者うろちょろしすぎだって!
「あの、私は……!」
「そっちの子が払えないなら君が払うしかないな」
「リンゴ一個でケチ!」
「んだとこのガキャ……!」
「はいはいはいはーーい!!喜んで払います、むしろ払わせてくださいませえ!」
払いますから、私挟んでそんな殺気出さないでくれますか!そしてブルーベル。リングに炎灯すのやめろ。シャレにならんわ。
ということで完全とばっちりを喰らった私はさっさとお金を払ってリンゴをブルーベルに渡しその場から逃げた。おっそろしい!私ただの一般ピーポーなの!そんな私をあんたらの喧嘩のど真ん中に無理矢理参戦させるなんて!
大きな力士たちが相撲をとってる土俵の真ん中に、防具も何も着けずに放り出されるっていうある意味拷問みたいな状況と差して変わらないからね!
わかりにくいたとえですって?仕方ないじゃないか、今私は全力疾走中なのだよ。何で……何で!
「ニュニュ〜どうして逃げるのよ!」
いや、あの、逆に聞きけど何で追いかけてくるんですか!!
***
「ふふ〜ん、いい匂い!」
「そりゃどうも……」
電気に照らされてつやつやと光るリンゴが眩しい。私も一応ぴちぴちの16歳なんだけど……なんだろう。年寄りの感覚だ。げっそりした私の目の前には、ケーキの甘い香りに頬を緩ませる女の子。ええ、幸せそうで何よりです。
結局、ブルーベルに敵うわけもなく追いつかれた私は素直に店へと案内した。そこでケーキを作っていることがバレて、ブルーベルのリンゴあげるからケーキくれとよく考えれば理不尽な交換条件で今に至る。金払ったの誰だっけ?え?
「まだ?」
「まだ」
さっきからこれの繰り返しだ。しかしこうして見てみれば……ケーキを前にジタバタと騒ぐ様子は普通に小さな女の子。何歳なんだろう、というか――原作で言ったら今どの辺なんだろう。初めて疑問に思ったかも。
でも、そうだなぁ。「代理戦争終わった?」とか普通に聞けないし、それとなく会話の流れでつかむしかないか。そんな話術に長けてないけど。
と、その時ピーピーとオーブンが鳴いた。瞬間に目をキラキラさせるブルーベルに思わず頬が緩む。早速ケーキを取り出して焼き具合を確認。
綺麗な茶色に焼き上がっていて申し分なし。よし次々焼いていこう。
ちなみに定食屋は毎日開いているわけではない。今日みたいにお昼からの日替わりデザートだけを売る日も多々ある。定休日もあるし。従業員私だけだしね……もっと慣れたらその時は――
……って、ん?待て待て。私ここにいていい存在じゃないし、第一私の気持ちは『元の世界に帰りたい』。慣れたら、ってそんな長いことここに居座るつもり?いやいやいやそんなこと。
これ……いつかひょっこり勝手に帰れるだろうとか最近感覚が麻痺してのんきなこと考えてたけど、どうなんだろう。
ひょっこり来たからひょっこり帰れる、そう信じて疑わなかったけど。ひょっこり、っていつ?
「は、や、く!」
「あ……ごめん、今切るから」
ブルーベルの声でスッと我に返る。けれど、頭の隅っこには『これから急いで調べなくちゃ』と焦る私が一人騒いでいた。調べようなんてないのはわかってるけどこのまま何もせずにはいられない。……あ、だめだ泣きそう。
「……はい、どうぞ。紅茶とミルクどっちがいい?」
「ミルク!」
「りょーかい〜」
「ブルーベルこれ好き!うまーい!」
「それは良かった」
喜んでもっちゃもっちゃ食べてくれるブルーベルにやっぱり本音は嬉しくて、ミルクも幸せそうに飲むもんだからもうひときれりんごのケーキをあげた。今だけ、この瞬間だけ、嫌なことは忘れよう。一人になったら、また。
ーーその時でした。また無遠慮にたらふくのドアが開け放たれたのは。
「やぁ。おいしそうなの食べてるね、ブルーベル」
「白蘭!」
「まっ、まだ、まだかか開店前で……」
「ハハ、僕はこの子の保護者みたいなもんだから」
「は、はぁ……」
座るんですか。そしてその目は何ですか。やるものか。これ以上餌付けしてたまるもんか!あんたどうせいっぱいおいしいもの食べて……っ
「どうぞ…………」
「ありがとう、たらチャン。ちなみに僕は紅茶がいいな」
「(たらちゃん?)かしこまりました……」
つくづく人に甘い自分に腹が立つ。いや、これは甘さじゃない。自己防衛と言うべきか。キラリと光るマーレリングにビビったんだろとかそんなこと言っちゃダメ。
白蘭にケーキと紅茶を出して、私はまた作業に戻った。さっさと食って帰っておくれ!
「ん?あれ、コレ……」
「あ、ああ、あなたのには少しお酒をかけたんです。その方が香りもいいですし」
「うん、おいしいよ。マシマロもいいけどたまにはこういうのもいいな」
一口、また一口とゆったり口に運ぶ白蘭に、不思議と恐怖感は薄れていった。何ていうか――世界征服とかしようとしてる人には見えない、というか。そのへんにいる大学生みたいな感じ。
でも、何だろう。瞳がいきいきしているように見えた。
「僕に何か言いたいことでも?」
「えっ、いや、別に……その、日本語お上手ですよね!二人とも!日本に知り合いでもいらっしゃるんですか?」
聞いてすぐに後悔した。二人がキョトンとした顔でこちらを見てきたから。何だろうその目は。触れちゃいけなかったことに触れたような気分なんですが――ダラダラダラ。冷や汗やばい。マジで死んじゃう5秒前って感じかな。あはっ、笑えね!
「……まぁね」
「ふんっ、ブルーベルは別に何とも思ってないもん!」
「仲良くするつもりはなかったんだけど、」
なんて、私の心配はあまりいらなかったようで。
何故かふてくされたような態度をとるブルーベルをよそに、白蘭はとても落ち着いた声と微笑みで独り言のように呟いた。
「見る目が変わってね……ただの景色じゃなくなったんだ」
「……?」
「僕にはこの世界が居心地悪いものでしかなかったんだけど、面白い人と仲良くなれて今は結構充実してるんだよ」
「そう、ですか……」
じゃあ未来編以降ってことなのかな。もしかしたら代理戦争も終わってる?
……それにしても凄いなぁ、ツナとユニって。人をここまで変えることが出来るんだもんね。
当たり前の幸せを、白蘭は知ったんだ。当たり前の幸せが、本当の幸せだったってことを。
「って何で君にこんな話したんだろ?」
「白蘭めずらしー」
「んん、ま、どうでもいーや。たらチャンまたね。ブルーベル行くよ」
「え……こ、これは!?」
「お勘定。ヴァリアーの分もね」
「あ…………」
こんなにたくさん。ベルとスクアーロの分をひいてもおつりくるのに。でも何でベルとスクアーロが食い逃げ(逃げてはなかったけど)したこと知ってるんだろう。それらを伝える前に、二人はお店から出ていってしまった。
綺麗に平らげられたお皿にホッと安心して、ゆっくり片付けを始める。これからは白蘭にお金もらって市場に来てね、ブルーベル。
「ブルーベルまたここ来る!」
「構わないよ、今度はみんな連れていこう」
外でそんな会話がされてたなんて知らない。聞いてないんだから私は!
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